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2012年07月22日

「野田首相、すべてを語る」? 早稲田大学総長への要望書

「野田首相、すべてを語る」?
─早稲田大学総長への要望書─

 早稲田大学総長 鎌田薫殿

 野田首相が7月22日に早稲田大学で講演します。これは大学からの依頼によるものと聞きました。しかも、残念ながら一般教職員の参加はできなくなっております。会場となるのは、かつて1998年に中国の江沢民主席が講演したときに学生が声を上げて逮捕され、その後に、聴衆としてそこにいたすべての学生の個人情報が警察に渡されていたことが明らかとなった、大隈講堂です。2004年の最高裁判決においては、このときの大学の行為は違憲であるとされました。また2008年に胡錦濤主席が講演したときには、そのチベット政策に抗議する人たちを講堂に近づけないために、きわめて厳しい警備体制が敷かれました。結果として野田首相も、そのときと同じように、希望した者のなかから「抽選」によって選ばれ、学籍番号や名前が警察に渡されることを承諾した学生のみを相手に、「すべてを語る」ことになるのです。

 首相官邸まえでは、毎週金曜日の夕に、原発の再稼働に反対する数万人規模の抗議行動が繰り返されています。首相は「大きな音だね」と言いこそすれ、真摯にその声に耳を傾けようとするわけでもありません。その首相がわざわざ日曜日に母校にきて、まだ社会経験のない若い学生をまえにいったい何を語るのでしょうか。私たちは首をかしげざるを得ないのです。「何も決まらない」と揶揄される日本で、未来にかかわる重大問題の数々を独断専行にも見える形で「決める」ことの重要性でしょうか。抗議活動に加わり原発の再稼動反対を訴える無数の一般市民と、講堂に集まる1500人ほどの学生のあいだには、いったいどのような関係があるのでしょうか。もとより早稲田大学の一卒業生としての野田佳彦氏は、自らが首相をしているこの日本で、かつて中国の元首たちが行なったのと同じような形で講演することになる「民主」党党首としての自分を、どのように思っておられるのでしょうか。

 私たちは、早稲田大学がこの時期に、このような講演を主催することの意味を問わざるをえません。講演の内容はもちろんのこと、それが実施されること自体、今や社会全体における早稲田大学のイメージを左右することになると思います。大学に熟慮を求めたいところですが、講演は計画通り実施されるとのことですので、少なくとも以下の3点へのご配慮をお願いしたいと思います。

●聴講生の情報を警察に提供することはそもそもあってはならないことです。仮に提出する場合でも、大学は学生の個人情報の保護を図り、学生の不利益になる事態を回避してください。
●講演当日においては、学生が首相の講演内容について自由に質疑応答できるよう、十分な時間と公正なしくみ(例えば事前に質問者を定める等はしないこと)を保証してください。
●講演および質疑応答のすべては、開催後速やかに、編集されることなく公開するようにしてください。

 最後に、私たちの根本的な懸念を記させていただきます。大学は、その構成員である学生および教職員に対して、それぞれの公人としての責任を問うばかりでなく、私人としての「信」(学業を通じて培われる信念)を保証する責務を負うものと私たちは考えます(大学が政教分離の要にあって、政治と宗教を分けるとともに公私をつなぐ役割を果たしうるのは、そのためだと思います)。それゆえ、たとえ一国の首相である卒業生を講演に迎える場合でも、大学は政治的に中立であらねばなりません。この点で早稲田大学がバランスを欠き、大学としての良識を問われたりすることがないようお願い申し上げます。

2012年7月19日

早稲田大学教職員有志

岡山茂 藤森頼明 シルヴィー・ブロッソー(以上、政治経済学術院)、岡田正則 弓削尚子(以上、法学学術院)、伊東一郎 オディル・デュシュッド 藤本一勇(以上、文学学術院)、内山精也 大橋幸泰 岡村遼司 小倉博行[非常勤] 北山雅昭 後藤雄介 近藤庄一、澤口隆[非常勤] 高木徳郎 高橋順一 中嶋隆 野池恵子[非常勤] 浜邦彦 広中由美子、松本直樹 丸川誠司(以上、教育・総合科学学術院)、上野喜三雄(理工学術院)、花光里香(社会科学総合学術院)、樋口清秀 平山廉(以上、国際教養学術院)、神崎巌(名誉教授・人間科学学術院)、榎本隆之 野池宏美(以上、高等学院)、澤口香織(元職員)、ほか1名