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2019年01月31日

実況中継「明治学院大学事件」

実況中継「明治学院大学事件」『情況』2019年冬号)

実況中継「明治学院大学事件」

寄川条路

「先生がどのような発言を学生にしているのかを調査する必要がありました。そこで、教職員が直接聞くこととなり、聞き逃す可能性があったので録音したのです。」(大学当局)

 1 「明治学院大学事件」とは何か

 明治学院大学事件とは、大学当局が教授に無断で授業を録音し、無断録音を告発した教授を解雇した事件のことである。この事件はその後、大学における学問・教育・表現の自由の根幹を揺るがす大事件となり、裁判所によって大学当局による教授の解雇は無効であるとの判決が下されるに至った。このたび、判決までの事件の概要を伝えるブックレット『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』(法律文化社、2018年)が刊行されたので、その後の状況について報告しておきたい。

 2 組織を守るための授業録音と教科書検閲

 まず、事件の概要を説明しておく。
 2016年12月、大学の違法行為を告発したために解雇された教授が、地位確認を求めて東京地方裁判所に提訴した。訴えによると、明治学院大学は、授業を盗聴され秘密録音されたことを告発した教授を懲戒解雇していた。大学の組織的な違法行為を告発して解雇されたのは、教養科目の倫理学を担当する教授で、大学当局が教授の授業を盗聴して秘密録音し、授業の録音テープを本人に無断で使用していた。
 大学当局によれば、明治学院大学では授業の盗聴が「慣例」として行われており、今回の秘密録音も大学組織を守るために行ったとのこと。この点について副学長はつぎのように語っている。「組織を守るための一つの手段として録音が必要だったわけですから、何も問題ないです」。
 教養科目を担当する別の教員もまた、授業を盗聴されたうえ「職務態度に問題がある」との理由で解雇されていた。
 明治学院大学では、授業を調査するための盗聴ばかりか、大学の教育理念であるキリスト教主義を批判しないように、授業で使う教科書を検閲したり、学生の答案用紙を抜き取って検閲したり、プリント教材を事前に検閲して配付を禁止したりしていた。
 「大学の慣例では、授業もテストも公開されていますので」というのが、当局の主張だ。
 ところが、教授が大学当局による授業の無断録音を公表すると、大学側は「名誉を毀損された」との理由で教授を解雇してきた。そこで、解雇された教授が裁判所に地位確認の訴えを起こしたので、授業を秘密録音して教員を解雇した「目黒高校事件」(1965年)と同様、学問・教育・表現の自由をめぐって争われることになったのである。
 では、事件の詳細を見ていこう。

