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2006年11月22日

「宇宙基本法案」:宇宙の軍事化の危機!! みなさまの議論を訴えます!!

■「意見広告の会」ニュース374より

「宇宙基本法案」:宇宙の軍事化の危機!! みなさまの議論を訴えます!!

石附澄夫(国立天文台)

要旨

 現在、新聞でも一部報道されているように、自由民主党と日本経団連を中心に、宇宙の平和利用の国是を廃し、軍事利用への道を開く「宇宙基本法(仮称)」の議員立法の動きがある。これは、(1)日本国憲法第9条との関係、(2)「軍産複合国家」への道を開くという点、(3)学問のあり方、の3点で問題があると考える。この問題は、工学や理学の問題でもあるが、むしろ政治・経済・社会の問題であるという面が非常に強い。すなわち、宇宙開発に関わる者のみならず、理学はもちろん経済学、法学、社会学など学問に携わるものすべて、さらに、主権者たる国民、納税者が当事者である。ここに、宇宙の軍事化の動きを報告し、広く議論されることを訴えたい。

1.宇宙の平和利用1969年国会決議

 日本の宇宙開発は、東京大学の糸川英夫氏らによるペンシルロケットの打ち上げによって始まった。そして、1969年、宇宙開発事業団(現在は宇宙航空研究開発機構=JAXAに統合)が組織され、東京大学宇宙科学研究所(現在はJAXAに統合)とともに、日本の宇宙開発が組織的に行われることになった。

 宇宙開発事業団が立ち上げられる際に行われたのが、「我が国における宇宙の開発及び利用の基本に関する決議」で、これは1969年5月9日衆議院本会議において「全会一致」で行われた。ここに全文を記す:

 我が国における地球上の大気圏の主要部分を越える宇宙に打ち上げられる物体及びその打ち上げロケットの開発及び利用は、平和の目的に限り、学術の進歩、国民生活の向上及び人類社会の福祉を図り、あわせて産業技術の発展に寄与すると共に進んで国際協力に資するためにこれを行うものとする。

 この決議の「平和の目的に限り」という部分の解釈は、国会の審議や答弁で、「非軍事」ということで今日までなっている。すなわち、偵察衛星のような「防衛に限り非攻撃的」なものであっても、この国会決議に反すると解釈されている。

 なお、この決議が、普通の法案の可決ではなく、「全会一致の国会決議」であることの重みに留意されたい。「宇宙開発の国是」といわれる所以である。

2.宇宙の軍事化を推進する人々とその議論 

2.1.宇宙の平和利用1969年国会決議を廃棄しようという動き

 新聞などで一部報道されている(朝日新聞2006年3月29日号、西日本新聞2006年5月16日号、東京新聞2006年9月12日号)ように、この「国是」ともいうべき宇宙の平和利用1969年国会決議を廃棄しようという動きが自民党にある。

 自民党は、党内の政務調査会に宇宙開発特別委員会を置き、この国是の変更の研究を進めてきた。その結果、「宇宙基本法」(仮称)を議員立法で制定し、「平和利用限定の枠」を取り除こうということになった。2006年11月19日現在、法案は提出されてはいないが、報道によれば、現在行われている第165臨時国会(会期:2006年9月26日から12月15日まで)への提出を目指している。

 なお、議員立法という形をとるのは、政府提出の法律案可決では「国会決議」の重みに対抗できず、また、全会一致の国会決議は反対する議員がいるために不可能であるという、判断のためである。

2.2.「宇宙基本法(仮称)」案骨子

 現在、「宇宙基本法(仮称)骨子」案なるものが発表されている。これは、同法案推進派の人々が中心になって作った「宙の会」のホームページ = http://homepage.mac.com/godai_space/index.html で閲覧及び入手可能である。

 この法律案は、宇宙開発のあり方の見直しを主張している。すなわち、
(1)冷戦後の世界の社会経済構造の急激な変化への対応のために宇宙開発を有効な手段として活用する
(2)研究開発中心であった従来の宇宙開発を変更し、総合安全保障、産業の振興、国民経済の発展等、目的を明確にして重視する
(3)従来、関係省庁が別々に行ってきた宇宙開発を内閣府に「宇宙開発戦略本部」を作って戦略的に宇宙開発を行うということである。

 また、基本理念として、「総合的な安全保障」(この内容については本文の2.3節末の[注]を参照)が、「宇宙関連産業の競争力の強化・産業の振興への寄与」「宇宙科学の推進」とともにあげられている。これを一読してただけでは、「1969年宇宙の平和利用国会決議」との関連は見えにくい。

