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2005年04月26日

国立大学の法人化から1年(上) 経営改革迫る決算―前東京大学長佐々木毅氏

日本経済新聞(2005/04/25)

コスト意識、不可欠に
事務効率化、成果これから

 国立大学が法人化されて一年がたった。大学問題に詳しい識者二人に一年間を総括してもらった。初回は三月まで国立大学協会長を務めた佐々木毅・前東京大学長。
 法人化に一学長として関与したのみならず、国大協の会長としてかかわって来た者として、現在の所感と今後の課題を述べることにしたい。
予算などに課題
 第一は、法人化のツメと実行が極めて短時間で行われたため、文字通り「走りながら考える」ことになったことである。それでも「考える」ことが出来ればまだましであり、「考える」余裕すらないままに当座の対応に追いまくられ、そのため放置されたまま一年が過ぎてしまった案件も珍しくないに違いない。
 国立大の法人化はその規模や事柄の重要性からして、第三者委員会といった場を設定し、細部にわたり論点を明確にすべき案件だったはずだが、それができなかった。
 その結果、細部に目が行き届かなかったのみならず、文部科学省の所掌を超える事項、例えば、予算などのあり方について、大きな課題が残ることになった。かくして、国立大学法人の経営にとって最大の不確定要因は政府ということになったのである。
 二〇〇四年度予算においては効率化係数が最大の問題になり、〇五年度では周知のように授業料標準額の値上げが争点になった。国立大の経営の自主性についての華々しいレトリックにもかかわらず、年末になって来年度の経営環境がいとも簡単に変えられてしまうというのでは法人化した意味がどこにあるのか分からない、という声が出ても不思議はない。
 また施設整備費は極度に不足し、〇六年度からは極めて深刻な事態になることが予測されているが、投資を減額し、しかも法人の自由を規制し、その上で経営を向上させよというのであるから、そもそも合理的な判断が成り立つ余地がほとんどない。
 国大協にはこうした疑問と不満が毎日のように寄せられる。これら制度設計にかかわる諸課題を政府側と国立大学法人側とで協力し、一つ一つ合理的に解決していくことが、この制度の定着にとって不可欠である。
インフラを整備
 第二は、国立大学法人の側の取り組みの問題である。実を言うと、この一年間は非公務員型の人事制度の設計や定着の問題、新しい財務管理システムの設計とその着実な実行(月次決算の実行など)といった、法人化に伴うインフラ整備に多くのエネルギーを割いて来たのが実情である。これはこれまでの日常的業務からの切り替えにとって必要な基本作業であるが、外からは見え難い誠に地味な作業である。
 また、産学連携関係の制度の整備についても実に多くのエネルギーが費やされた。総じて、法人化に伴う自由は法人としての自由裁量権の確立を意味するはずであるが、これを法人に属するメンバーが直ちに自由に何でもできることと誤解した向きが強く、これが問題を難しくした面があった。
 こうした合理的なシステム設計とその着実な実行の習性を定着させることができるかどうかは、長い目で見て各法人の経営力を左右する。こうした作業は「憎まれ役」を担う人材がなければ極めて困難であり、私の体験によれば、細部の議論になればなるほど執行部の評判は芳しくなかった。
 東京大学では昨年後半にコンサルタント会社と共同で事務作業の見直しと事務量の三割カットを目標とした準備作業を行ったところであるが、こうした作業の成果はこれからである。
 次のステップとして極めて大事なのは六月に明らかになる各法人の決算とそれを踏まえた経営の再検討である。これまではコストの問題抜きに教育や研究のあり方を議論できたが、この長い間の習性に終止符を打つのがこの決算である。
 実は授業料値上げ問題の際にこのことは議論になったが、今後は授業料のみならず、あらゆる課題について数字に即した説明が必要になっていく。学生に対するサポートにしても従来以上に透明性のある形で議論しなければならないし、国立大学の授業料の横並びが崩れたということを越えて、各法人の財務的個性などが吟味の上で報道されることになろう。
 極めて厳しい効率化が求められた大学病院の財務状態なども、これを契機に社会的関心を集めることになるかもしれない。その意味で決算は学内外における説明責任のあり方を大きく変え、それが学内の現状の見直しと新たな改革へのステップにつながり得るのではないか。
独自に職員採用
 最後に国会などで大きな問題になった文科省の人事面での「関与」「介入」について簡単に言及しておきたい。
 各法人の間をまたがって全国的・地位的に移動する職員については同省による調整が続いている。これは法人化に伴って国大協との間でなされた合意に基づくものである。
 しかし同時に、事務局長ポストも大学によっては廃止され、役員会が主導性を発揮するシステムへの転換も進んでいる。法人化の結果、職員に対する法人内部の評価の仕組みが整備され、徐々に選別の動きが高まることが予想される。それが文科省の調整力を弱める方向に作用することは避けられない。
 職員採用においても昨年はこれまでの公務員試験を模した方法が採用されたが、東京大学のようにそれと並行して直接採用を開始するところも出てきた。派手には見えないが、事態は着実に動いているというのが私の実感である。


投稿者 管理者 : 2005年04月26日 00:00

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