個別エントリー別

« 立命大と立命館アジア太平洋大、入試出題ミスで新たに107人合格 | メイン

2007年03月06日

北陸大学教職員組合、解雇通知に「地位保全仮処分命令申立」を準備 授業担当外し問題の地労委報告

北陸大学教職員組合
 ∟●ニュース242号(2007.3.1.発行)

石川県労働委員会審問報告-6

 現在、北陸大学では、大学創設直後から、あるいは二十数年間、真摯に教育活動に尽くして大学を根底から支え、真実を語ってきた教員に対して、激しい攻撃が加えられている。6年制薬学部開始の平成18年度から、この制度改編に乗じて法人理事会は3名の組合員教員(佐倉教授、田端講師、荒川講師)を6年制薬学部教員から排除した。また6年制薬学部教員でないことを理由として、現行4年制の薬学部に設置された大学院の担当をも排除した。一方で、外・法学部廃止と未来創造学部開設に乗じて、先ず組合員教員の授業科目を廃止して、授業担当から排除し、次にその教員に担当授業科目が無いので「雇用関係が終了する」と予告し(平成18年3月)、そして、ついに2名の組合員に対し解雇を通知してきた(平成19年2月21日)。

 北陸大学教職員組合は、この授業担当外しから始まり解雇を狙う組合攻撃、不当労働行為と闘う行動を起こし、薬学部の6年制担当外し問題を平成18年5月に石川県労働委員会(石労委)に救済申立した(組合ニュース第234号)。解雇通知に対しては、組合は「地位保全仮処分命令申立」の準備を早急に進めている。

 今号では石労委係争事件について報告する。

1)石労委の北陸大学事件(6年制薬学部担当排除問題)の審問が結審

 石労委は、1年以内に裁定するという審問計画をつくり、これにしたがって、迅速な調査、審問を進めてきた。昨年11月6日の第1回審問では岡野、佐倉が証言し(組合ニュース239号)、12月12日の第2回審問(田端、荒川証言:同240号)に続き、平成19年1月17日(水)に第3回審問を実施、第4回審問2月16日が結審日となった。この日、石労委はこの件で和解は有り得ないと判断し、審問計画通り本年3月末までに裁定して「命令」を出すことを決定した。組合は、2月22日に最終準備書面(最終陳述書)を提出した。

2)第3回審問-河島学長証人尋問

 1月17日の第3回審問では、河島学長に対して証人尋問が行われた。河島証人が提出した陳述書について、理事会側の弁護士による主尋問、そして組合側の弁護士による反対尋問が約2時間ずつ行われた。河島学長陳述書は、組合の主張を真っ向から否定するものであるが、その主張は欺瞞に満ちたものであり、弾劾証拠を背景とする反対尋問の追及で大きく揺らいだ。法人理事会の不当な主張は極めて多い。具体的な争点の一部を簡単にお伝えする。

 組合活動と民主化運動: 教職員組合は、今回の事件の背景として、これまで、組合及び組合が支援した活動に対する法人理事会の永年に渡る敵視を論証してきた。即ち、平成7年の組合結成は、理事会の専横による職場環境の劣悪化、非民主的大学運営、教授会の形骸化が進んだことが根底にあり、それ故、教職員組合結成の目的は労働環境の改善とともに大学民主化であった。しかし、河島学長は陳述書で、当時の背景について「- - - いよいよ総合大学として大きく飛躍しようとしていた時期でもあります。それこそ、学部や職種を問わず、ほとんどの教職員が本学の第二の草創期として、期待と希望を心に抱いて職務に精励していました。そうした明るい雰囲気が満ちたキャンパスの陰で、組合設立に向けた準備が進んでいたとは思いもよりませんでしたので、組合結成を知らされた時は、本当に驚愕いたしました。」と、組合結成の意義を否定した。組合の創設とその後の学長公選制要求などの「有志の会」の活動について、河島学長は当時の前後数年間を北陸大学の「混乱の時代」と位置づけて、組合結成の原因は特定個人の大学に対する怨念によるものであるとして、組合活動と民主化運動を矮小化し、さらに、学内紛争がマスコミにも取り上げられた結果、本学の社会的信頼が失われ、志願者が激減した、との主張を展開した。

