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2006年12月19日

変わる・教育の憲法

■毎日新聞(2006/12/16~18)

変わる・教育の憲法:/上 「美しい国」と不可分-改憲にらむ首相

 「私の目指す『美しい国づくり』において、教育がすべての基本だ」
 安倍晋三首相は13日の衆院特別委員会で、教育基本法改正への意気込みを語った。審議では「規範意識や道徳の重要性も、『美しい人間』として生きるために必要だ」と繰り返し、「美しい国」という政権のスローガンと基本法改正が「密接不可分」と強調した。
 戦後生まれ初の首相は、「戦後レジーム(体制)からの船出」を掲げる。自民党総裁任期は最長で2期6年。この期間内の憲法改正が目標だ。自主憲法制定を唱えた岸信介元首相が祖父。「岸のDNAを受け継ぐ」(塩川正十郎氏の評)首相にとって、GHQ(連合国軍総司令部)主導でつくられた憲法の改正は悲願だ。憲法と一体関係の基本法改正は改憲へのステップにほかならない。
 「総裁選のころから急に教育改革を語り出した」。自民党町村派幹部は証言する。首相の教育論は、愛国心や規範意識など、戦前に重視された日本の価値観の復活が中心だ。英国のサッチャー元首相が行った教育分野の規制緩和と管理強化にも関心を向けている。英国は88年の教育改革法を契機に、「教育困難校」の廃校を勧告する教育水準局を設置。帝国主義時代を否定的に描いた歴史教科書を見直し、「自国の栄光」を中心にすえた。
 首相と下村博文官房副長官、山谷えり子首相補佐官の3人は、かつて保守系の議員連盟「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」のメンバーで、従軍慰安婦などの記述を「自虐的」と批判する「新しい歴史教科書をつくる会」と連携。「つくる会」は憲法改正を訴える保守系の運動団体「日本会議」ともつながる。
 サッチャー改革に着目した「日本会議」幹部の橋渡しで、下村、山谷両氏は04年9月、自民、民主の国会議員6人による「英国教育調査団」に参加した。両氏は「サッチャーは教育の英国病を立て直した」と高く評価するが、識者の間では「所得によって受けられる教育の格差が拡大した」(藤田英典国際基督教大教授)との批判も根強い。
 10月、官邸に設置された教育再生会議は、幅広くメンバーを集めたこともあり、保守路線一本やりとはいかず、議論は難航している。代わって教育改革の推進エンジンになっているのが、政府の規制改革・民間開放推進会議だ。委員の白石真澄東洋大教授は再生会議にも参加する。再生会議の中間報告素案には「規制改革・民間開放推進3カ年計画」の決定文が添えられた。教員評価の厳格化や学校の管理職の増員など民間企業並みの改革メニューには、経済界の意向がにじむ。
 戦前の価値観と経済効率化の調和。難題に挑んだ安倍政権は法律改正の歯車を回したが、議論は生煮えで、改革の実感は薄い。

変わる・教育の憲法:/中 文教「55年体制」終えん

 ◇安倍政権、教委改革に本腰
 安倍晋三首相が設置した教育再生会議が検討する教員免許制度の改革や「徳育」の充実は、84年の中曽根康弘首相(当時)による諮問機関、臨時教育審議会(臨教審)から引き継ぐ課題だ。
 当時の文相は森喜朗元首相。「中曽根さんは教育委員会を見直そうとしたが、戦中派の自民党文教族が『教育の政治的中立性』を理由に反対した」と語る。だが、今も首長が任命する教育委員に日本教職員組合(日教組)の推薦者が入り、政府の意思が末端まで浸透できていないとの不満が文教族から聞こえる。
 「うちの教育長を役所に呼び出したようだが、(地方自治法に基づく)指導・助言の範囲か」
 05年1月、旧社会党出身の輿石東・民主党参院幹事長(当時)は、国会内で文部科学省の担当者を詰問した。輿石氏の出身母体、山梨県教職員組合(山教組)が04年夏の同氏の参院選に向け、組織的に選挙資金を集めていた問題が発覚。山梨県教委は山教組委員長や校長ら19人を処分し幕引きを図ったが、文科省は再調査を迫っていた。
 自民党は「法令が禁じた学校での政治活動だ」と国会で追及。山教組幹部ら2人が政治資金規正法違反で罰金30万円の略式命令を受け、県教委も改めて24人に停職などの行政処分を下した。
 日教組は一時は9割近い組織率を誇ったが、現在では約3割に低下。95年には旧文部省への「協調路線」に転じた。保守王国の山梨で山教組は依然100%近い組織率を維持する一方、県知事選で保守系候補を支援するなど保守勢力と「あうん」の呼吸を保ってきた。山教組幹部は「基本法改正を前に狙い撃ちされた」と批判するが、こうした山教組の姿勢には県民の批判もあり、組織は曲がり角を迎えている。
 長く続いた政界の55年体制で、自民党と旧社会党は教科書検定や国旗・国歌問題で対立した。81年、有力出版会社から自民党文教族議員への多額の政治献金が発覚。参院副議長を務めた本岡昭次前参院議員(当時社会党)は参院文教委員会で「自民党が教科書の有償化を言い出すたびに50万円、100万円と献金されている」と追及した。
 だが、本岡氏は委員会の最中に社会党理事から「うちにも受け取った者がいる。ほどほどに」と耳打ちされた。本岡氏は「自民が有償を言い出して、最後は無償で決着する。『55年体制』の癒着があった」と証言する。
 旧内務官僚で保守派として鳴らした奥野誠亮元文相は84年1月、中曽根首相から電話で「教育改革のための法律を作りたい」と打ち明けられたが、「法律などなくても学習指導要領を変えればいい」と難色を示した。だが、政府は臨教審設置法に旧社会党に配慮し「憲法、教育基本法に則(のっと)り」との一文を盛り込んだ。奥野氏は「『基本法に則り』と書いたので、改革は数年遅れた」と振り返る。
 安倍首相は11月22日の参院教育基本法特別委員会で「日の丸・君が代などに拒絶反応を持つ人たちが、学校現場に大きな影を落としてきた」と暗に日教組を批判し、教育委員会制度改革に意欲をみせた。改正教育基本法は「教育は法律の定めるところにより行われる」と定め、組合活動も「不当な支配」と排除される可能性を残す。学校現場と政治の距離が、じわりと変わりつつある。



