研究者の地位と権利を守るための全国的ネットワークをつくろう!

2013年07月18日

日弁連、奨学金制度の充実を求める意見書

日弁連
 ∟●奨学金制度の充実を求める意見書

奨学金制度の充実を求める意見書

2013年(平成25年)6月20日
日本弁護士連合会

第1 意見の趣旨
 当連合会は,子どものおかれた経済状況にかかわらず,全ての子どもに等しく教育を受ける権利を保障するため,高等教育の無償化を求めつつ,国及び独立行政法人日本学生支援機構に対し,奨学金制度の充実を求めるべく,以下のとおり意見を述べる。
1 国は,高等教育に対する給付型奨学金制度を速やかに導入し,かつ拡充すべきである。
2 国は,全ての貸与型奨学金につき,利息及び延滞金の付加をやめるべきである。
3 国は,全ての貸与型奨学金につき,個人保証の徴求をやめるべきである。
4 国は,返還期限の猶予,返還免除等,返済困難な者に対する救済制度の拡充を図るべきである。
5 独立行政法人日本学生支援機構は,返済困難な者を救済するために返還期限の猶予,返還免除等各種制度の柔軟な運用をすべきである。

第2 意見の理由
1 奨学金返済の問題
 近時,大学の学費高騰と雇用環境の悪化による家計収入の低下により,奨学金制度利用者は年々増加している。
 現在,大学学部生(昼間)の約50%が何らかの奨学金制度を利用しており,約3人に1人が独立行政法人日本学生支援機構(以下「機構」という。)の奨学金を利用しているが,奨学金制度利用者が増加する一方で,返済金の延滞者の増加も問題となっている。
 機構のデータによると,機構の貸与型奨学金の2011年度末での延滞額は876億円,延滞者数は33万人にのぼり,3か月以上延滞している者のうち,46%は非正規労働者ないし職のない者であり,年収300万円未満の者が83.4%にものぼっている。他方,機構は,増加する延滞者に対し,支払督促申立ての増加,債権回収業者への回収業務委託,信用情報機関への延滞者の登2 録など,返済金の回収強化を図っている。
 学費の高騰に伴う借入額の増加と雇用環境の悪化等により奨学金を返したくても返せない人たちが増加している一方で,機構による返済金回収強化策が進められている結果,自分の力ではどうすることもできず奨学金返済に苦しむ人が増加している。
 当連合会が本年2月に実施した,「全国一斉奨学金返済問題ホットライン」でも,非正規雇用のため収入が減って奨学金の返済が苦しい,延滞金が高すぎるため返済が困難である,就職が決まらず返済できそうにない,就職は決まったが将来返済できるか不安である,といった相談が寄せられた。
 また,機構からの奨学金の借入れには,親族の個人保証または機関保証が必要であるところ,個人保証の場合には,連帯保証人である親などが返済を負担せざるを得ないことも多く,高齢になった親が限られた年金から奨学金を返済していることもある。主債務者が支払不能の状態にあっても,保証人への影響を考えて債務整理を躊躇する者もあり,必要な救済を拒む要因ともなっている。
 奨学金は本来,若者の人生の可能性を広げるためのものであるが,現在の奨学金返済を巡る問題は,逆に若者の人生にハンディを負わせる結果となっており,さらに,これから奨学金を借りようとする学生にとっても,上記のような問題を目の当たりにして,自分も返せないかもしれないという将来に対する不安となり,奨学金制度を利用することを躊躇し,進学自体を諦める事態をも招いている。

2 奨学金制度の理念
 生まれ育った環境にかかわらず,子どもが成長し,発達する権利を実現するには,子どもの成長・発達は社会全体で支えるべきである。子どもの教育にかかる費用を家庭,個人の負担としてしまうと,親の経済力という子ども自身の意思や能力と関係のない要素によって子どもの教育機会が左右される不条理な結果を生む。
 子どもの教育にかかる費用は,子どもの教育を受ける権利(憲法第26条),親の経済力により教育機会を差別されない平等原則(憲法第14条),教育への権利(子どもの権利条約第28条)の観点から,個人ではなく社会全体で負担するという理念に基づき,諸制度を構築する必要がある。
 また,子どもの教育には,社会の担い手を育てるという意義もあり,子どもの教育にかかる費用は,社会を維持発展させるための必要な費用という点からも社会全体が負担すべきである。