 これに対して反対尋問者は、労働基準監督署の勧告によって、大学が数千万円の未払い残業手当を支払うことになった事実を示し、労働環境の劣悪化が組合結成の要因ではないか、と問うた。これに対して河島証人は「判断しかねます」と答えた。反対尋問者は、学長、学部長公選制の要求が全教員の約80%、136名の賛同で提出されたが、これが個人の怨念に同調した結果と思うか、と問うた。河島学長の回答は「判断しかねます」であった。さらに、反対尋問者は、例の日本刀事件について、テレビ放映された河島学長と初谷氏との録音テープ内容、及び記者会見場面の発言が真逆であることを、証拠(北陸朝日放送報道のDVD)を提出して尋問し、大学が起こした日本刀事件、盗聴器事件、文部省への虚偽報告と行政指導などの報道によるイメージダウンが、志願者激減の原因になったとは思わないか、と問うた。これについても河島学長の回答は「評価はわかりません」であった。

 河島学長は、陳述書では違法残業未払いが継続していた労働環境を「明るい雰囲気が満ちたキャンパス」と表現し、これらを批判する組合活動と民主化運動が志願者を激減させたと主張した。それにも拘わらず、反対尋問では、当時の労働環境悪化についても、大学理事会の度重なる不祥事の志願者激減への波及効果についても、判断、評価はできないと確答を回避し、組合の指摘を否定できなかった。

 6年制薬学部担当外しの「基準」:今回の審理過程では、当然、6年制薬学部担当外しに正当な理由があるのかどうかが争点となった。これら差別的扱いについては、組合として何度も団交で担当外しの理由説明を求め、またその文書回答も要求してきた。しかし、何ら誠意ある回答はなかったのである。ところが石労委への申立によって初めて、平成17年1月に6年制薬学部設立準備委員会で審議し、決定したと称する「配置基準」なるものを大学側は提示した。例えば、
 「新たな国家試験への対策について明確な考え方がある」
 「専門とする学問分野の研究業績が十分にある」
 「6年制薬学部に設置予定である大学院(博士課程医療系大学院)の担当領域があり、その審査に合格できる業績が準備できる」
 など、計9項目である。それらは、明確な、十分に、のほか、強い、優れて、高い、など極めて抽象的且つ曖昧な記述の「基準」であり、「身分の得喪に関わる重大な基準」にしてはあまりにも恣意的な解釈が可能である。このような「基準」が事前に実在していたとは到底信じられないが、果たして河島学長は、これら「基準」が6年制薬学部担当教員適否の個人面談(平成17年1月末-4月)でも、教授会、教員説明会、団交、「with」、そして当該3教員へのその後のすべての個人面談でも、全く開示しなかったことを証人尋問で認めた。

 石労委の審理過程で初めて公開されたこの「配置基準」なるものの問題点、矛盾、そして抽象的、曖昧というだけではない疑念については別に論ずることとする。しかし、この「基準」の存在さえ未だ学内では教員に知らされていないのである。なお、4月から職制の変更が予定されており、その「基準」に関しては教員の間で不安の声が多い。組合は、事前に「基準」を公表することを強く要求している。

 組合活動の敵視: 組合ニュース前号(240号)で詳報したように、昨年12月12日の薬学部教授会で、田端講師が「平成17年4月の理事会面談で、組合活動について理事長に謝罪しないと6年制から外すという話があったが、それが理由か?」と質し、理事面談では組合活動批判があり、それが6年制薬学部担当外しの理由であるのかどうかと、教授会という公の場で初めて学部長(理事)に対して質問した。学部長はその教授会で回答を避けた。1月17日の審問では、この時(平成17年4月7日と14日)の理事面談の内容に関する反対尋問があった。その核心は次のとおりである(「審問調書」より抜粋)。