 3 明治学院大学「授業盗聴」事件の詳細

 2015年4月、春学期1回目の授業を聞くため横浜キャンパスでもっとも大きな720教室に200人の学生が集まっていた。そこに、授業を調査するように指示された職員がこっそりと忍び込んでいく。教授が話し始めると、職員はあらかじめ用意していたスマホを使って教授の発言を録音する。授業が終わると、職員はスマホの録音データをICレコーダーにダビングして、これを調査委員会に手渡すのである。
 調査委員は録音を聞き、テープ起こしされた反訳を読んだうえで、調査対象の教授を呼び出して尋問する。授業の録音があることは隠したまま、教授に対し、「授業の中で、大学の方針に反対すると語っていたのか」と、詰問していく。その後、調査委員長が尋問の結果を教授会に報告して、その教授を処分するのである。これが明治学院大学の伝統的なやり方である。
 大学当局は、法に触れないぎりぎりのところで盗聴行為を繰り返して秘密録音をする。日本の法律では、民事では、盗聴も秘密録音も違法行為とはならないので禁止されてはいないし罰せられることもない。このあたりは顧問弁護士がしっかりしていて、大学執行部や調査委員会に事前に指示を出しておく。
 慣例的に授業の盗聴を行っている明治学院大学では、法的な対応にはぬかりがない。たとえ盗聴行為や秘密録音がばれたとしても、裁判にでもならなければけっして事実を認めることはないし、ましてや録音者や録音資料を開示することもしない。「録音について説明する必要も開示する義務もない」というのが、大学当局の見解だ。
 2015年12月、明治学院大学は、授業の中で大学の運営方針を批判していたとして教授を厳重注意する。本当は懲戒処分にしたかったのだが、大学を批判した程度で懲戒処分にすると裁判で負けるという顧問弁護士のアドバイスに従って、とりあえずは注意したことにして、つぎの機会に確実に解雇できるように注意を重ねていく。明治学院大学ではこれを「がれき集め」と呼んでいる。
 ところが、ここから予期せぬ方向へと話は展開していく。厳重注意がなされたので、授業を無断録音された教授は、録音テープを使用した調査委員長の名前を公表して大学当局を告発する。教室に忍び込んで録音していた者を特定して訴えようとしたのである。
 大学の不正行為を知った学生は、手分けをして情報収集に出かけていく。調査委員長のところに行った学生によると、「大学の方針に反対する教員が複数いて、教授もその一人だったから、授業を録音した」のだという。学生は調査委員長のことばを録音していた。
 大学当局による授業の盗聴と秘密録音が学生たちのあいだにも知れ渡ると、大学は開き直って、授業の録音は正当なものであると言い逃れをしてきた。にもかかわらず、調査委員長があたかも不正行為にかかわったかのごとき告発をしたので、大学側は当該の教授に訂正と謝罪をさせようとしてきたが、あわてて火消しに走ったため、逆に、学生たちが教授を支援したり、大学を非難したりするに至り、事態は炎上した。
 教授が行ったアンケート調査によると、多くの学生が大学の盗聴行為を「犯罪」だと非難していた。この調査結果を教授が公表しようとすると、ついには理事会が出てきて、2016年10月になって録音行為を告発した教授を懲戒解雇したのである。
 ところが、懲戒解雇はハードルが高いので裁判では認められないという顧問弁護士からの助言もあり、ハードルの低い普通解雇を抱き合わせにして、教授を解雇することした。普通解雇の理由は何もなかったから、いつのまにか、明治学院大学のキリスト教主義を批判する不適切な教員ということになっていた。
 理事会は、まずは解雇しておけばよいだろうと考えて、たとえ裁判になっても、どうせ民事だから金さえ払えば済むものと予想していた。ここが、明治学院大学の浅はかなところだ。
 顧問弁護士と相談した副学長は、「定年までの賃金の半分を支払えばよいから、8000万円から9000万円くらい、解雇が無効だとしても、1億円から1億数千万円の和解金を支払えば済む」と豪語していた。こんな生々しい話もしっかり録音されていて、資産が1000億円を超える明治学院らしい話になってきた。
 弁護士にはよく知られた話だが、明治学院には「前科」があって、2010年にも不当解雇裁判で敗訴しており、解雇した職員に数千万円の解決金を支払っていた。
 さて、2016年10月、解雇された教授が東京地裁に地位確認の労働審判を申し立てたところ、労使双方からなる労働審判委員会は、すぐさま解雇を無効として教授の復職を提案したが、大学側が拒否したため和解は不成立となった。そこで、2016年12月、教授が東京地裁に地位確認を求めて提訴したのである。
 原告と被告の双方から数回にわたって書面が提出されたのち、原告1名と事件にかかわった被告3名の証人尋問があり、その後、和解協議に入った。2018年4月、東京地裁は、解雇の撤回と無断録音の謝罪を和解案として提示するものの、大学側が謝罪を拒否したので和解は不成立となる。そしてついに、2018年6月28日、解雇は違法であるとの判決が下ったのである。

