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2004年04月12日

曲がり角の大学(1)米国(2)英国(3)ドイツ

曲がり角の大学(1)米国――高まる企業依存、基礎研究衰退を警戒

日本経済新聞(4/08)

 日本では四月から国立大学が法人に衣替えするなど大学を取り巻く環境が激変している。だが、大学が変化の波に洗われているのは日本だけではない。グローバルな競争が激しくなる中、各国とも高等教育をめぐる制度や慣習は見直しを迫られている。曲がり角に立つ世界の大学事情を追った。
 「医学部長とも電話一本で会える。先日は工学部助教授との雑談から、その場で共同実験が決まった」
 ロサンゼルス近郊の米カリフォルニア大アーバイン校(UCI)。キャンパス内にある日立化成リサーチセンターの金文錫社長兼最高経営責任者は胸を張る。開所は一九九〇年。米国でも珍しい学内立地の利点を生かし、大学関係者との仲間意識を醸成してきた。
 産学連携で日本のはるか先を行く米国。米大学技術管理者協会(AUTM)によると、二〇〇二年度(二〇〇二年七月―〇三年六月)に企業が大学に拠出した研究費は、回答した百五十六校合計で二十四億ドル。十年前の二・四倍に拡大した。
 大学は研究成果の移転で企業に応える。AUTMの推定によれば、技術移転(九八年、病院など他の研究機関を含める)で「三百四十億ドルの価値と二十八万人の国内雇用が生み出された」という。
 六〇―七〇年代の航空・宇宙、八〇年代の半導体、九〇年代の通信・インターネット――。産学連携の成果が次々に米国で新産業を生み、世界をリードしてきた。今も世界の最先端を走るバイオ産業の隆盛は、スタンフォード大のコーエン教授とカリフォルニア大サンフランシスコ校のボイヤー教授が開発した遺伝子組み換え技術によってもたらされた。
 だが、産と学の「革新の循環」が将来にわたって機能し続けるか疑問視する向きもある。
 小さな政府志向と、財政難により、連邦政府の研究支出が伸び悩んでいることが影を落とす。連邦政府の研究開発支出が国内総生産(GDP)に占める割合は一九六四年の一・九%をピークに年々低下し、二〇〇二年は〇・八%を割り込んだ。全世界の研究開発費の四割を占める米国では、企業が六―七割を支出し、製品化に近い応用研究では圧倒的に民間頼みだ。
 企業への依存度の高まりはさまざまな副作用を生む。
 「薬の効能に関する研究では、スポンサー企業のある論文の方が肯定的な比率が高い」。ノースウェスタン大はこんな調査結果をまとめた。企業に過度に寄りかかれば、株式相場や景気など短期的な波に巻き込まれるリスクも高まる。大学と通信関連企業が共同で進めてきた研究の中には、二〇〇〇年のネットバブル崩壊で頓挫したものも少なくない。
 デレク・ボック元ハーバード大学長は「高等教育の商業化路線に将来米国は後悔するかもしれない」と指摘。歯止めを設けるため、各校共通のガイドライン策定の必要性を訴える。
 さらに深刻なのが、大学に短期的な成果を求める風潮が強まりかねないことだ。基礎研究がおろそかになれば、世界を先導するような新産業は生まれにくくなる。産と学のバランスをいかに保つか、米国は将来、難しい局面に立たされるかもしれない。
 周回遅れの日本は、産学連携に企業も大学も一斉に走り出している。産学連携の果実を大きくするために、先駆者・米国に学ぶことは多い。

曲がり角の大学(2)英国――市場原理導入、格差拡大に新興校反発
日本経済新聞(4/10)