 しかし、「安全保障への寄与」という基本理念の一つを唱ったところでは、「1969年宇宙の平和利用国会決議に則り」ではなく「『宇宙条約の定める宇宙空間の平和利用』に関する規定に則り」となっている。

 実は、この部分が、次節以降(とくに3.1節)に述べるような大きな問題を含んでいる。

2.3.宇宙軍事化を推進する人々の狙い:「自民党中間報告」と「経団連提言」 法案推進派の議論の内容は、次の二つの報告書に集約されると言ってよいであろう。一つは、前述の自由民主党政務調査会宇宙開発特別委員会の「中間報告」 (2006年4月12日、以下「自民党中間報告」)であり、もう一つは、日本経済団体連合会(日本経団連)による『我が国の宇宙開発利用推進に向けた提言』(2006年6月20日、以下、「経団連提言」)である。前者は本文第3節で挙げた「宙の会」のホームページから、後者は、日本経団連のウェブページhttp://www.keidanren.or.jp/japanese/policy/2006/046/index.html から入手できる。

 これによると、この法案が、「自民党国防関係者およびそのブレーンの学者」と「航空宇宙業界の利益を代表する経済界(具体的には日本経団連)」の思わくの一致の産物であることがわかる。
 
 「自民党中間報告」によると、

(1)現在の宇宙開発行政は、技術開発が自己目的化していて国家戦略がない:
(2)安全保障(広義と狭義)は宇宙利用の最適利用分野である。しかし、宇宙の平和利用1969年国会決議とその「非軍事の限るという解釈」によって、「安全保障分野」と宇宙技術との間に垣根ができてしまった:
(3)1990年の日米衛星調達合意(米国スーパー301条に基づく)により、商用衛星や実用衛星(気象衛星を含む)は国際入札になってしまい、ほとんどは米国製の衛星になってしまい、ユーザーの要求にそぐわず宇宙産業の国際競争力を失ってしまったという問題があるという。

 この問題の解決案として、

(1)「安全保障」のための「宇宙利用」、
(2)宇宙の平和利用1969年国会決議の変更、
(3)「宇宙利用開発」を国家戦略として立案するために内閣に宇宙戦略会議を設立すること
(4)「官と民との役割分担と連携」

などを訴えている。

 「経団連提言」は、この「自民党中間報告」を引き継いだ形で出されているが、航空宇宙産業を抱えているためであろうか、「宇宙産業の国際競争力強化」「宇宙国家予算の拡充」に重きが置かれている。とくに、後者は、宇宙開発利用への財政支出の減少(2002年度の2950億円から2006年度の2514億円へ)とそれに伴う宇宙産業の従事者の減少(1997年度の8918人から2004年度の6378人へ)を「疲弊感」と訴えている。
 なお、日本経団連は2000年以降でも5回声明文を提出している。これらを比較してみると、「実用化・産業化・社会インフラとしての宇宙開発」の要求は一定しているにもかかわらず、「総合的安全保障」の考えは、最近になってより強く主張しているという変化がある。

 ここで、興味深いのは、「自民党中間報告」が現在の宇宙行政の諸問題の原因として、「宇宙開発の国家戦略の欠如」「宇宙の平和利用1969年国会決議」「1990年の日米衛星調達合意」の3点を挙げているにもかかわらず、前2者については、「自民党中間報告」も「経団連提言」も、「宇宙戦略会議の設立」「議員立法による平和利用国会決議の変更」のみを訴え、「1990年の日米衛星調達合意」は所与のものとして現状を容認していることである。日本独自の宇宙開発の目的を、「実用」を目的とすることができず、研究・試験としなくてはならなくなったのにだ。
 
(注)推進者のいう「総合的安全保障」には、軍事的安全保障だけでなく、エネルギー・食糧安全保障、外交面での安全保障、および、社会面での安全保障(災害対策、環境問題)もふくまれている。しかし、後述の本文3.2節に述べた「情報収集衛星」の使われ方を見ると、軍事的安全保障が「いざ(災害などの)コトが起こった時には」他の安全保障に比べて優先するようだ。


3.宇宙の軍事化の問題点

3.1.「宇宙の平和利用1969年国会決議」の変更

 前節で述べたように、宇宙の軍事化を推進する人々は、「宇宙の平和利用1969年国会決議」の変更を訴えている。その論理は、「『非侵略的』な宇宙の軍事利用は、『宇宙条約(1966年国際連合採択)』では禁止されておらず、許容範囲とするのが『国際標準である』」というものである。すなわち、「1969年国会決議」での「宇宙の平和利用」を、「現在の日本の置かれた国際情勢を鑑みて『再定義』」しようというわけだ。

