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2005年11月11日

APU常勤講師雇止め問題、一から教育システムをつくりあげた教員を解雇することが大学の精神・理念だったのか

立命館太平洋アジア大学、大分地域労組APU分会
 ∟●退職した先生からのメール

 APUの常勤講師の先生方の元同僚として、(役にも立たない、実績も残さない同僚だったので、物申すのははばかられるのですが)今、皆さんがなさっている活動の邪魔にならないようにするにはどうするのがいいのか考えてこのメールを送らせて頂くことにしました。また、HPを拝見して思い起こされることなどもありますので、それも含めて書かせていただきます。

 APUを離れてから、作成した副教材を使わせてほしいという連絡をいただきました。学生の教育に共に全力を尽くしてきたかつての同僚からの依頼です。私自身、在籍中はたくさんの常勤講師の先生方に教材・教育の面では助けていただいていましたし、他の常勤講師の先生が作成された教材を使わせていただくこともありましたから、「わざわざ連絡をいただかなくても、どうぞお使いください」と申し上げたいです。しかし、今、大学側が強行しようとしている常勤講師制度の廃止という事態が、本当にそうしていいのだろうかと、私を思いとどまらせています。

 なぜなら、結局、大学側は大きなものから小さなものまで、目に見えるものから目に見えないものまで、「使い捨て」の常勤講師が置いていったものを踏み台にし、使いまわして、短期契約の上級・嘱託講師で「経営」をしていこうとしているとしか思えないからです。

 2000年メンバーをはじめ、在籍中に共に働いてきた常勤講師の方々が、どれほど自分の時間や生活を学生の教育のために犠牲にし、努力を重ねてこられたかを知っているので、その方たちに対しては、本当は「どうぞ」と申し上げたいのですが、大局的な見地からは「どうぞ」という言葉をぐっと飲み込んでしまうべきではないのかという思いも浮かんできます。

 開学当初は、APU独自の言語教育システムと、学生の実態、そして、学生が大学に期待しているものとがかみ合わず、学生たちは大学への不信をつのらせ、外国での慣れない生活からくるフラストレーションとあいまって、不満や不平を毎日顔を合わす常勤講師にぶつけてくることも多々ありました。そんな中でも常勤講師は、大学側が推進したいAPUの特色ある教育と、学生の不満の間で板ばさみとなりながら、何とかAPUがめざす独自性の枠の中で学生が納得できる教育をと、創意工夫を重ねてきました。APUを信じて夢を抱いてやってきた国際学生の期待に応えようという気持ちと、APUで「この教育をずっと積み重ねていける」「それならば自分たちで何とかしなければ」という気持ちがあったからです。

 常勤講師はAPUで働き続けられると思っていたからこそ、APUの目指す教育の枠組み(縛り)の中で、できるだけAPUの学生の実態に即した教材、教授法など全般的な教育システムを「無記名」で作り続けてきました。常勤講師がお互いに、作ったもの・行った実践を共有し、積み重ねてきたものが、今のAPUの言語教育を作り上げてきたというのは言い過ぎなのでしょうか。教科書もシラバスも何もない状態から何とかしてきたメンバーがいずれは全てAPUから居なくなってしまうということが、建学当初からプランされた方針であり、APUの精神・理念だったのでしょうか。


投稿者 管理者 : 2005年11月11日 00:02

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