個別エントリー別

« 中央教育審議会大学分科会(第42回)議事録・配布資料 | メイン | 開かれた大学改革を求める会、「来年度以降の都立大学則についてはまだまったく片づいていません」 »

2004年12月15日

「もしわが国が侵略されたらどうするのか?」という問いかけについての確率論

ペガサス ホームページ
 ∟●「もしわが国が侵略されたらどうするのか?」という 問いかけ そのものに含まれる問題
 ∟●「もしわが国が侵略されたらどうするのか?」という 問いかけ そのものに含まれる問題(PDF版)

「もしわが国が侵略されたらどうするのか?」という 問いかけ そのものに含まれる問題

 軍縮問題や憲法9条を議論するときなどに必ず提出される質問が,「もしわが国が攻められたらどうするのか?」というものです.特に9条を擁護する人に対して,その姿勢の「欠陥」を指摘するのに使われます.しかし,どのような問いかけも,多かれ少なかれ「誘導尋問」の性格を持っていることに注意する必要があります.言い換えれば,質問自体にイデオロギーが込められているということです.
 この質問の誘導尋問性は,これと対をなすべき,これより2文字だけ少ない「もしわが国が攻めたらどうするのか?」という質問が発せられることがほとんどない,ということに表れています.
 ある軍隊がある時点で侵略の軍隊であるか防衛の軍隊であるかは,純数学的な確率としてはどちらも50%です.言い換えれば,ある朝目が覚めたとき自分の国がB国と戦争を始めていたとしましょう.そのとき自分の国が侵略しているのか,それとも侵略されているのかは,確率的には半々だということです.これは,自分がB国民であったかも知れないと考えれば納得できるでしょう.にも関わらずこの質問がほとんどなされないのは不思議というほかはありません.
 しかしはじめの「もしわが国が攻められたらどうするのか?」は無意味な質問ではありません.ですから答えなければならないのは事実です.「そのような可能性はほとんどない」というのも一つの答えでしょう.しかし相手は「でも万一の時は?」と追いつめるでしょう.これに対する非武装主義者の答えは「世の中には『どうにもならないこと』というものが存在する」というものではないでしょうか(補足参照).火山の噴火から町や村を守ることが出来ないのは誰でも分かります.それだけでなく,我が国はつい60年ほど前「わが国が攻めた」ことをどうにも出来なかったのです.
 侵略に対して絶対に安全が守れる方法など存在しません.仮に武力に武力でこたえたとき,つまり自衛戦争に訴えたときに,その手段を取らない時と比べて双方の犠牲がより小さくなる,などということは誰も保証できないのです.
 実はこれは当たり前の事なのですが,にもかかわらず「国家」には何でも出来るはずだという間違った思い込みがあるのではないでしょうか.そしてこれは社会に大きな危険をもたらしているのではないでしょうか.
………


投稿者 管理者 : 2004年12月15日 01:04

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://university.main.jp/cgi311/mt/mt-tb.cgi/243

コメント