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2005年06月08日

日本科学者会議、「経営困難な学校法人への対応方針について」とその批判

日本科学者会議
 ∟●「経営困難な学校法人への対応方針について」とその批判 (大学問題フォーラム No.40、2005年6月6日)

大学問題フォーラム No.40 2005年6月6日発行
日本科学者会議大学問題委員会

「経営困難な学校法人への対応方針について」とその批判
~高等教育費と大学像の抜本的改革が必要である~

新村洋史(中京女子大学)

はじめに
 文部科学省は、2001 年以降、定員割れを起こしたり、経営破たんをきたして実際に廃校となる私立大学が現れるなかで、学生の就学を継続させ修学保障することのみを目的とするセイフティネットの策定を加速させてきた。今年、2005 年3月30 日付で、同省は「経営困難な学校法人への対応方針について(案)」を発表し、4月30 日を締め切りとする意見公募を行い、5月16 日、同「対応方針」を確定した。この小論では、この「対応方針」の概略を紹介し、これに対する基本的な問題点を探り、批判的検討を加えることとする。

1. 「自己責任」イデオロギーと基本的な問題点の未解決
 まず、この「対応方針」の政策的な意味と基本的問題を、結論から先に簡潔に述べておきたい。
① 大学審議会が設置されていた時代から(2000 年に廃止)、私立大学の「倒産」や廃校の話題に触れられていたが、今回の「対応方針」は構想レベルの議論や架空の話としてではなく、政府の具体的方針として策定され、そのマニュアルを作成完了させたことを意味する。
② その基本方針、あるいはイデオロギーは、私大が生き残るのも死ぬのも「自己責任」であるということである。それは新自由主義的な「規制改革」路線にもとでの弱肉強食、排他的・敵対的な競争主義を大学にも貫徹しきること、その「受け皿」を政府・文部科学省がしつらえたということである。
③ だが、果たして潰れる大学はその個別大学の経営者や教職員の「自己責任」にきせられるというような政策的・制度的な保障や整備構造の現状になっているであろうか。到底そうではない。 例えば、私学振興助成法による私大に対する国庫補助金は「経常的経費」の50%という法定の水準を満たす責任を政府は一度たりともは果たすことがなく今日に至っている。現在は12%をきるような水準でしかない。いわば脱法行為である。また、教育研究に対する国家的統制を強めるべく、競争的補助金である「特別補助」(2002 年度からの私立大学教育研究高度化推進特別補助などを含む)を年々増大してきた(私大助成金総額の約30%に及ぶ)。しかも、今日、補助金交付方式は、日本私立学校振興・共済事業団による「間接補助」ではなく文部科学省による「直接交付」であり、同省の大学政策の意図が今まで以上に強く、直接的に作用し推進できる補助制度に転換されていることにも留意しなければならない。
そしてまた、18 歳人口は1992 年のピーク時205 万人に比して2009 年度は120 万人となり、この17 年間で85 万人減となると見込まれる。不況時代のなかで大学と短大を合わせた進学率は48.6%と横ばいであるのに、大学新設の波はやまない。すなわち、スクラップ・アンド・ビルド策が市場競争原理主義のなかでかつてなく強化されてきた。助成金の水準を見ただけでも、政府は国民の教育権や高等教育の機会を享受する国民の基本的人権を保障しているとは断じていえない(80~100%というアメリカ、イギリスの進学率の高さを見よ)。そのような責任を政府は果たしていない。
④ 私大の倒産・廃校という問題の本質は、いわば「仕組まれた倒産・廃校」という性格を強く帯びているということである。到底、一私立大学や個別の大学の経営努力や教育研究努力によって回避できたり、克服できたりするというような性格の問題ではないというべきである。公教育制度の一環である大学教育を支えている主要なセクターは私立大学である。大学生の73.3%、短大生の91.2%を私大がささえている。名実ともに、私立大学の公共性は明白である。にもかかわらず、国立大学法人等への公的高等教育費の直接支出は76.3%、私立大学へのそれは12%でしかない。この差別的で格差化されてきた財政政策と財政構造こそが、私大経営者を狂わせたり、私大危機を招来させる根本的要因であると言うべきである。