 4 明治学院大学「教員解雇」事件の判決

 「明治学院大学事件」の判決文は、つぎのとおりである。
 1 原告が被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
 2 被告は、原告に対し、33万2714円及びこれに対する平成28年10月23日から支払い済みまで年5%の割合による金員を支払え。
 3 被告は、原告に対し、平成28年11月22日からこの判決の確定の日まで、毎月22日限り、69万8700円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済まで年5%の割合による金員を支払え。
 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
  訴訟費用は、これを14分し、その5を原告の負担とし、その余は、被告の負担とする。
 判決内容を簡単に解説すると、1は解雇無効なので教授の地位を認め、2と3で賃金を認めたが、4の慰謝料は認めないというもので、5の裁判費用の負担割合からわかるように、原告の7割勝訴である。
 結論としては、大学による解雇は労働契約法の解雇権を濫用したものだから無効であり、教授の地位と賃金は認めたものの、授業の無断録音は教授の人格権を侵害するものとまではいえないから慰謝料は認めない、というものだった。
 まず、懲戒解雇について見ると、大学は教授の四つの行為(①録音に関与した教員の氏名を公表したこと、②教授会の謝罪要請に応じなかったこと、③無断録音について学生にアンケート調査をしたこと、④調査結果を公表しようとしたこと)について、就業規則の懲戒事由に該当すると主張していた。裁判所は、①と②について、教授にも落ち度があるとして就業規則への該当性は認めたものの、大学が録音行為について何ら説明していないこと、教授会の要請が教授の認識に反する見解を表明させるものであることから、懲戒解雇には該当しないと判断した。
 つぎに、普通解雇について見ると、大学は教授の授業における言動やキリスト教を批判する教科書を解雇理由として主張したが、裁判所は、教授の言動もそれほど重大なものではなく意見聴取もされていないし、教科書のキリスト教批判も風刺と理解できるから普通解雇には該当しないと判断した。
 そして、慰謝料請求について見ると、教授は無断で授業を録音されたから人格権が侵害されたと主張したが、大学が録音したのは1回目の授業で行われたガイダンス部分であったから、研究や教育の具体的な内容を把握するためのものではないし、録音は大学の管理運営のための権限の範囲内において行われたから適法だという。以上の理由から、裁判所は、授業の無断録音は、教育基本法の不当な支配には当たらず、教授の研究活動を侵害し自由な教育の機会を奪うものではないと判断した。
 判決の意義としては、大学当局に反対の意見を表明した教授の解雇について、裁判所が大学教授に憲法23条の教授の自由が保障されていることを重視して、解雇を無効と判断した点は評価できる。大学の組織運営に対する反対意見を表明したり、大学が標榜する教育理念を批判したりしただけで解雇するといった不寛容を許さないという意味がある。しかしながら、裁判所が一般論として教授に断ることなく授業を録音することは不法行為を構成すると認めながらも、本件では録音がおもに初回授業のガイダンスであった点を重視するあまり慰謝料請求を否定した点に不満が残った。

 5 「明治学院大学事件」の現在

 2018年7月、被告の明治学院大学は、東京地裁の判決を不服として東京高裁に控訴した。ついで、原告の教授も慰謝料の支払いを求めて東京高裁に控訴した。こうして、双方が控訴した結果、本件はひきつづき高裁にて審理されることになった。2018年12月現在も係争中であり、近々、裁判所から和解案の提示があり、場合によっては和解協議に入り、場合によっては判決が下されることになっている。
 これまでのところ、労働審判では復職の提案がなされ、地方裁判所では解雇無効の判決が下されたので、教授の2連勝なのだが、高等裁判所ではどうなるのか、そして最高裁判所ではどうなるのか、まだまだ予断を許さないので、これからも裁判を注視していきたい。
 裁判記録は裁判所で閲覧することができるが、それとは別に、裁判記録の出版も始まった。第1弾『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』(法律文化社、2018年)を読むと、事件の全貌がわかるので、ぜひ参照されたい。東京地裁による解雇無効判決に至るまでの事件の概要、法学者による意見書、判決文およびその解説を収めた全実録である。つづいて、法学者の論文集や大学側の証言集などの刊行が予定されている。