3 現行の奨学金制度
 我が国の奨学金制度のほとんどが貸与型であり,その中でも最も大きな割合を占めている機構の奨学金は全てが貸与型であり,しかもその約70%が有利子であって,利子及び延滞金の負担が利用者に重くのしかかっている。
 ともと機構の有利子奨学金は,補完的な措置であり,財政が好転した場合には廃止を含めて検討することとされていたが,財源の多くを民間資金に頼る有利子奨学金はその後拡大を続け,現在では,無利子と有利子の事業予算の割合は1:3になっている。延滞金自体の利率も大きく,年10%の延滞金が発生するため,返しても返しても元金が減らず,逆に延滞金が膨らみ続けるケースも少なくない。
 奨学金制度利用時には,利用者の将来の仕事や収入は分からないから,貸与型の奨学金においては,返済困難に陥るリスクはもともと制度に内在するものである。加えて,非正規労働等の不安定・低賃金労働の拡大は,卒業しても奨学金を返済できなくなるリスクを拡大させている。この点,機構の奨学金制度にも,返還期限の猶予,返還免除等,返済困難者に対する救済制度が一応は存する。
 しかし,それらの利用条件等は極めて厳しく,運用上も様々な制限があるため,実際には実効性がない。例えば,収入が少ないことによる返還期限の猶予は最長5年までしか認められない。
 また,返還期限の猶予,返還免除等を利用するには,運用上,既に発生している延滞金を解消することが必要であり,そのような運用は,非公表の「内規」と呼ばれる基準によってなされている。
 制度上,本人が死亡した場合や精神若しくは身体の障害により,労働能力を喪失又は労働能力に高度の制限を有し返済ができなくなったときには,願出により返済を免除できることとなっているが,精神の障害により免除されるのが具体的にどのような場合かといった運用基準があいまいで不明確であるなど,実態に即した適切な運用がされているかは疑問である。
 そもそも各救済制度の周知が不十分であり,返済が困難になった人に,必要な救済制度の情報が行き届かない問題もある。
 このように,機構の奨学金は,返済の負担が大きくなっているばかりか,返済困難に陥った者に対する救済手段は,制度内容と共にその運用面においても十分に機能しているとは言い難く,その結果,返したくても返せない返済困難者が,長年にわたり無理な返済を強いられる事態を招いており,回収の強化が,それに更に追い打ちをかけている。本来,子どもの未来の可能性のために存在すべき奨学金制度が,逆に利用者の人生の大きな負担となっている。
 奨学金制度が本来の機能を果たし,親の経済的条件に左右されず子どもに教育機会の平等を確保するためには,奨学金制度の抜本的見直しと救済制度の早急な充実が必要である。

