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2005年10月27日

「派兵は決定的違憲」市民訴訟の会・山梨、一審終結に当たっての声明

「派兵は決定的違憲」市民訴訟の会・山梨
 ∟●「派兵は決定的違憲」市民訴訟、一審終結に当たっての声明
 ∟●判決要旨

「派兵は決定的違憲」市民訴訟、一審終結に当たっての声明

■はじめに
 昨年8月6日に甲府地方裁判所に提訴した、いわゆるイラク派兵違憲訴訟の判決を、本日手にいたしました。この間の裁判の経過を振り返ってみれば、300人近い原告が政府を相手に、その行為が憲法に合致しているか否かの判断を求めたのに対し、開かれた口頭弁論は、わずか4回、しかも証人証拠調べはすべて退けられ、原告本人尋問はおろか、最終弁論の機会すら与えられませんでした。さらに憲法違反を問う重大な裁判で、被告側の首席代理人が、「判検交流」により法務省に出向している判事であったということは、裁判官の独立やその信頼性に強い疑義を抱かせるものでした。
 被告の政府側からは、「戦後初めて戦闘の続いている国へ重武装した自衛隊を派遣することと、交戦権を明確に否定した日本国憲法との整合性」への主張は一切なく、司法は、双方の意見を聞くという裁判らしい裁判もなしに今日に至ったことを、最初に申し上げておきたいと思います。本日の判決日も、突然の結審宣言とともに、8人の原告代理人の都合を問うこともなく、一方的に指定されたものです。こうした異例づくめの極めて不公正な訴訟指揮に対して、新堀、倉地、岩井三裁判官の忌避を申し立てました。しかしながら原告には事態を直ちに是正する方策を与えられておらず、市民の感覚との大きなずれに強い違和感を抱いたまま本日を迎えるに至りました。

■本日の判決が意味するもの
 私たちは、この無法で道義なきイラク戦争を許すならば、人間性の敗北であると感じました。そして「全世界の人々の平和のうちに生きる権利」を保障している日本国憲法は、日本がこの侵略戦争を支持し荷担することを許すのか、と愚直に司法に問いました。過去の裁判において、この権利は「平和的生存権」という憲法上の権利として認められており、今現在全世界の戦禍に苦しむ人々が、その確立を心より望んで止まない先駆的な「権利」であり、日本国憲法の先見性に改めて感嘆するものであります。しかしその一方で、本訴訟ではこの「権利」が具体性を持つかどうかが問題となり、このような理不尽な殺戮を許してよいのか、という倫理的な問いかけが、「権利」が具体的に侵害されているか否かという功利的な問いかけに摺りかえられてしまうことに、絶えずもどかしさを感じてきました。私たちは司法に対し、口頭弁論でも何度となく憲法の精神に立ち返るように訴えてきましたが、ついに司法は、一切私たちの問いに答えることなく、日本国憲法の精神を顧みることもなく、形式的な裁判上の「権利」の有無のみを問題にし、私たちの訴えを却下しました。
 このような、日本の現在の法制度の中での訴訟上の論理は、狭い法曹界の常識としては通用するかもしれませんが、憲法を巡る現在の状況を直視すると、非常に重要な問題を孕んでいるように思えてなりません。今回の判決のように、まったく憲法判断に踏み込まない司法の姿勢は、結果として政府の違憲行為を放置し、米英の侵略戦争への荷担を追認することになります。このことは、「戦争の違法化」と「法の支配」という国際的な潮流に逆行するばかりか、アジア二千万人、そして原爆の被害を含めた国内三百万人に及ぶ犠牲者の上に成立した日本国憲法を裏切るものでもあります。憲法に依拠してその職責を果たすように要請されている司法が、政府の違憲行為に何の判断も下すことができないのであれば、事実上日本では、三権分立が機能せず、法によって権力の専横を縛るという立憲主義の崩壊を内外に示すものであります。私たちは、「全世界の人々が平和のうちに生きる権利」を認め、この理念を具現化した非暴力平和主義の第9条を持つ国に生きる者として、強い憤りと深い哀しみをもって、本日の司法の判断に抗議します。