 一月下旬、「高等教育法案」をめぐり六時間も激論した英下院は緊迫した雰囲気に包まれていた。「賛成三百十六票。反対三百十一票」。きん差での可決が明らかになると、ブレア首相は厳しい表情を緩めた。
 英国では、約百校ある大学のほとんどが国立。欧州連合(EU)域外からの留学生を除き、全日制の学部生授業料は一律で年千百二十五ポンド(二〇〇三年)とオックスフォード大など有名校とその他で差がない。
 上院でも可決され法律が成立すれば、イングランドの大学は二〇〇六年から年三千ポンド(約六十万円)を上限に授業料を自由に設定できるようになる。市場原理の導入で、同じ国立大学なのに授業料に差が付く。
 背景には大学の資金不足がある。ハイドパークにほど近いインペリアル・カレッジのキャンパス。一九六〇年代築の古びた建物が並ぶ。とても科学技術系分野で世界的に名高い研究機関には見えない。給与水準は米国に比べ三―六割低いといわれ、昨年だけで二千人の頭脳が流出した。主な行き先は米国の大学だ。
 英国は八〇年代後半以降、知識集約型経済に必要な人材を大量に確保するため、高等教育のすそ野を広げた。一〇%前後だった大学進学率は現在四三%に高まったが、学生数が増えているのに公的財源は増えず、学生一人当たりに換算した額は十五年で約四割減った。
 「有名校は上限を高くするよう政府と接触している」。二〇〇三年夏、英国の各紙はケンブリッジ大など十九校の連合ラッセル・グループの水面下の動きを伝えた。同グループは「世界でトップレベルの教育は、授業料もそれに見合うコストを反映させるべきだ」(議長のスターリング・バーミンガム大副学長)と、他の大学との姿勢の違いを鮮明にする。
 二月にはオックスフォード大系調査会社が「オ大が米名門校と対抗するには、裕福な家庭の子女から最高一万五百ポンド(約二百十万円)の授業料の徴収が必要」との報告書を出した。授業料の上限のさらなる引き上げに向け、有力校が今後圧力を強めるのは間違いない。
 こうした動きに新興の大学は神経をとがらす。
 「同じ土俵で戦える仕組みがない」。九二年にポリテクニック(高等専門学校)から大学に昇格した二十九校の連合である「主流大学キャンペーン(CMU)」のマセソン事務局長は憤る。研究予算の配分のための公的機関による大学評価はあるが、総合的な大学順位はタイムズ紙などが作ったものしかない。それも「伝統校に有利で、正当に評価されない」との不満は強い。
 そもそも研究予算のCMUへの配分は六%程度で六割のラッセル・グループとの差はこの十年埋まっていない。自由化で有名校は授業料を上限いっぱいまで引き上げ、収入を増やすのは確実。人気で劣る新興勢は逆に学生を集めるため授業料引き下げに追い込まれる公算もある。研究施設などの面で一段と格差が開きかねない。
 「運営コストが高く人気のない学科を閉鎖するといった経営努力がより重要になる」。エセックス大のクルー副学長は指摘する。
 一九九四―二〇〇一年に約四十の理科系の学部・学科が閉鎖された。多くが有名校以外の大学だ。今後、一部の学科で有名校への集約が進む可能性は否定できない。
 市場原理の導入をきっかけとした有力校と新興勢力の対立。すそ野を広げた高等教育の質を高めるには、避けられない事態なのかもしれない。



曲がり角の大学(3)ドイツ――教養より実学、「横並び」意識に風穴

日本経済新聞(4/11)

 「最大六つの大学がそれぞれ年五千万ユーロ(約六十五億円)の助成金を得る」――。ドイツ連邦政府のブルマーン研究相が一月末に明らかにした“エリート大学構想”が波紋を呼んでいる。二〇〇六年から年三億ユーロを支出し、六つのエリート大学を育てる。助成金獲得に向け大学を競わせる狙いだ。
 助成金の支給期間は五年。学術的優位、国際化、大学以外の研究施設との提携、後継者育成を評価基準とした審査会を五年ごとに開く。約八十あるドイツの大学は二校を除きすべて公立で、各州が運営資金を賄っている。だが、財政難の州が多いだけに、国の助成のあるなしの違いは大きい。
 財政難は連邦政府も同じ。それでも資金を投じる背景には、大学の教育・研究水準が下がり、社会や企業の要請に応えられなくなっているとの危機感がある。
 フランクフルト市のゲーテ・ギムナジウム(中・高校)のネスラー校長は「卒業生の二五%が海外の大学に進む」と留学熱の高さを指摘する。教員・学生ともにドイツ離れが顕著だ。
 一方でドイツの大学は就職難の若者を吸収して失業率の上昇を防いでいるとの皮肉な見方もある。「本人が望めば何年でも在籍できる」とフランクフルト大の学生は言う。伝統的に学位がものをいう風潮が強いこともあり、同大学の学生の七人に一人は在籍十年以上。大学入学資格を取ればどの大学にも行けるため、大学側は定員を調整するだけで学生を選べない。
 競争原理の欠如は中等教育の水準にも響く。十五歳を対象に経済協力開発機構(OECD)が二〇〇〇年に初めて実施した国際学生試験プログラム(PISA)では、数学で日本一位に対し、ドイツはOECD平均点を下回った。中等教育の学力低下はそのまま、大学のレベル低下につながる。
 いかに現状を打破し、他校に先んじるか。答えの一つが実学重視だ。
 独経済誌の品質ランキングで一位となったマンハイム大学経営行政学部では、英米仏の大学と提携し「欧州MBA(経営学修士)」コースを開設。英語による講義を導入した。ドイツの大学に共通するアカデミックな校風とは一線を画す。「助成金を獲得する自信はある」とシャーダー学部長は豪語する。
 グローバル競争に直面する企業にとって、優秀な人材の確保は至上命題。企業も大学の変革を後押しする。
 数少ない私大の一つ、ビッテン・ヘアデッケ大にはドイツ銀行、ダイムラークライスラー、独メディア大手のベルテルスマンなど大企業がそれぞれ一年間に最高百五十万ユーロを寄付している。医学や生命科学、経済学に強く、カリエン事務局長は「全講義をゼミ形式にするなど政府規制にとらわれない独自の教育ができる」と指摘する。入試で学生を選抜し、一割は外国人が占めるなど特色を出す。
 ダイムラーの人材採用責任者は「一部の大学には社員や役員を講師として派遣し、資金支援もしている」と語る。ベルリンやカールスルーエの公立工科大と太いパイプを作り、優れた人材の調達源としている。
 ドイツの大学は政府の保護下で競争もなく、伝統の教養主義に安住し、横並びで存続してきた。産業技術力や国際競争力にも疑問符が付き始めた現在、大学は自ら変革できるかどうか。ドイツの浮沈がかかっている。


投稿者 管理者 : 2004年04月12日 09:10

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