 最後に、明治学院大学の最新情報をお届けしたい。
 理事会は、学生定員を15パーセントも増加する決定をしたにもかかわらず、教養科目の担当教員は20パーセントも削減する方針を打ち出してきた。大学当局は、これに合わせて、授業態度が悪いといって言語文化論の講師を解雇し、大学を批判したといって倫理学の教授を解雇した。解雇されたのは、学生による「人気授業ランキング」で1位と2位の教員であった。
 人件費の削減に貢献したセンター長と主任教授は、その功績によって副学長と学部長に昇格し、いつのまにかキリスト信者にもなって理事会のメンバーに抜擢された。その後、大学内で日常的に横行している「非公式の懲罰や私刑や制裁」を告発した、哲学の教授も解雇された。
 明治学院大学のニュースメディア「明学プレス」によると、「大学を追われた教授は多数いる」とのこと。つぎに首を切られるのはだれだろうか。教授たちはひたすら自らの保身だけを考え、首を縮めて声を押し殺している。
 理事会のほうは、浮いたお金でキャンパスを移転し、新学部にスポーツ学科まで作ってキリスト教を宣伝するのだそうだ。だが、キャンパス移転の説明会も、一部の人間の利得だけで動いていて、しかも内容が幼稚で杜撰すぎ、この大学は何から何まで人間の思惑だけで動いているのが露見しただけだったという。学内には憤慨している教員もたくさんいるようだから、その声もしだいに大きくなってくるのだろう。
(よりかわ じょうじ・明治学院大学教授)

プロフィール
寄川条路(よりかわ・じょうじ)
1961年、福岡県生まれ。ボーフム大学大学院修了、文学博士。現在、明治学院大学教養教育センター教授。専攻は哲学・倫理学。著書に『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』(法律文化社、2018年)、『ヘーゲル――人と思想』(晃洋書房、2018年)、筆名(紀川しのろ)で『教養部しのろ教授の大学入門』(ナカニシヤ出版、2014年)など。


東工大・芸大の学費値上げ、高学費は国による人権侵害 無償化を進める立法が必要

「しんぶん赤旗」(2019年1月15日)

東工大・芸大の学費値上げ
高学費は国による人権侵害 無償化を進める立法が必要

渡部 昭男

 国立大学の授業料等は、2004年の法人化以降、国の定める標準額(53万5800円)を据え置くとともに、各法人がそれを超えない形で節度を保ってきました。ところが昨秋、東京工業大学、東京芸術大学が2019年度からの約10万円もの値上げを通告しました。これに対して国は、容認ないし推奨する姿勢です。ここには、次のような人権侵害が認められます。

 負担軽減こそが国際法上の義務

 2012年9月、日本政府は国際人権A規約13条2項(b)(C)の「特に、無償教育の漸進的な導入」にかかる留保を撤回しました。以降、日本国憲法98条2項が「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守する」と求めているように、中等教育及び高等教育の漸進的無償化を進める義務を負うことになりました。国が負うべき義務には、学費負担の軽減を速やかに進めるという作為義務(すべきこと)と、これ以上の学費負担の加重を行わないという不作為義務(してはならないこと)の2種類があります。
 国立大学の授業料に関して言えば、12年以降、①標準額自体を次第に下げる②減額収入分を大学法人宛ての基盤的経費においてしっかり補填する③標準額を上限とするとともに、それを下回る授業料設定をしたり学内奨学金を拡充した法人に対してインセンティブ(報奨)を与える仕阻みを整備する、などに踏み込むべきでした。しかし、実際には運営費交付金を減額し続けて、競争の名の下に各法人や学生たちを追い詰めたのです。
 日本弁護士連合会は、子どもの貧困、学習権の保障などに関して、これまで複数の意見書・会長声明を出しています。直近の「若者が未来に希望を抱くことができる社会の実現を求める決議」(18年10月5日)においては、「『生まれた家庭』の経済力によって受けられる教育が左右されており、高等教育における学費の高騰等により進学できない若者も少なくない」と指摘した上で、「全ての教育の無償化」を提言しています。

