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2005年09月02日

鹿児島国際大学不当解雇事件、地裁判決を真摯に受けとめ 菱山泉・伊東光晴両理事らは控訴するな!

 下記に掲載しましたように,鹿児島国際大学解雇事件においては,これまで6つの裁判が行われ,鹿児島地裁は4つの判決においていずれも解雇は無効であると厳しく言い渡しています(他の(3)は理事会が自ら取り下げ,(5)は名誉毀損裁判=勝訴)。これらの判決は,いずれも同じ事案について下されたものです。したがって,8月30日に至る本訴裁判の過程では,学園理事会側が提出する準備書面等の内容で何か新しい論点を付け加えることができず,毎回同じような主張が延々と繰り返されてきました。そして,それらの主張は過去に地裁から退けられてきたものばかりでした。今回の判決においても,全く同様に全て無効扱いされました。
 学園理事会は8月30日の判決を受けて,マスコミ等に「控訴」をほのめかしているようですが,学生の授業料を使って公的費用を無駄に乱費するだけであり,全く無意味な行為であります。三教授に対して深く謝罪し,現職復帰を速やかに実現すべきです。

三教授解雇処分をめぐる仮処分裁判など6つ裁判の経過と結果

2005年8月

この解雇処分をめぐっては2002年4月以降、仮処分裁判をはじめとして6つの裁判が行われてきたが、すべてについて三教授側が勝訴した。

(1)地位保全等仮処分申立裁判 (2002年4月提訴同年9月30日地裁判決三教授側全面勝訴
(2)仮処分決定への学園側の異議申立裁判 (02年12月提訴、04年3月鹿児島地裁判決三教授側全面勝訴
(3)異議申立を却下した地裁決定に対する学園側の福岡高裁宮崎支部への保全抗告裁判
  (04年4月提訴、同年9月に学園側が提訴取下げ)
(4)03年10月以降の賃金仮払いを求めた仮処分再申立裁判(04年8月地裁判決・三教授側勝訴
(5)南日本新聞社と八尾教授に対する学園側の名誉毀損・損害賠償訴訟
  (03年4月提訴、4回の口頭弁論を経て04年1月に三教授側全面勝訴
(6)本訴裁判 2005年8月30日鹿児島地裁判決(三教授の全面勝訴)

(1)は、2002年3月29日付で鹿児島国際大学を経営する学校法人津曲学園が、田尻利(当時66)、馬頭忠治(49)、八尾信光(54)の三教授を「懲戒退職」処分したことに対し、三教授が懲戒処分を受ける理由はないとして、鹿児島地裁に「地位保全等」の仮処分命令を申立てた裁判である。
 同年4月5日に仮処分申請がなされ、計4回の審尋を経て、平田豊裁判官により9月30日に三教授側全面勝訴の仮処分「決定」が下された。
 「決定」で裁判所が示した「事案の概要」は以下のとおりである。
 「本件は,債務者[津曲学園]が設置する大学の教授であった債権者ら[三教授]が,同大学の教員選考に関して問題があった等として,債務者から懲戒解雇 (懲戒退職) されたため,同解雇は無効であると主張し,同大学の教授としての地位保全,賃金仮払い及び同大学研究室の利用妨害禁止を求めているのである。」
 この申立に対し裁判所は、双方の提出書面や証拠類によって事実経過等を詳しく検討した上、「以上のとおり,債権者らのいずれについても,懲戒解雇事由に該当する事実は認められないから,その他の点について検討するまでもなく,本件懲戒解雇は無効であるといわざるを得ない。」との判断を示し、①債権者らの地位保全、②10月以降一年間にわたる賃金の仮払い、③研究室の利用妨害禁止などを命じた仮処分決定を、同年9月30日に下した。

(2)は、上記の仮処分決定を不服として、2002年12月25日に津曲学園当局が決定の取り消しを鹿児島地裁民事部に申立てた保全異議申立裁判である。
 この異議申立についての審理は、本訴裁判(担当は池谷泉裁判長をはじめとする地裁民事部の3名の裁判官)の中で行われ、2004年3月31日に、学園当局側の主張と請求を全面的に退け、上記の「仮処分決定を認可する」との「決定」を下した。
 「決定」で裁判所は、事実経過や双方の主張をより詳しく整理した上、教員選考委員会による採用候補者の審査と推薦の仕方は「選考委員会の裁量の範囲内」と認められる、「学問的立場の違いを理由に懲戒処分」すべきではない、委員会の「業績評価書の記載が虚偽であると断ずることはできない」、委員会で「強引な会議の進行がなされたとはいえない」などの判断を示して、田尻委員長と馬頭副査の「行為が懲戒事由に該当するとは認められない」と述べている。
 また、八尾元学部長が教授会で委員会の提案を採決したことについては、「議論が一応尽くされた時点で結論を出すために投票を実施することは何ら非難されるべきことではない」とし、同元学部長が大学での新増設計画に関連して意見や要望等を述べたことについては、「むしろ真摯に本件大学の将来を考え」、自らの義務を「履践したもとのともいえる」、大学の教員が「大学の将来の方向性について意見を述べることは当然に認められるところであって、懲戒事由を構成するものではない」との判断を示している。
 なお学園当局は、前記の仮処分決定が下されたあと、2002年10月25日付で三教授に「処分通知書」を送付し、裁判所が懲戒解雇を「無効と判断」しても「解雇する」旨の「予備的解雇」通告を行っていたが、この予備的解雇についても裁判所は無効であるとした。 「前記のとおり、債権者らには懲戒事由に該当する事実は認められないから、予備的解雇は解雇権の濫用に該当し無効である」と。

(3)は、前記仮処分決定への異議申立を鹿児島地裁が全面却下したことを不服として、学園当局が福岡高裁宮崎支部に抗告した保全抗告裁判である。2004年4月17日に学園側が抗告し、上記二つの裁判と同様に厖大な書面や証拠書類を提出したが、9月13日には学園当局自身がこれを取り下げた。

(4)は、2003年10月以降の賃金仮払い命令を求めた仮処分再申立裁判。前記の仮処分決定における賃金仮払い期間が同年9月までの1年間とされていたため、それ以降の仮払いを求めたもの。
 2003年10月15日に提訴されたが、この裁判でも学園当局側は多数の書面を提出して執拗な引き延ばし戦術を展開したため、裁判は長引いた。10月末以降、平田豊裁判官の下で計5回の審尋が行われ、翌2004年8月27日に、三教授側の請求を認め、同年6月分から第一審判決言渡し月までの生活費等を仮払いするように命じた決定が下された。

(5)は、学園当局側が、「南日本新聞」の本件関連記事と八尾教授についての肩書記載が、学園に対する名誉毀損だとして、両者に対して合計550万円の損害賠償と謝罪広告等を請求した訴訟(訴額は645万円)である。2003年4月22日付で学園側が提訴し、池谷泉裁判官の下で計4回の口頭弁論が行われ、2004年1月14日に学園側の請求をすべて却下する判決が下された。


投稿者 管理者 : 2005年09月02日 01:46

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