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2005年05月09日

ある学生処分問題と都立大執行部の姿勢

だまらん
 ∟● Mr. K からのメール:ある学生処分問題と都立大執行部の姿勢[2005/05/08] より

 この意見あるいは一つの総括の仕方を読んだ上で,意見広告の会ニュース276,大学改革日誌(5月8日)が触れているように,「南雲氏の4月2日の講演の公開」も期待したい。

Mr. K からのメール:ある学生処分問題と都立大執行部の姿勢

1) イントロダクション[2005/05/08]

 2005年2月のある日,Mr. K からメールが届いた。Mr. K は,そのメールの中で「(2003年)8月1日以降はむしろ白けておりました。」と告白したのだ。その理由を述べた一部分を以下に引用する。
 

私が孤立感を深めざるをえない最大の問題点は、都立大廃止の危機が2003年8月1日に始まったのではなく、2000年1月から続いていたという見方を共有できる相手が見あたらないということにあります。大学改革本部なるものを設置して知事=都庁に対する宥和策(私は密かに磯部路線と名付けております)が始まり、外部の圧力に屈して学生処分をおこなったときに、すでに外堀が埋められました。学内の意思統一がそっちのけにされた大学内は、当然ながら四分五裂し、そのなかでこれを自分に都合のよい改編の機会にしようとする人たちさえ現れて、知事=都庁の画策する分断作戦は見事に功を奏しました。
(アンダーラインは筆者による)

Mr. Kの認識によれば,2003年8月1日以前に,東京都と都立大学の戦いの勝負はついていた,ということになる。この点に関して, 『世界』5月号(2005/4/8発売)に掲載された初見基氏の論考「ある大学の死:都立大学教員はいかにやぶれていったか」には,以下のような説明(P. 172)がなされている。
 
<大学などぶっ壊す>といった都知事の乱暴な発言に萎縮するあまり筋を曲げてみせる大学執行部の無原則ぶりは、すでに2001年の学生処分問題で明らかになっていた。これは関係者の口からいつか語られることがふさわしいと思われるが、ある学生団体が作成して学内で配布した少部数印刷のパンフレットの記述に民主党の土屋たかゆき都議に対する人格攻撃が認められるとの理由で、執筆学生への処分圧力が学外からかかり、当時の荻上紘一総長は<政治判断>に基づきこれを受け容れ、本来踏まれるべき正式手続きを経ないままに学生処分を強行、総長に抗議した図書館長・教養部長が辞任するに到った事件だ。<改革>を迫られているさなか、東京都の強権を恐れるあまり一時しのぎによって嵐をやり過ごそうと自主規制に走る大学執行部の卑屈な姿勢が、こうして白日のもとにさらされたのだった。

(…後略…)
以下,上記URLを参照して下さい。


投稿者 管理者 : 2005年05月09日 00:39

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