 各地域・学園で連帯を広げよう

 昨年11月1日、私ども「中等教育及び高等教育の漸進的無償化立法を求める会」(代表世話人・重本直利、三輪定宣)は、日弁連の人権擁護委員会に対して「人権救済申立て」を行いました。
 加害者は国であり、被害者は中等教育・高等教育段階で修学する意思及び能力があるにもかかわらず、主に経済的な負担のために、①進学を断念した②中途退学を余儀なくされた③修学のための費用を得るための労働等により修学のための時間を奪われるなど充実した学生生活を送ることができない、または④修学のための負債の返済に困難を抱える人々です。
 最終的には、人権侵害救済のために、立法措置その他のすべての適当な方法により、A規約の「中等教育及び高等教育への権利及び漸進的無償化実施義務」の完全な実現を達成するため、国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、行動する義務があることを確認し、その迅速な実現のために中等教育及び高等教育の漸進的無償化を促進する法案(仮称)の立法を含め、その他適切な措置をとるよう、国に勧告することを求めています。
 日本では障害者権利条約の批准に伴って、障害者基本法を改正し、障害者差別解消法を実現するなど、当事者参画による権利保障運動の経験があります。子育てや教育を共同的に営む豊かな社会を展望しっつ、漸進的無償化が市民と野党の共闘テーマになり、各地域」学園で連帯の輪が広がることを期待しています。
    ◆
 日弁連への申立書や関連情報は同会のHPで公開中

 わたなべこ・あきお
 神戸大学教授(教育行政学)。中等教育及び高等教育の漸進的無償化立法を求める会事務局長。『格差問題と「教育の機会均等」』ほか


2019年01月07日

貴方は「明治学院大学事件」をご存じだろうか?――学問の自由のために!

貴方は「明治学院大学事件」をご存じだろうか?――学問の自由のために!

貴方は「明治学院大学事件」をご存じだろうか?――学問の自由のために!

合澤 清(ちきゅう座会員)

「ちきゅう座」(2019年1月7日)http://chikyuza.net/archives/90363

『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』寄川条路編(法律文化社)
 年末に読んだこの本に強いショックを受けた。
 この事件のことは、「東京新聞」(2017年1月7日付)の記事で一応知ってはいた。しかし、詳しい経緯までは全く知らなかったのは不明の至りである。
 以下、ネットで調べた「東京新聞」の記事を引用・紹介する。

 「授業を無断録音された上、懲戒解雇されたのは不当などとして、明治学院大(東京都港区)の元教授寄川条路さん(55)が、同大を運営する学校法人「明治学院」に教授としての地位確認と、慰謝料など約1,370万円を求める訴訟を東京地裁に起こした……。
 訴えなどによると、寄川さんは一般教養で倫理学を担当。2015年4月の授業で、大学の運営方針を批判したことなどを理由に、同12月に大学側から厳重注意を受けた。大学側は、授業の録音を聞いて寄川さんの批判を知ったと認めたため、寄川さんは学生が何らかの情報を知っているかもしれないと推測。テスト用紙の余白に、大学側の教授の名前を挙げ「録音テープを渡した人を探している」と印刷し、呼び掛けた。これに対し大学側は、その教授が録音に関わった印象を与え、名誉毀損に当たるなどとして昨年10月に懲戒解雇した。
 寄川さんは「大学側が授業を録音したのは、表現の自由や学問の自由の侵害だ」と主張。労働審判を申し立てたが解決に至らず、訴訟に移行した。大学側は審判で職員による録音を認めた上で「録音したのは実質的には授業でなく、(年度初めに授業方針を説明する)ガイダンス。授業内容を根拠としての解雇ではない」と説明していた。
 同大広報課は、本紙の取材に「懲戒処分は手続きに沿って適正に判断した。個別案件についてはコメントできない」としている。」