 しかし、そもそも、日本国憲法第9条が、憲法としては世界にはほとんど例のない条項である。これをふまえて全会一致で議決された「宇宙の平和利用1969年国会決議」が「国際標準」なるものと合致しなくても当たり前なのではないか。最高法規(日本国憲法第98条)たる憲法の精神をふまえた「国会決議」よりも「国際標準」なるものが優先するというのは、法律論として顛倒している。

 われわれは、日本国憲法第9条に基づいて行われてきた戦後外交、および、「宇宙の平和利用1969年国会決議」によって行われてきた宇宙開発を顧みて、それによって我が国が享受してきた利点を思い起こすべきであろう。
 少なくとも,戦後、我が国が海外での武力行使によって大規模な日本国民の戦死者を出すことはなかったし、他国民を直接攻撃することはなかった。このことによって、我が国はかなりの国際的信用を勝ち得てきたのである。今後も、「平和を維持(中略)しようとと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位」(日本国憲法前文)を主張する根拠になるであろう。
 また、日本の宇宙科学は、軍事から切り離されて行われており、科学者と技術者の集団の中での内発的な動機付けによって技術開発と科学的探求との両方が行われてきた。その結果、極めて高い技術水準に日本は達することができたし、宇宙技術の関連するさまざまな学問分野で、世界の研究者の自由な学術交流の「センター」ともいうべき地位を得ることができた。

3.2.「軍産複合体」の問題:「情報収集衛星」の運用状態から考える

 「自民党中間報告」および「経団連提言」(特に後者)で色濃く出ているのは、「宇宙の平和利用1969年国会決議」、「1990年日米衛星調達合意」によって競争力の弱い日本の航空宇宙産業界が経済的に危機に瀕している、そのために、政府が継続的なユーザーとなって(当然財政支出を伴う!)、宇宙の産業化を助けるべきだという論理である。
 たしかに、「現在の宇宙開発行政が技術開発が自己目的化」し「宇宙産業の国際競争力を失って」いるという指摘は当たっているであろう。しかし、これは、2.3節で述べたように、「1990年日米衛星調達合意」が大きな原因であるように思える。 しかし、これに目をつぶっている以上、「政府が継続的なユーザーとなる」というのは、軍需に宇宙産業を下支えしてもらうということになってしまう。
 果たして、民生用とは目的の異なる軍需による下支えで、日本の宇宙産業の競争力がつくのであろうか。

 ここで、我々納税者が知っておかねばならないのは、2003年3月に第1号機と第2号機が2006年9月に第3号機が宇宙航空研究開発機構(JAXA)によって打ち上げられた「情報収集衛星」(IGS = Information Gathering Satellite)の運用のされ方である。 この衛星は、事前にあらゆる関係省庁にその使い途を検討・提出させた。結果として、外交・防衛などの「安全保障」と「地震や火山噴火など大規模災害などへの対応」も二つを目的として打ち上げられた。しかし、2004年10月の新潟中越地震に際して、機密のために使用されなかったようだ。実際、2005年11月の政府の国会に対する答弁書では、「安全保障とともに大規模災害への対応においても有効に活用しているところであるが、その具体的な活用状況については、情報収集活動の性格上お答えを差し控えたい」となっている。
 もっといえば、データが公開されないため、多くの人が、公称の1メートルの分解能が達成されていないのではないかと疑っているというのが現状である。

 「情報収集衛星」の現状から納税者が学ぶべき教訓は、「軍事衛星は、その機密性という性質のために、その費用対効果が論じられることがなく、湯水のごとく財政支出が(無駄に)行われても、検証することができない」ということである。

 国の産業構造が軍事への財政支出に依存する経済体制を「軍産複合国家」と言うが,「自民党中間報告」および「経団連提言」は、日本の経済体制の「軍産複合体制化」を要求していると言っても過言ではないだろう。

 納税者として看過できない問題であるし、国の経済のあり方という観点からも問題が大きいと言わざるを得ない。

(注)「情報収集衛星」が、「宇宙の平和利用1969年国会決議」にもかかわらず打ち上げが正当化されたのは、法理論上は、1985年に自衛隊が米国のフリーサット衛星を使用する際に出された「一般的に利用されている機能と同等の衛星であれば自衛隊が使用することは可能」という政府統一見解(「一般化理論」と呼ばれる)による。状況的には、1998年の北朝鮮のテポドンの打ち上げによる。1998年の段階で、既に2500億円が投じられ、さらに、衛星の開発及び打ち上げでの費用がかかっている。

