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2004年05月18日

思想の現場から 国立大学の法人化―教員自ら招いた「危機」

山形新聞夕刊(5/17)

 去る四月一日、全国の国立大学は一斉に法人化された。正式には「国立大学法人」化なのだが、それを定めた「国立大学法人法」は、その根幹部分において独立行政法人通則法の規定を準用しているから、要するに独立行政法人化されたと言って間違いない。
 「独立」というその呼称に冠された言葉とは裏腹に、国立大学は今もその主務官庁である文部科学省に事実上「従属」してしまっている。その問題点は既に多くの識者が指摘しているので、ここではあえてそこには触れない。ただ私は、国立大学の独立行政法人化への動きが本格化して以来、一方では新聞の意見広告に名前を連ねるなどして自らの反対の主張を公にしつつ、他方ではそれへの具体的な対応策の立案に力を注いでこざるを得なかっただけに、今更ながら慨嘆を禁じ得ない。そんな法人化を許してしまったことに関しては、国立大学、とりわけその教育・研究の担い手である教員たちの側にも責任があるからだ。
 そもそも国立大学は、数多くの組織上の問題を抱えながら、その改革への主体的な努力をずっと怠ってきた。ほとんどの国立大学の「教官」(国立大学教員は「官」吏だったのだ)の視野には、国民の利益などが入る余地はほとんどなく、反対にせよ賛成にせよ、常に文部省(文部科学省)の意向にどう対応するかが、彼らの大学運営上の関心事だったからだ。そして法人化が迫ってきてからでさえ、大多数の国立大学の教員たちは、多少の戸惑いを見せながらも、その事態の推移を座して眺めてきたと言ってよい。
 もちろん、この間の社会情勢から考えて、国立大学の教員がこぞってその独立行政法人化に異を唱えたとしても、それを食い止めることはできなかっただろう。だが、それは彼らが傍観者であり続けたことを正当化するものでは決してない。国立大学の直面する未曽有の危機に立ち向かおうとする意欲が、その教員において特に希薄であったことは、わが国の高等教育機関とそれを支えるべき知識人層の脆弱(ぜいじゃく)さを如実に物語るものだ。
 法人化後のこの期に及んでも国立大学の教員層の反応には鈍いものがあり、私は正直あきれ果てている。その教育公務員としての特権的な身分保証はもはや失われ、国立大学法人と教員との関係は、法律的には労働三法に規定される使用者と労働者のそれでしかない。だがそんな当たり前のことも、多くの国立大学の教員は認識していないようなのである。実際、法人化後の国立大学職員の給与明細には「労働保険」(失業保険)という項目が付け加わり、その分だけ手取りの額が減っているが、そこに気がついていない教員すらいる。それだけなら浮世離れした学者の愛嬌(あいきょう)と見過ごすこともできよう。しかし、大学施設の安全管理などについてもその程度の認識というのでは、これはもう笑い事では済まされない。
 「行政の不瑕疵(ふかし)性」という前時代的な観念の名残か、国立大学では、その施設の安全管理に関して、以前は人事院規則にさえ従っていれば良かったが、法人化後は労働安全衛生法から消防法、果てはビル管理法に至るまでのさまざまな法令を順守しなければならなくなった。そしてそうした法令に違反すれば、末端の責任者ですら、最悪の場合刑事罰が科せられることになる。また国家損害賠償法の適用対象外となったことから、国立大学法人の民法上の不法行為責任(損害賠償責任)も、そのすべてを法人自身が負わねばならなくなった。このとてつもない状況変化に対する危機感が、国立大学の教員の発言や態度に今も全く感じられないのだ。まるで国立大学には治外法権でも認められているかのようである。
 こんな状況だから、一般市民が「国立大学のセンセイ方とはいい気なものだ」という感想を持ったとしても、私にはそれを誤解や無理解として批判することなど到底できない。国立大学の法人化に反対する主張に大学の外から呼応する市民の声が小さかったのは、結局はこのためなのだ。今からでも遅くはない。国立大学の教員はこの自ら招いてしまった危機を大学改革の好機ととらえ、国民のための大学へとその組織を変革する努力を始めるべきである。それ以外に真の国立大学再生の道はあり得ない。
(山形大工学部助教授・足立和成)

 ▽あだち・かずなり氏は1959年東京生まれ。東京工業大大学院総合理工学研究科博士課程修了。専門は超音波工学、特に強力超音波の発生とその応用。著書に「超音波エレクトロニクス振動論―基礎と応用」(共著)「文化財探査の手法とその実際」(編著)

投稿者 管理者 : 2004年05月18日 01:50

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