 ネット上で調べた限り、この「学問の自由」にかかわる「重大な事件」を取り上げたのが、この「東京新聞」と「上智新聞」だけだった(?)ようなのは、なんとも情けない。大学の授業に「検閲」が入ったといっても過言ではない大変な事件である。
 そうでなくとも今日の大学では、学生の自由な自治活動は認めず、全てが大学当局による認可制度のうえにのみ行われるように仕向けられている。完全な管理・監視体制である。
 これで「自由な学問」「自由な教育」「大学の自治」などありうるはずがない。
 教員採用も、その人の学問の実績や教養の高さなどで諮るのではなく、その人物が如何に現体制(引いては大学当局)に協力的であるかによって決められるのが実情である。
 こういう輩から教わる学生は哀れなものだ。詰まるところ「大政翼賛教育」が施されるのは必定であろう。
 昨今の学生気質が、学問などどうでもよくて、ただ就職のためだけに学校に通っている(大学の専門学校化)といわれるのも、無理からぬことである。
 文科省、その管轄下の大学、そしてそこで教える者も教わる者も、腐りきっている。かくて日本という国は、凋落の一途をたどることになる。
 今年は、「東大闘争」から節目の50年を迎える。1月19日に多くの犠牲者を出しつつ、残念ながら陥落した「安田砦」の攻防戦を改めて思い起こす。
 あの深刻な闘いは何だったのか、われわれはその後に何を残しえたのだろうか? 大学への管理強化という負の遺産だけだったのか……。

<この事件のあらましと現状>

 明治学院大学という名前のキリスト教系大学からそれまで受けていた印象は、リベラルなものであった。確か、詩人の島崎藤村が本学の出身者であることは有名である。
 そして「建学の精神」として次のことが謳われている。

 「建学の精神として「キリスト教主義教育」を掲げ、キリスト教による人格教育を実践している。
 また、教育の理念として "Do for Others"(他者への貢献)を掲げている。これは、新約聖書の "Do for others what you want them to do for you." という部分から引用されたもので、創設者であるヘボンの信念をよく表す言葉とされている。」

 つまり「汝が欲するところを人に施せ」というのがその基本精神であるという。
 ところが、このイメージが今回の事件で一変した。
 裁判で明らかになったことでは、「明治学院大学では、慣例として授業の盗聴が行われており、今回の秘密録音も大学組織を守るために行ったとのこと」だ。「また、同大学では、大学の権威やキリスト教主義を批判しないように、授業で使用する教科書を検閲したり、教材プリントを事前にチェックしたりしていた。さらに、学生の答案用紙を抜き取って検閲したり、インターネット上の書き込みを調査したりしていた」(本書「まえがき」)
 なんだか「うすら寒く」ならないだろうか。これではまるっきりナチの体制下、スターリン体制下、あるいは戦前・戦中の軍部の支配下に置かれているのと同様ではないか。
 まさか寄川教授が「盗聴」を欲し、「自由な学問と教育の放棄」を欲していたわけではあるまい。ということは、人が欲しないことを人に強要するということに「建学の精神」を変えたのであろうか?
 どうもこの「建学の精神」と、これら「授業盗聴」などの常態化とは相反しているとしか言いようがない。
 本書の「まえがき」から事件の概要を時系列に述べる。詳細は、直接本書に当たって頂きたい。

 2015. 4:大学当局が教授に無断で授業を盗聴し録音
 2015.12:授業で大学を批判したとして教授を厳重注意/授業を無断録音された教授が大学当局を告発
 2016.10:大学当局は告発した教授を懲戒解雇/解雇された教授が地位確認の労働審判を申立
 2016.12:裁判所は解雇を無効として教授の復職を提案。和解不成立。/解雇された教授が地位確認の訴えを提起
 2018. 4:裁判所は解雇の撤回と無断録音の謝罪を提案。和解不成立。
 2018. 6:裁判所は解雇について無効であると判決

 ここに明らかなように、これは大学当局の「解雇権の濫用であり、無効である」ことは明白である。にもかかわらず、寄川教授は、今日に至るも復職は認められていない。
 「上智新聞」(2017年2月1日)は、係争中の寄川条路氏の身分を「教授」として、「元」を付けていない。賢明である。
 「上智新聞」の記者が公平を期すためにつけたあとがき(記者の目)を引用する。

