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2013年08月06日

3万人の講師が失職の恐れ 法改正で揺れる大学の危機

ダイヤモンド・オンライン
 ∟●3万人の講師が失職の恐れ 法改正で揺れる大学の危機(2013年8月1日)

改正労働契約法の施行で、今後、契約期間が5年を超える非常勤講師は無期雇用に転換が可能となった。だが大学側は無期雇用の回避に躍起だ。大量の雇い止めによって現場が混乱に陥る恐れがある。

 「明らかに確信犯であり、許し難い行為だ」。早稲田大学の非常勤講師15人は、6月21日、就業規則作成をめぐる手続きで大学に不正があったとして、鎌田薫総長と常任理事ら計18人を、労働基準法違反で刑事告訴した。

 非常勤講師らが怒る理由は大きく二つある。

 一つ目は今年4月から実施された就業規則の中身だ。早大は非常勤講師を5年で雇い止めにすると決めたため、規則に従えば、2018年3月で職を失うことになる。

 二つ目は就業規則を決める手続きである。労基法では事業者に対し、就業規則を作成する場合は事業場(キャンパス等)の労働者の過半数代表などから意見を聞くことを定めている。だが、後述するように、早大は姑息とも思える手段によって、非常勤講師の知らないうちに就業規則を作成した。

 今回の刑事告訴に先立つ4月上旬には、各大学の非常勤講師から成る首都圏大学非常勤講師組合(以下、非常勤講師組合)の松村比奈子委員長および佐藤昭夫・早大名誉教授(専門は労働法)が、鎌田総長と常任理事ら計18人を労基法違反で東京地方検察庁に刑事告発。

 松村委員長は「早大が非常勤講師に対して行っている不正行為は他にもある。今後、第2、第3の刑事告発を予定している」と全面対決の構えだ。

非常勤講師がいない
春休み期間に
過半数代表を選出

 非常勤講師とは、教授や准教授などの専任教員とは異なり、授業科目ごとに大学と契約する有期契約教員のことである。

 早大の専任教員が約1800人なのに対し、非常勤講師は約2900人に上っており、授業の多くは非常勤講師によって支えられている。

 その非常勤講師が大学側と対立する発端は3月中旬のことだった。

 非常勤講師組合の要請で実現した団体交渉において、大学側は就業規則を初めて公表。さらに過半数代表を選出して意見を聞いており、就業規則作成に必要な手続きは行ったと説明した。

 しかし、実際には非常勤講師が大学に来ない春休み期間中に、学内の連絡用ポストに公示文を投函。各事業場で過半数代表者に立候補した専任教員7人に不信任の場合のみ連絡するよう求めた。当然、非常勤講師たちは選出手続きの事実を知る由もなく、不信任票はゼロだった。

 こうした大学側の不誠実な対応に対し、非常勤講師組合は過半数代表選出のやり直しと就業規則の導入延期を要請したが、大学側は拒否した。

 そもそも非常勤講師の収入は低く、いわゆる高学歴ワーキングプアが多い。早大に限らず、多くの大学では非常勤講師の月収は1コマで約3万円。非常勤講師組合などが10年に行った調査によれば、平均年収は約300万円で、全体の4割の人たちが年収250万円以下だった。

 一方、早大の専任教員の年収は「おおむね1500万円」(団交時の清水敏・常任理事の発言)とみられる。

 専任教員は非常勤講師と異なり、研究や会議、入試準備などの業務も受け持つとはいえ、その差はあまりに大きい。

 とにもかくにも、非常勤講師は、人件費は安く、多くは1年契約の更新故、大学からすれば都合のよい人材だった。

 にもかかわらず、今回、早大が5年雇い止めを強行した最大の理由、それは今年4月から施行された改正労働契約法にある。

 同法によって、今年4月以降に雇用期間が5年を超えた場合、労働者が希望すれば無期雇用に転換できるようになった。

 しかし、大学からすれば、「授業科目がなくなることもあるため、すべての非常勤講師を定年の70歳まで雇用するのは難しい」(早大人事部)。

 もともと労契法が改正された目的は、有期契約から無期契約への切り替えを進めることで雇用の安定を図ることにある。ところが、事実上の無期雇用だった非常勤講師は、法改正によって雇い止めを迫られるという、法改正の趣旨とは逆行する状況に陥っている。

私大がタッグで
適用除外まで要請し
無期雇用回避に躍起

 1991年以降、国が大学院生を増やす政策を採ってきたこともあり(上グラフ参照)、その受け皿として非常勤講師の数は年々増加してきた。

 現在、非常勤講師を専業で行っている人の数は延べ8万2800人(下グラフ参照)。1人で平均3校の授業をかけ持ちしているといわれることから、実際の人数は約2万8000人に上ると推測される。

 だが、労契法改正を機に、非常勤講師の雇い止めの動きは早大以外でも広がっている。

 大阪大学、神戸大学、法政大学はすでに5年雇い止めの就業規則を作成している。

 こうした中、早大で刑事告訴にまで至ったことで、法政大学は「これから過半数代表を選出し、今秋以降に就業規則の是非をあらためて判断する」と実施を見合わせた。神戸大学も「大学が必要と判断した人は5年を過ぎても雇用を継続する」と、一部の非常勤講師は無期雇用に転換する方針だ。

 一方、大阪大学は実施を強行し、非常勤講師組合と対立している。

 昨年11月、「非常勤講師との契約は労働契約ではなく、民法に基づく準委任契約なので労働者ではない」として、過半数代表からの意見を聞かずに規定変更を行った。

 これに対し、大阪大学の非常勤講師である新屋敷健・関西圏大学非常勤講師組合執行委員長は、「非常勤講師が労働者でないと主張するなら、労契法に基づく5年雇い止めの規定は不要のはず。大学の言い分は矛盾しており全く理解できない」として、労基法違反で8月にも大阪地検に刑事告訴する予定だ。

 私立大学関連の3団体計500校以上が加入する日本私立大学団体連合会(私大連合会)によれば、非常勤講師の5年雇い止め規則の導入について「ほとんどの大学が検討中」としており、今後、多くの大学で雇い止めの規定が導入される可能性がある。

 実際、ある大学関係者は「全国の大学が早大の行方に注目している。5年雇い止めが認められれば、多くの大学が追随するだろう」と語る。

 また、雇い止めの動きの一方で、多くの大学から労契法の適用除外を求める声も高まっている。私大連合会の清家篤会長(慶應義塾大学塾長)は6月26日、下村博文・文部科学大臣へ要望書を提出し、私立大学の有期契約労働者については無期労働契約への転換ルールの適用除外とするよう要望した。

 いずれにせよ、現状を放置すれば5年後に大量の非常勤講師が雇い止めになる可能性が高く、教育現場が混乱するのは必至だ。また、ベテラン講師がいなくなる上、「いずれ雇い止めになると知っていたら、授業への熱意を維持できない」と、教育の質低下を懸念する声も上がる。

 非常勤講師の雇用のあり方について、早急に議論する必要がある。

 (「週刊ダイヤモンド」編集部 松本裕樹)

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