変わる・教育の憲法:/下 仏作って…「魂」は今後

 ◇制度改革、現場に不安も
 「仏様を作っただけで魂が入ってない。この法律を実効あるものにしていくため、制度改革に手をつけていく」。今年9月に就任した際の、伊吹文明文部科学相の教育基本法改正案に関する発言だ。「仏様(改正案)」が成立した今、焦点は「制度改革」に移っていく。
 成立を受けて文科省は(1)学習指導要領の改訂(2)学校教育法、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(地教行法)など関連法の改正(3)教育振興基本計画の策定――に順次着手する。そうした手続きを経て、徐々に学校や教室に影響が表れてくると思われる。
 教育政策に詳しい国立大学財務・経営センターの市川昭午名誉教授は「基本法には(現場を)どう変えるか書いていない。(法律は)来年の通常国会から2年かけて改正していくことになるだろう」と語る。さらに「すぐに変えなくてはならないのは学校教育法。学習指導要領はその影響を受けることになる」と指摘する。
 その学習指導要領について、文科省は06年度中の改訂を目指してきた。だが伊吹文科相は「基本法を受けた改訂部分があるとすれば、今年度中に出すのは難しい。時間的に余裕がない」と述べ、改訂を来年度以降に先送りする見通しだ。
 一方、注目の「愛国心」表記に絡んで今後どのような変化が出てくるだろうか。
 児童生徒に直接的な影響を持つ学習指導要領には、すでに「我が国の文化と伝統に親しみ、国を愛する心をもつ」などと規定されている。これに基づき作成された「愛国心通信簿」が社会問題化したが、この部分については基本法は指導要領のカーボンコピーといえなくもない。
 ただ、指導要領は法律ではないが、基本法はれっきとした法律という差がある。三宅晶子・千葉大教授(比較文化論)は「強制力は今までの比ではない」と危惧(きぐ)する。「教科書では『愛国心』に反することも書きにくくなり、授業でも政府や行政批判につながることは教えにくくなるのではないか」と予想する。
 伊吹文科相は、学校教育法改正案の早期上程にも慎重姿勢を示す。基本法成立後の会見で「国家統制とか、国の意思で何でもやれるとか批判ばかり受けたが、私は慎重にやりたい」と語った。来年1月の通常国会での上程は微妙な情勢だ。
 このほか、地教行法では教育委員会制度のあり方や国と地方の役割分担が論議になりそうだ。
 また、新設された「教育振興基本計画」に関しては、文科省は「すみやかに検討に着手する」としている。市川名誉教授は「文科省の権限が強くなる」と予測する。ただし、基本計画の策定について閣議決定という手続きを経るため、「その時の総理によって(基本計画が)変わってくる。小泉(純一郎前首相)さんみたいに(教育に)関心のない人もいれば、安倍(晋三首相)氏のような人もいる」と語る。政府関与の強弱によって、教育行政が左右されるという事態も将来的には考えられる。
 教育法学と教育行政学が専門の若井彌一・上越教育大教授は基本法について「新しくなっても現行法を生かした作りになっている」と分析する。その一方、「基本法を使って細かく指示すれば学校は元気を失う」と現場での運用について注意を促した。


投稿者 管理者 : 2006年12月19日 00:04

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