2.文部科学省「経営困難な学校法人への対応方針について」の概要
 「対応方針」は次のような構成になっている。
1,趣旨、2,基本的な考え方、3,経営分析及び指導・助言、4,学生の就学機会の確保、5,関連する事項等。
1の「趣旨」では、少子化等の影響で私立学校の経営環境が厳しい状況にあること。2004 年度で見ると、私大の定員割れは、大学で30%、短大で40%である。また、単年度収支で見ると、帰属収入で消費支出をまかなえない学校法人が2003 年度で30%に及ぶとする。このような経営困難な状況のなかで最優先に検討すべきことは在学生の就学機会の確保であると方針を定める。
2の「基本的考え方」では、経営基盤の強化を図ること、それは「あくまでも各学校法人が自らの判断により、自らの責任において行うべきものである」とする。その要点は次のとおりである。
① 学校法人の経営基盤の強化に向けての努力は、各学校法人が自らの責任において行うべきものである。
② 文部科学省は、日本私立学校振興・共済事業団等の協力をえつつ、各学校法人の経営分析や、その結果を踏まえた指導・助言を通じ、学校法人の自主的な経営改善努力を促す。
③ 改善に向けた取り組みへの早急な着手が必要な学校法人に対しては、状況に応じ、経営改善計画の作成を求め、より詳細な分析や必要な指導・助言を行う。
④ これらによってもなお改善が不十分で、更に踏み込んだ対応が必要と考えられる学校法人に対しては、在学生の就学機会の継続確保を最優先に、法的手続き等の活用も視野に入れた、より抜本的な対応策の検討を促す。
⑤ 仮に、近い将来学校の存続が困難となると判断されるに至った場合でも、まずは、在学生が卒業するまでの間、学校を存続し授業を継続できるよう、最大限の努力を促す。
⑥ これらの様々な努力や取り組みにもかかわらず、最終的に、学生が在学したままの状態で学校を存続できなくなった場合には、後述の「学生転学支援プログラム」の仕組みにより、在学生の他大学等への転学を支援することとする。
 3の「経営分析及び指導・助言」では、1)理事会や評議員会、また監事による監査等を通して財政及び経営状況を的確に把握し、問題点の発見と解決に努める、2) 中長期計画を策定するなど計画的な財政運営を図る、3)必要に応じて、事業再生に詳しい弁護士や会計士等外部の専門家の意見を聞くこと。様々な会計指標を活用して経営状況を把握するとようにすること、4)採算のとれない学部・学科等の縮小・廃止なども含めた検討も必要であること、5)学生にとって魅力ある教育組織への見直しや経費削減をはかること。これらに加えて、学校法人の経営破たん処理の諸手続きがシュミレーションされている。
 4の「学生の就学機会の確保」では、「学生転学プログラム」が詳細に述べられている。この支援要請を受けた場合、政府機関としては現にある「学校法人運営調査委員会」「私立学校経営支援連絡協議会」とも連携を図る。また、転学を受け入れる具体的体勢を作るに際しては、受け入れ可能性のある大学等で「学生転学支援連絡会」(仮称) を設置し協議することなど、細部にわたり言及される。
 最後5の関連する事項等では、1)教職員の雇用機会確保に努力し、人員整理の場合には他部門への配置転換、希望退職者の募集、退職者の再就職の支援に努力を払うこと、2)未払い給与がある場合は、独立行政法人労働者健康福祉機構から立替払いを受けられるのでそれを利用すること、3)設置認可制度を的確に運用すること、4)文部科学省の私学部には、2003 年度から「学校法人経営指導室」を設置した、また私学事業団にも2004 年度から「私学経営相談センター」を設置し、相談体制を強化したので早い目に相談すること、5)2004 年4月の私学法改正を遵守し、理事等の役割の明確化、財務諸表の公開、経営的視点の強化を図れ、としている。