■本訴訟の意義
 この山梨の地で、日本国憲法の平和主義の下で侵略戦争への積極的な荷担が許されるのか、と真正面から司法に問いかけたこの訴訟の意義は、決して小さなものではなかった、と思います。イラク写真展、講演会、映画上映会等々を通じて、イラク派兵の是非が、市民の間で改めて話題になり、戦争と平和を巡る様々な声が、私たちに寄せられました。さらには、アラブ世界や韓国の人々に向けて私たちの平和への意思を伝え、温かい共感と支援の声も頂き、国際的な連帯を感じ取ることもできました。そして何よりも120名を超す原告の意見陳述こそ、それぞれに憲法の魂が込められたものでありました。また、282名の原告と186名の賛助会員が力を合わせて起こした違憲訴訟は、憲法の平和主義の精神を貫こうとする人々の間に、すばらしい出会いをもたらし、この人間不信の時代に、深い人間的信頼を醸成する一助になったと確信しております。これは、この訴訟を通じて得られたかけがえのない財産であると思います。

■今後に向けて
 私たちは、この山梨の訴訟については、敢えて控訴の選択肢は取らないことにしました。原告の中でも「控訴は当然」「最高裁まで闘ってほしい」という声は、決して小さくありませんが、私たちの運動全体を振り返り、上記のような結論に達しました。控訴した場合、法廷は東京に移ります。これまでのように原告の方々が法廷に駆けつけ、活気ある訴えをすることは、現状では残念ながら不可能と言わざるを得ません。またとりわけ日本の裁判官は、普通の市民と触れ合う機会も少なく、裁判官自身が「裁判官である以前に一市民である」という当たり前の市民意識から大きくかけ離れています。さらには憲法遵守義務を負っている一国を代表する首相が、違憲判決を下した裁判官の判断を「裁判官の独り言」と放言して憚らない状況では、単に個別の裁判を糾弾し、批判するだけでは、一握りの良心的な裁判官を窮地に追いやり、多くの頑迷な裁判官たちをより頑なにするだけで、根本的な解決にはならないことを痛感します。
 私たちは、敢えてこれ以上この枠組みの中で闘わず、それよりもむしろ私たちは、この一年余の訴訟で知り合った多くの心ある方々と共に、別の仕方で訴えていきたいと考えます。こうした状況を打開するためには、私たち一人一人に、日本国憲法の精神について理解を深め、広やかで寛容な人間関係を培い、縦にではなく、横に繋がっていけるような真に成熟した市民意識と公共性を確立する努力が求められている、と思えます。そして社会の中にこのような公共性が、確立されるときには、裁判官自らが、「どんなに社会的エリートであっても、自分も一市民であり、人々と共に暮らしているという自覚と公共性をもてないようでは、人として幸福とは言えないではないか」と自然に自問するようになるでしょう。公共民としての新たな意識が生まれて初めて、司法権を国民の側に取り戻すことができ、市民による違憲訴訟も新たな展望も開かれてくるものと思われます。
 今後も、私たちは、憲法の平和主義を自分のものとして獲得するための多様な行動を展開し、道を開いていきたいと考えます。
 最後に、今なお全国各地で果敢に闘われている違憲訴訟の発展的展開を願ってやみません。そしてイラクをはじめ全世界の人々に一刻も早く平和が訪れることを切望しています。またここに至るまで、この訴訟に関心を持ち続け、日夜ご支援いただいた各界の皆さまにこの場をお借りして、心よりの感謝と連帯の気持ちを表明したいと思います。

2005年10月25日

「派兵は決定的違憲」市民訴訟:代表 小出昭一郎
原告一同

[ニュース]
自衛隊イラク派遣:違憲確認訴訟 派遣の差し止め却下--甲府地裁

投稿者 管理者 : 2005年10月27日 00:58

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