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2004年10月25日

なぜ景気回復しても自殺が減らないか

朝日新聞(2004/10/23)

 自殺がなかなか減らない。昨年は過去最高を更新、今年も年間3万人の高水準が続いている。自殺は経済的な要因だけで説明できるわけではないが、景気がようやく上向き、失業率も下がってきたのだから、もっと改善していいはず。しかし、そうならないのは、過重労働、失業の長期化、借金苦などが影響しているようだ。(高谷秀男)
 「昨年あたりから、30代の相談がぐっと増えました。50代かなと思っていたら、年齢を聞いてびっくり。声に張りがなくて、仕事で疲れ切っている人が多いようです」
 自殺の電話相談を受けて30年近くになる東京自殺防止センター(東京都新宿区)の西原由記子さんは最近の傾向をこう語る。失業中や病気の人の相談も依然多いが、中堅サラリーマンからの電話が増え、派遣労働にまつわる悩みも目立ってきたという。
 内容は「以前10人でやっていた仕事を3人でこなしている。永遠の休息が欲しい」「派遣が帰った後に残った仕事はすべて正社員が片づける。もう限界」「派遣先から帰された。次の派遣先に行くのが怖い」といった具合だ。
 確かに警察庁統計で昨年の自殺は、被雇用者が前年に比べて1004人、13・4%も増えている。総数の伸び率を大幅に上回った。年代別では30代が17・0%も増えた。
 労働経済学が専門の大竹文雄大阪大学教授が指摘する。「企業が不況期にリストラを徹底し、労働者が少なくなったところで、好況に転じてきたため、非常に忙しくなり、働き盛りの世代で特にうつ病や自殺が増えたのだろう」
 忙しい勤労者の増加は、総務省が5年ごとに実施している就業構造基本調査が裏付けている。それによると、週60時間以上働く被雇用者は92年に409万人だったが、02年に548万人に達した。一方で、パートなどの短時間就業も増えており、労働時間の二極化が進んでいる。
 ○長期失業が悪循環に
 正社員ではなく派遣社員や短期契約社員、パート、アルバイトとして働く人は昨年平均で1485万人にのぼり、被雇用者の30%を超えた。この比率と自殺率は左図の通り、自殺が突発的に増えた98〜00年を除いて、基本的に同じ趨勢(すうせい)を示している。
 弟を過労自殺で亡くし、自身は派遣労働の経験を持つ東京の女性(41)は「不安定な雇用は本人にも周囲にもさまざまストレスを与え、職場を殺伐とさせます。自殺増加につながっていると思う」と話す。電話相談の例のように、正社員は派遣の尻ぬぐいに忙殺され、派遣社員は低賃金や仕事の変化にさらされ、将来に展望を持てなくなる構図がみえる。
 過労自殺の労災認定申請は02年度以降、毎年100件を超えている。電通などの過労自殺裁判で遺族が勝訴したことや、自殺の労災認定基準の改正が背景にあるが、過重労働の広がりを示す数字だ。
 では、失業者はどうか。
 再び警察庁の統計をめくると、「失業」が原因・動機の自殺は昨年610件で、前年より10・7%も減っている。
 しかし、「無職者」の自殺は前年より7・9%増えており、失業と自殺の関係が改善しているとは考えにくい。「生活苦」による自殺は13・1%も増え、1321件に達した。職を失った人が徐々に困窮し、統計上「失業」ではなく「生活苦」の自殺となる流れがうかがえる。
 失業と自殺の関係を研究してきた岡山大学の岸田研作・助教授が言う。「失業期間と自殺の間に相関関係があると推論できます。失業が長期化することで経済状態や精神状態が悪化し、さらに精神状態の悪化が失業期間を延ばすという悪循環が起こっている可能性です」
 失業者総数や2年未満の失業者は減ってきたが、2年以上失業している人は図の通り高止まりしている。昨年は平均60万人、今年4〜6月も平均59万人だ。
 先の大竹教授も「ITの発達によって、一定基準に達しない求職者は何度応募してもコンピューターでふるい落とされるようになった。失業長期化の一因だ」と話している。
 ○貧富差拡大が背景
 一方、国立社会保障・人口問題研究所の金子能宏(よしひろ)社会保障応用分析研究部長は、「現在の自殺増加の最大の要因は借金苦」と語る。金子部長らが厚労省の人口動態統計、国民生活基礎調査、総務省の労働力調査、家計調査を用いて分析したところ、ほかに悩みやストレスがあって、借金が増えると、自殺に走る傾向がはっきりわかったという。
 昨年8月に自殺した神奈川県の男性(当時70歳)は2千万円近い借金があった。体調を崩していたところに、ヤミ金が執拗(しつよう)に返済を迫ったため、自ら申請した破産の審尋の直前に死を選んだ。銀行や国民生活金融公庫の融資だけでなく、消費者金融に手を出し、ヤミ金からも借りてしまった。遺書には「ヤミ金におわれると思うと生きた気持ちになれません」とあった。
 警察庁の統計でも、昨年の自殺の原因・動機で最も増えたのは「負債」だった。前年と比べて900件、21・7%も増え、5043件に達した。
 消費者金融の利用者数は図の通り自殺率と似た推移を示している。図の利用者数とは、全国信用情報センター連合会加盟の約4千の消費者金融を利用中か、過去5年以内に利用した人の数だ。
 金子部長は「サラ金の宣伝の氾濫(はんらん)が問題」と指摘。京都大学の橘木俊詔(たちばなきとしあき)教授は「生活苦から借金に走り、追いつめられる人が多いだろう。結局、貧富の格差の拡大が背景にある」と言う。
 <自殺と景気・失業> 今年度の厚生労働白書は自殺死亡率について「おおむね景気循環に沿った動きをしている」「特に完全失業者数との相関がみられる」と述べている。しかし、昨年は例外だったようだ。実質経済成長率は前年のマイナスからプラス2・4%へ大幅に改善。完全失業者は350万人と高水準だが、前年より9万人減った。完全失業率も0・1ポイント下がった。その一方で、警察庁が今夏発表した昨年の自殺者数は前年比7・1%増え、3万4千人に達した。
   *
 <参考情報> 悩みを抱えている人のための電話相談はいくつかある。ボランティアの「いのちの電話」は約40都道府県で開設されており、東京は03・3264・4343で24時間相談を受けている。別団体の自殺防止センターは東京が03・5286・9090で夜8時から翌朝6時まで、大阪が06・6251・4343で24時間受け付けている。面接してくれるところもある。
 ■増え続ける自殺
 ●長期失業者数(総務省労働力調査)
       1年以上2年未満 2年以上
 1993年     12万人 12万人
 1994      16万人 16万人
 1995      20万人 16万人
 1996      24万人 20万人
 1997      26万人 22万人
 1998      25万人 26万人
 1999      36万人 34万人
 2000      43万人 39万人
 2001      43万人 40万人
 2002      52万人 53万人
 2003      58万人 60万人
 ●自殺の原因・動機
 ◇1993年 21,851人
 健康問題   13,006
 経済生活問題  2,484
 勤務問題    1,046
 男女問題      561
 学校問題      200
 その他     1,210
 不詳      1,383
 家庭問題    1,961
 ◇2003年 34,427人
 健康問題   15,416
 経済生活問題  8,897
  負債     5,043
  生活苦    1,321
  失業       610
 勤務問題    1,878
 男女問題      735
 学校問題      237
 その他     1,765
 不詳      2,571
 家庭問題    2,928

投稿者 管理者 : 2004年10月25日 01:34

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