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2004年10月22日

のろまな水戸黄門

毎日新聞地方版(2004/10/21)

 「国民を虫けらとしか思っておらんのではないか」。大阪高裁での水俣病関西訴訟の勝訴後、上告した国側に対し、原告団の岩本章副団長(74)がたまらず発したうめき声だ。当時、原告側の勝訴確定が当然と思っていた私も、頭に血が上った。国側の行政責任を認めた15日の最高裁判決には留飲を下げたが、勝訴までの歳月を考えると、のろまな水戸黄門だったと思う。
 初提訴は、1982年。赤ん坊が大学を卒業するまでの時間がかかっている。水俣病の公式発見は、なんと1956年。実感がわくように、若手支局員には支局長がよちよち歩きのころから、患者は苦しんでいるんだぞと説明した。年月を身近なことに置き換えてみてほしい。
 当初59人だった原告のうち、23人が裁判中に他界した。3年前の大阪高裁判決後も、2人が死亡。岩本さんも入院中だ。亡くなった原告は、墓前に勝訴報告を受けるだろうが、それで本当に報われるのか。
 「血も涙もない判決だ」。水俣判決の前日、広島地裁で敗訴したブラジル在住被爆者訴訟の原告らは唇をかみしめた。被爆から59年、ブラジルに渡ってから約40年、提訴から2年の1審判決だった。できれば、取材を担当した遠藤孝康の15日の記事を読み返し、この裁判についてもよく考えていただきたい。


投稿者 管理者 : 2004年10月22日 00:36

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