4 あるべき奨学金制度
(1) 高等教育の無償化
 教育費用は社会全体で負担すべきとの理念に照らせば,そもそも高等教育は無償化すべきである。
 政府も,2012年9月11日,国際人権社会権規約13条2の(b)(c)項「中等教育および高等教育の漸進的無償化」条項の留保を撤回しており,高等教育無償化は,国際社会に対する我が国の責務でもある。
(2) 給付型奨学金の創設
 先述のように,我が国の奨学金制度はほとんどが貸与型であり,機構の奨学金は全てが貸与型であり,利用者は将来の返済困難という予想困難なリスクを引き受けなければ,これを利用することができない。
 この返済義務が上記のような返済に伴う諸問題を発生させ,奨学金制度利用者を苦しめると共に,利用を考えている者に対する萎縮効果をも生じさせている。
 また,将来自己の負担で借りた奨学金を返済するということは,結局教育費を自己負担することに帰し,教育費を社会全体で負担すべきとの上記理念にも反することとなる。よって,奨学金制度は返済義務のない給付型を原則とすべきである。
 OECD加盟国中,大学の学費が有償であるにもかかわらずほとんどを貸与型奨学金に頼っているのは,日本だけである。これは,我が国の奨学金制度の最も根本的な問題であり,給付型奨学金の創設と拡充は喫緊の課題である。なお,近時,給付型奨学金制度の導入が政府で検討されているが,高校無償化に所得制限を導入することで浮いた予算を給付型奨学金の財源に充てようとするなど,教育予算内での配分の問題の域を出ていない。
 我が国の高等教育への公財政支出の対GDP比は,OECD加盟国中最下位であり,OECD平均の半分以下である。しっかりとした予算の裏付けのる給付型奨学金制度の導入を目指すべきである。
(3) 貸与型奨学金の無利子化と延滞金の廃止
 もっとも,大学の学費が高騰している昨今,学費の全てを給付型奨学金で賄うには多くの財源が必要となるため,即時全面的に給付型奨学金のみに移行するのは事実上困難であるかもしれない。給付型奨学金制度を充実させた上で,それでも不足する学費を補うために貸与型の奨学金制度が必要な場合には,あくまで給付型奨学金を補完するものとして位置付け,利用者の負担をできる限り少なくすべきである。
 現在我が国では,貸与型の中でも有利子のものが大きな割合を占めているが,返済期間が長期に及ぶこととも相まって,利子は奨学金制度利用者の大きな負担となっている。また,理念的にも,利子までを自己負担とすることは教育費の社会負担という奨学金制度の理念と相容れない。
 よって,貸与型奨学金は無利子とすべきである。
 同様の趣旨から,利用者の過大な負担となっている延滞金も付加すべきではない。この点,文部科学省は,早ければ2014年度から延滞金利を最高年5%程度に引き下げる方針を固めた。
 しかし,そもそも貸与型奨学金は,債務者の返済能力に応じた与信によって貸し付けるものではなく,ペナルティとして延滞金を課すこと自体に根拠がない。
 よって,延滞金利を引き下げるといった表面的な対策ではなく,そもそも延滞金の付加自体をやめるべきである。
(4) 個人保証の禁止
 当連合会は,個人保証による被害が深刻なことから,民法改正作業において個人保証を禁止すべきとの意見書を出しており(2012年1月20日付け「保証制度の抜本的改正を求める意見書」),その趣旨は,貸与型奨学金にも及ぶものである。殊に,与信がない貸付という奨学金制度の性格に照らすと,本来借主の経済的信用を補完すべき個人保証を徴求することは矛盾である。
 さらに保証人自体にも与信があるわけではなく,資力に乏しくても保証人になった親が高齢になるまで長期にわたり保証債務の負担を負うという現状は,奨学金制度の理念からかけ離れたものである。奨学金制度の利用には所得制限があり,制度利用者本人の将来の仕事や収入が分からない状態で貸与を受けること,返済期間も長期にわたることからすれば,利用者が返済困難に陥る危険は相当のものであり,貸与型の奨学金に個人保証を付すことは,通常の保証以上に保証人に大きな負担を課すものである。
 よって,全ての貸与型奨学金につき,個人保証の徴求をやめるべきである。
(5) 返済困難者の救済制度の充実と柔軟な運用
 貸与型奨学金については,その後の返済についても適切な救済制度の確立が不可欠である。貸与型奨学金は,債務者の返済能力ではなく,学びたいという希望に応じて貸し付ける点で,一般金融ローンとは大きく異なる。
 すなわち,債務者への与信によって貸し付けるものではない。 奨学金を借りる者は,将来どのような職に就き,どの程度の収入を得ることになるか分からない進学時に借りるのであり,将来返済困難に陥る危険は,もともと制度内に内在している。
 したがって,返済が苦しくなった者に対しては,自己責任として返済を強要するのではなく,返済能力に応じた返済ができるようにするなど,柔軟な救済制度を設け,実施すべきである。
 そのためには,返済が困難な者に対して,返還期限の猶予,返還免除等を幅広く認めることができるよう,適用要件を緩和するとともに明確化し,必要な者は誰でも容易かつ簡潔に救済制度が利用できるような制度設計,運用が必要である。さらには,そもそも延滞という事態が発生しないよう,返済者の所得に応じて返済額を設定する所得連動型の返済プランの導入等も検討されるべきである。
 なお,これらの救済制度は,今後,貸与型の奨学金を利用する者に対してだけでなく,既に貸与を受けている者についても遡って適用すべきである。

5 まとめ
 以上のように,奨学金は親の経済力に左右されず,学びたい子ども全てに教育を受ける機会を保障するための重要な制度であり,貧困の格差拡大が問題となっている昨今では,貧困家庭の子どもが将来貧困層に陥るという貧困の連鎖を断ち切るためにも,その重要性はますます増している。
 それにもかかわらず,我が国の奨学金制度は現状に十分対応できておらず,子どもの教育を受ける権利は危機に瀕している。
 よって,奨学金制度の本来の理念を守り,その機能が十分に発揮できるよう,上記のような奨学金制度の充実を望むものである。


|