 「事態の詳細は司法の場で問われるべき問題であり、本紙が口を出せることではない。ツイッターを見れば、明治学院大学の学生から「教授の言い分や新聞の論調は一面的だ」等の批判もあるようだ。
 だが学問の自由という観点から言えば、大学側が無断で講義を録音していたという一点のみでも、紙幅を割いて追うべき理由としては十分だ。」

 これもまことに賢明な判断である。われわれとしても、「学問の自由」「教育の自由」「大学の自治」を守るために、是非この闘いを支援していかなければならないのではないだろうか。


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2019年01月06日

私学ガバナンス強化…違法行為、監事へ報告義務

読売新聞(2019/1/5)

 私立学校のガバナンス(組織統治)強化を目指して文部科学省は、学校法人で違法行為などを把握した理事に監事への報告を義務付けるなど、監事の権限を拡充する方針を固めた。今月召集される通常国会に私立学校法の改正案を提出し、2020年度に施行する見通し。私学のガバナンスを巡っては昨年、汚職事件や入試不正のあった東京医科大(東京)でその欠如が問題視されていた。

 文科省によると、現行法では学校法人の理事が法人内で横領や乱脈経営などの違法行為や、入試不正や不当な人事といった将来、法人に大きな損害を与える恐れのある行為を確認しても、法人を監査する役割を持つ監事に報告する義務はなかった。改正法案では、こうした行為を把握した理事に対し、監事への報告義務を盛り込んだ。


2019年01月04日

慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否

Business Journal
 ∟●慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否

慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否

文=田中圭太郎/ジャーナリスト

 非正規労働者が同じ職場で5年以上働いた場合、無期雇用への転換を申し込む権利を得られることになった改正労働契約法が2013年4月に施行され、5年以上が経過した。

 多くの非正規教職員が働く大学では、無期雇用への転換を妨げようと雇い止めが起きていることは、以前の記事でも触れた(『日大、不当な講師一斉雇い止めで労基法違反の疑い』)。

 その後、無期転換を認める大学は増えてきたが、一方で法律を誤解しているのか、無期転換権は10年以上働かないと生じないと主張する大学が一定数ある。なかでも慶應義塾大学など一部の名門・有名大学が、強硬に主張している。何が食い違っているのか、検証してみたい。

大学関係者から届いた「無期転換は10年」のメール

 筆者が改正労働契約法の無期転換請求権について、本格的に取材を始めたのは2017年の春。多くの非常勤教職員が18年以降無期転換の権利を得る前に、雇い止めをしようとする動きが、多くの大学に見られたからだ。

 この頃、最も大きな影響が出ると懸念されたのが、8000人の非常勤教職員が働く東京大学だった。東大は、改正労働契約法に関係なく、非常勤教職員を5年で解雇できるとする独自の「東大ルール」を盾に、無期転換を回避しようとしていた。しかし教職員組合に反対され、17年12月に「東大ルール」を撤回。大量の雇い止めは回避された。

 東大の判断によって、改正労働契約法の趣旨も正しく伝わるようになり、全国の大学にも雇い止めを撤回する動きが広まった。ところが、筆者が東大を取材し、原稿を発表している頃、ある大学関係者からメールが入った。筆者の改正労働契約法に関する原稿が「誤った情報」と指摘する内容だった。

「非常勤職員の常勤職転換の権利が生じるのは5年ですが、これはあくまで一般の事務職や技術系職員に対して適用される規則です。一方、大学の研究職の職員に対しては10年とすることに変更されています。(中略)

 研究職とは大学の教員であり、研究に携わっている博士研究員などの職員のことなので、2018年にただちに雇用問題が生じるわけではありません」

 このメールには、2点の誤りがあった。1つは「常勤職転換」の部分。改正労働契約法で定めたのは無期転換を申し込む権利であり、無期転換になっても、常勤職員になるわけではない。同じ非常勤の立場と待遇のまま、無期雇用に転換できるにすぎない。

 もう1つは大学の研究職、すなわち教員に権利が生じるのは10年という部分。実際は、いわゆる非常勤講師は5年で無期転換を申し込める。しかし、10年と誤解する人がいるのは、改正労働契約法施行後につくられた特例のためだった。