 弁護士: そうすると、まず4月7日の方、第1回目の面談を聞きますが、あなたは田端さんに対して、今でも理事長にやめてもらいたいと思っているんじゃないかと。随分前のことだが、片町で理事長退陣要求のビラをまいたことを覚えていると思うが、その考えが間違っていたとは思わないかと。こういうふうに言ってますね。

 学 長: 私、ビラまきのことを最初に言った覚えは実はないんですが、当時の中川専務がおっしゃったことはあったと思いますけれど。

 弁護士: はい。じゃ、そう聞きますね。田端さんが、ビラをまいたのは組合の決定があって、その方針に従っただけだというふうに釈明したら、中川さんが、それでは私から発言すると。そんな答えは初めから予想していると。あなたはこれまで大学の方針に反対する発言をしてきた人の一人だと。あちこちでやめてほしいと発言してきたはずだと。個人的にやめてほしいと思っているからビラをまいたんじゃないかと。今、自分としてどう思っているか聞きたいと。こういう趣旨のことを中川さんが言ってますね。

 学 長: あ、そうですか。はい。

 弁護士: あなたはこのとき、私が機会を設定するから、理事長に間違っていましたと謝って信頼を回復すれば6年制の授業の担当教員として扱うと。こういうふうに言ってませんか。

 学 長: 6年制の担当教員になるかならないかについては学長のもとですので、理事長の意見がどうであってもそれは関係ないことなんですが、田端講師が理事長に対する批判をされていることは行動からもわかりますので、理事長に謝ることを勧めたことは事実ですね。

 6年制薬学部の教員としての適否を判定する面接が、平成17年1月末~4月半ばに行われた。多くの教員は大屋敷副学長と簡単な面談などで済んだが、特定の組合員教員に対しては、学長室で4名の理事と長時間、複数回の面接をした。組合が入手した情報では、学長への忠誠心が問われたり、組合活動への反省などが求められたケースもあった。田端講師に対しては、明らかに組合活動への謝罪が求められ、そのことが証人尋問によって公の場で明らかになった。理事会の組合敵視を示すもので、今回の「6年制薬学部担当外し」が組合攻撃の不当労働行為、支配介入であることを証明した。

 このように「6年制薬学部担当外し」を決定した平成17年の面談では、田端・荒川両講師は、教育以外の、組合活動が問題となったのであるが、大学側に担当外しの理由説明を求めても、学内では、全く取り合われなかった。教員の誰も、そして当該3教員さえも、担当排除の理由を知らされず、組合の説明要求も全く無視された。組合が石労委へ申し立てることによって初めて、このような不当な面談があった事実が明らかにされたのである。大学理事会は、上記のとおり、6年制薬学部担当教員の「配置基準」なる「後出しの根拠」などを持ち出し、教育・研究業績に問題がある、などの主張を大々的に展開し始めたが、それは組合差別、不当労働行為を糊塗するための後付理由に過ぎない。そのことを、石労委への申立によって初めて明らかになった事実をお伝えしながら、今後、検証していく。

 「担任外し」についても、十数年来、全教員で行ってきたアドバイザー制度を担任制度と名称変更した際、田端、荒川両講師を含む4名の組合員教員が担当から排除され、そのアドバイザーの学生を役職教授らに預けるという、平成16年度に起きたハラスメント事件が、記憶に新しい。反対尋問では「理事長が当該教員にひっかかるものがあるからだ、と学長が田端、荒川両講師に説明した」事実が明らになった。この件の詳しい尋問内容は紙面の都合で次号以降にお伝えする。

 教職員組合執行委員会は、教職員その他の方々からのいろいろなかたちのお励ましに感謝致しますとともに、今後も皆さまのご支援を心からお願い申し上げます。


投稿者 管理者 : 2007年03月06日 00:30

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://university.main.jp/cgi4/mt/mt-tb.cgi/3183

コメント