3.この制度の行き着くさきへの虞
 以上のように、教職員の雇用の確保は実質的に「自己責任」イデオロギーとそのシステムにゆだねてしまっている。誠実に教育研究に励んできた教職員も山一證券のようになるというわけである。納得できなければ「整理解雇の4要件」を盾に理事会相手に裁判でもやったらどうかというわけである。これが市場の力のなせる技で政府は関知しない、関与せず、となっている。このレジームを作ったのは当の政府であるが、すでに責任なしという無政府主義的な状況がつくられている。新自由主義路線の行き着く先は、学生の就学確保に関しても、私大等の経営状況を国民に公開することで、保護者や学生の自己責任に帰せしめ国家不作為の状態で社会的混乱を招くことになる虞は大である。
 学生に対するセイフティネットの整備は、総合規制改革会議「規制改革の推進に関する第1次答申」(2001 年12 月11 日)において具体的に言及された。そこでは「学生は自己責任に基づいて入学してくる」との文言が見られる。セイフティネットについては、その後中央教育審議会でも検討され、2002 年8月5日答申、2005 年1月28 日答申で、その骨格が展開された。

4.日本私立大学教職員組合連合の見解について
 日本私大教連は、4月28 日付で文部科学省宛にパブリックコメント(公募意見書) を送った。最後にその要点を紹介することとする。
① 学校法人の経営困難は少子化にも原因はあるが、むしろトップダウン経営、スピード経営など理事(長)の独断・専横、教授会無視や破壊、情報の不公開などにこそある。経営困難の問題を解決するためには、理事の経営責任を明らかにする規定や理事に対する解職請求権の規定を寄付行為に定める必要がある。
② 抜本的解決は、私大助成の貧困さ、高学費の放置、高等教育費の絶対的低さを解決することによって可能となる。
③ 国の資金で私大経営救済システムを国として構想することは「国民の理解が得られない」として、はじめからこれを排除すべきではない。
④ 経営責任者には株主代表訴訟のように、ステイク・ホルダーによる損害賠償請求の法的手段を整備するべきである。
⑤ 受験生にも、改正私学法第47 条にあるように経営分析資料等を開示すべきである。
⑥ 学生転学支援の措置をとる以前に、運転資金が確保できる段階において方針を決断させることが不可欠である。
⑦ 教職員の労働債権の最優先確保の措置がとられるべきである。
⑧ 私学振興助成法と同付帯決議に謳われる「経常費2分の1補助」を直ちに達成すること、及び学費負担軽減の施策を講ずること。

5.まとめにかえて
 ~政府は国連・国際人権規約(社会権規約第13 条2項(c))の留保撤回をせよ~

 同条項は高等教育における「無償教育の漸進的導入」を世界平和のために定めるものである。日本政府はこの点の批准をルワンダ、マダカスカルとともに保留して40 年が過ぎた。まさに人権小国である。しかし、6月30 日までにはまともな判断をくださねば国際的な信頼を損ねることになる。これこそ国益問題である。
 承知のように、日本の高等教育の公的支出分は、GDP比で0.5%でしかない。これはスカンジナビアの国の3分の1、先進国平均の2分の1でしかない。この現状は圧倒的多数の大学人から批判されてきた。この比率を先進国平均の1.0%にすれば、私立大学の経営困難の現況を解決することが出来るのである。これこそが、根本的で、当たり前の政治、政策である。なぜこのグローバル・スタンダードにならうことが出来ないのか。ここに政権党政治の根本的矛盾、反国民的姿勢がある。国民の教育権、学習権を真に保障してほしいという国民の願いに背を向ける政治路線を改め、この抜本的な改革をはかることこそ国内的・国際的な未来展望を切り開く道である。


投稿者 管理者 : 2005年06月08日 00:21

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