「10年以上で無期転換」の誤解

 改正労働契約法が施行されたのは2013年4月。その年の12月には、大学などで科学技術に関する研究やその関連業務を行う人に限定して、無期転換請求権が発生する期間を5年以上から10年以上に延長する特例措置を設けた法律が成立した。

 これが「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律」。いわゆる「研究開発力強化法」と「任期法」だ。

 前者の「研究開発力強化法」が成立した背景には、改正労働契約法施行の2カ月前、ノーベル賞受賞者に対する衆参議院の奉祝行事で講話をした、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長の発言がある。

 山中所長は改正労働契約法によって研究者を非常勤で5年間雇用した後、無期で雇用しなければならなくなると、大学としては5年を超えて雇用することが難しくなる、という主旨の発言をした。その結果、優秀な人材が集まらなくなるという。そうした大学側の要望を受けて法律は成立した。

 ただし、無期転換請求権の発生が10年以上に延長されるケースは限られる。専門的な知識や能力を必要とする研究開発業務に携わる職員にしか適用されない。つまり、一般の非常勤講師は対象にならないのだ。

 後者の「任期法」は、私立大学の経営者団体の要請を受けて改正された。もともとは専任教員が対象だったものを、特例として非常勤講師にまで広げたかたちだ。しかし、この法律でも、対象となる人は、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織に属する人、助教、プロジェクトに参加する人のいずれかに限られている。さらに、本人の明確な同意が必要になる。本来なら5年以上働けば無期転換請求権が得られる権利を剥奪することになり、契約の不利益変更になることから、大学はあらかじめ規則を定め、本人に説明して、同意書をとらなければならないのだ。

 前述のメールを送ってきた大学関係者だけでなく、多くの大学関係者がこの2つの法律を理解していない現状が続いてきたのだ。

慶応義塾大、中央大、東海大は「10年ルール」撤回拒否

 改正労働契約法施行から、すでに5年以上が経過した。ところが現在になっても、「研究開発力強化法」と「任期法」をよく理解しないまま適用し、「非常勤講師の無期転換請求権は10年以上働いてから」と主張している大学が数多くあることがわかった。

 非常勤講師の無期転換について多くの大学と交渉している首都圏大学非常勤講師組合によると、無期転換請求権は10年以上働いてからとする「10年ルール」を適用した首都圏の大学は、18年春の時点で約40大学あったという。そのうち半数近くの大学は交渉などによって「10年ルール」を撤回。5年以上の勤務で無期転換することを認めた。

 しかし、20以上の大学がいまも「10年ルール」を適用している。そのなかでも特に「10年ルール」は撤回しないと強硬に主張しているのが、慶應義塾大学、中央大学、東海大学の3大学。いずれも名門・有名大学だ。これらの大学は、法律を誤解し、必要な手続きもとっていないと非常勤講師組合の志田昇書記長は指摘する。有名大学が強硬な姿勢に出ることで、さらに誤解が広がる恐れもあるとして、組合では現在も交渉を続けている。

 「10年ルールを非常勤講師に適用している大学は、研究開発力強化法と任期法を正しく認識していません。なぜ5年での無期転換ができないのか、根拠となる見解も持っていないまま適用しています。また任期法によって10年ルールを主張している大学のほとんどが、労働基準法に則った就業規則の変更を行っていないとみられています。任期法の適用のためには就業規則の改正が必要ですが、そのために必要な過半数代表選挙に非常勤講師がほとんど参加していません。また、10年ルールによる不利益変更も充分に説明されておらず、合意書もとっていないのに、非常勤講師に任期法を適用することは違法性がありますので、すみやかに改めるべきです」(首都圏大学非常勤講師組合・志田昇書記長)

 非正規で働く人の権利を守るために改正された法律が、非常勤講師が多く働く大学では歪められ、誤って運用されている。特例措置などの法律が問題をさらに複雑にしているとはいえるが、原因は大学の人事担当者の誤解によるところが多い。過ちはすぐに正すべきではないだろうか。

(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)