3.3.学問の「公開・自主・民主」の原則との矛盾

 「自民党中間報告」には、次の記述がある:

 諸外国では宇宙技術は安全保障上重要な技術として認識され(米国では武器として認定されている)、そのため衛星やロケットの輸出管理はもちろん、大学や研究所などにおける技術情報の流出にまで気を配っている。わが国においては、平和利用決議の下で、特段の注意を払うことなく積極的な学術交流を行っているが、諸外国に見られるような厳格な技術管理がなされているとは言いがたい。また、情報収集衛星の開発においても、JAXAが開発委託を受けたが、機密情報の管理で防衛庁、内閣官房などとの認識の差があったともいわれている。平和利用決議の見直しは、単に決議の解釈を再検討するだけでなく、それによって培われた技術者や政策担当者の認識を改めることも含まれなければならない。

 これは、明らかに,現在行われている学術交流に対して、機密保持の観点から「ノー」を突きつけたものである。
 これは、原子力基本法第2条に唱われている、「学問の公開・自主・民主」の原則を明らかに蹂躙するものである。なお、「宇宙の平和利用1969年国会決議」には明文化されてはいないが、この決議は原子力基本法第2条の精神をふまえているという歴史的過程がある。

 また、技術論からいえば、学問は、公開の原則があって初めて研究者が育成されることを忘れてはならない。

4.我々はなにを訴えるべきか

 以上をまとめると,我々国民が自分たちの権利として訴えるべきことは、
(1)「宇宙の平和利用1969年国会決議」の従来の解釈を保持し踏襲すること
(2)原子力基本法と同様に「公開・自主・民主」の原則を宇宙開発・宇宙活動にも適用すること
の二つであると私は考える。
 
 (1)の当然の結論として、私は、日本の宇宙開発を、民生用と宇宙科学に今以上の財政支出をすることによって行うべきと考える。日本の気象衛星「ひまわり」が2003年5月末から約2年1か月もの長い間、H II A ロケットの打ち上げ失敗によって不在だったことは記憶に新しい。このことと「情報種集衛星」の災害での「使われようの実績」は、法案推進派が言っている「総合安全保障」のうち「軍事」以外の部分の扱われようを予測させる出来事だ。

 また、「公開」の原則は、学問の原則であるだけでなく、「軍事利用」の歯止めにもなるだろう。
 米国のスペースイメージング社の「イコノス」が地上分解能が約1メートルと、「情報収集衛星」の公称値と同格であるのに商用衛星であるといわれるのは、ひとえに、(例外はあるものの)お金さえ払えば誰でもその情報を得ることができるからである。また、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の「だいち」が科学衛星といわれるのは、お金を出さなくても誰でもそのデータを入手することができるからである。

 すなわち、衛星の能力が軍事か非軍事化を決めているのではなく、その公開の仕方(社会の中での機能の仕方)が衛星の性質を決めているのだ。

5.結び:宇宙の軍事化の問題は政治・経済の問題であり国民的議論が必要

 宇宙開発は、一見、工学のみの問題であるように思われるかもしれないが、そうではないと強く訴えたい。

 まず、それを利用している理学者、工学者が関わっている問題である。また、多くの国で軍事技術であるから、政治、特に国際政治の問題になる。さらに、莫大な費用がかかるという性質上、納税者および経済の問題である。

 「情報収集衛星」が打ち上げられたのは、工学上の要請でもなんでもなく、政治からの要請であった。現在、北朝鮮の脅威が叫ばれており、宇宙の軍事利用の推進派にとっては「機が熟した」という状態である。2003年に、日本版ミサイル防衛システムの導入が閣議決定されたことも関連するであろう。

 この状況の中であっても、いや、こういう状況だからこそ、冷静に、日本の宇宙開発の現状をふまえて長期的な視野に立って議論することが必要であると私は考える。「脅威」を振りかざしてそれをもとに近視眼的な議論するのは「教条的」であり「非現実的」と言うべきではないだろうか。

 わたしは、学問に携わるすべての皆さんに、それぞれの専門的知見にもとづいて、「宇宙の軍事化」が、長期的に見て「国益」すなわち「主権者たる国民」の幸福と安全のために役立つのかを現実的に考え、社会に向けて意見を発信することを訴えたい。


投稿者 管理者 : 2006年11月22日 00:00

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