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2014年06月25日

日弁連、大学教授会の役割を教育研究の領域に限定する,学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案に対する意見書

日弁連
 ∟●大学教授会の役割を教育研究の領域に限定する,学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案に対する意見書

大学教授会の役割を教育研究の領域に限定する,学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案に対する意見書

2014年(平成26年)6月19日
日本弁護士連合会

第1 意見の趣旨
 当連合会は,今次国会(第186回)に提出された「学校教育法及び国立大学法人法の一部を改正する法律案」について,大学における教授会の役割を教育研 究の領域に限定することは,憲法の保障する大学の自治を危うくし,大学の自主 性,自律性を損なうおそれが強いと言わざるを得ず,これに反対する。

第2 意見の理由
1 はじめに
 現在進められている大学改革は,2013年6月14日の閣議決定「日本再 興戦略-JAPAN is BACK-」において,「人材力の強化」のための具体策と位置 付けられ,「産業競争力強化の観点」から競争主義,成果主義等を導入して大学 間又は大学内部でのいわゆる「選択と集中」を進めるというものである。同閣 議決定では,そのための「基盤強化」の方策として,「教授会の役割を明確化す る」ための「法案を次期通常国会に提出する」としており,これが本意見書で 取り上げる法改正案に当たる。
教授会の役割が問題とされるのは,上記閣議決定に至る過程において,有識 者から,「大学の改革については,教授会の抵抗が予想される」(教育再生実行 会議(第7回)での八木秀次委員発言),「改革を否定しがちな教授会」(同(第 8回)での山内昌之委員発言)といった発言がなされているように,教授会が 現政権の進める大学改革の方向性に異を唱えるケースが見られるからである。 後述するとおり,教授会は,憲法が保障する大学の自治を担う主体として, 重要事項を審議するという役割を果たしてきたものであり,歴史的にも戦前の 滝川事件,天皇機関説事件などのような弾圧事件を通じて,その自治の重要性 についての広範な社会的合意が形成されてきた。この度の法改正案について, 憲法及び教育基本法等の理念並びに教授会の役割という観点から,問題点を指摘し,意見を述べるものである。

2 法改正案の概要
(1) 法律案の概要

 ① 政府は,2014年4月25日,「学校教育法及び国立大学法人法の一部 を改正する法律案」を国会に提出した(以下「本改正案」という。)。その 主な内容は,「大学には,重要な事項を審議するため,教授会を置かなけれ ばならない。」と定める学校教育法93条を改正し,「重要な事項」の「審 議」に代えて,教授会の役割を,以下のとおり,「教育研究に関する事項」 についての意見具申及び審議に限定するものである。

 ②本改正案では,学校教育法93条2項は1号で「学生の入学,卒業及び 課程の修了」について,2号で「学位の授与」について「学長が決定を行 うに当たり意見を述べる」ものとし,これら以外の事項については,「教育 研究に関する重要な事項」であって,「学長が教授会の意見を聴くことが必 要であると認めるもの」について,「学長が決定を行うに当たり意見を述べ る」ものとする(同項3号)。
 同条3項は,教授会は,前記2項に規定するほか,「学長及び学部長その 他の教授会が置かれる組織の長(以下「学長等」という。)」が「つかさど る教育研究に関する事項」について「審議」し,及び「学長等の求めに応 じ,意見を述べることができる」とする。
 すなわち,本改正案による改正後の93条2項では,教授会として,無 条件に,学長が「決定を行うに当たり意見を述べる」ことができる事項は「学生の入学,卒業及び課程の修了」及び「学位の授与」のみである。こ れ以外の事項で学長の決定にあたり意見を述べることができるのは「教育 研究に関する重要な事項」であって且つ「学長が教授会の意見を聴くこと が必要であると認めるもの」とされ,逆に,学長が意見を聴く必要を認め なければ,仮に「教育研究に関する重要な事項」であっても,学長の決定 に当たり意見を述べることすらできないことになる。また,同条3項では,「前項に規定するもの」以外で,学長等がつかさどる「教育研究に関する 事項」について(教授会は)「審議」することができるとされるものの,「意 見を述べることができる」のは「学長等の求めに応」じて,とされている。
 なお,参議院へ提出された本改正案の修正案では,政府案の同条2項3 号の「教育研究に関する重要な事項で,学長が教授会の意見を聴くことが 必要であると認めるもの」を,「教授会の意見を聴くことが必要なものとし て学長が定めるもの」に修正されているが,本意見書で指摘する問題が解決されるものではない。

③小括
 以上,要するに,本改正案によれば,教授会は「管理・運営に関する事項」について審議ができなくなり,審議できるのが「教育研究に関する事 項」のみになるという点が最大の問題である。さらに「教育研究に関する 事項」であっても,学長ないし学部長等の決定にあたり教授会として意見 を述べることができるのは,学校教育法93条2項の1号及び2号(学生 の入学等,学位の授与)を除き,学長等が必要と認め,又は,その求めが あった場合に限られることになる。

(2) 本改正案の根拠
 政府は,本改正案の提出理由について,「大学の組織及び運営体制を整備するため・・・教授会の役割を明確化する」と説明している。
 すなわち本改正案の前提となっている中央教育審議会大学分科会「大学のガバナンス改革の推進について(審議まとめ)」(2014年2月12日)(以 下「中教審まとめ」という。)は,教授会の役割について,「そもそも学校教 育法は,教学面を規定する法律であり,国立大学法人法や私立学校法等のよ うに経営面について規定するものではない。したがって,学校教育法に基づ いて設けられる機関である教授会の審議事項は,当然に,教育研究に関する ことに限られると解される」とした上で,現行の学校教育法93条に規定す る「重要な事項」について,「その内容が必ずしも明確でない」ため,「学部 教授会の審議事項が大学の経営に関する事項まで広範に及んでおり,学長の リーダーシップを阻害しているとの指摘がある」とする(27ページ)。
 すなわち,本改正案は,教授会の審議事項が教育研究のみならず大学運営 面にまで及んでいることが問題であるとする認識の下,その原因は学校教育 法93条の規定ぶりが不明確な点にあるので,法改正によってこれを明確に し,教授会の役割を教育研究の領域に限定しようとするものである。

3 本改正案の根拠に関する問題点
 しかし,本改正案の根拠として中教審まとめが述べている点については,以下のような疑問があると言わざるをえない。

(1) 現行法制定の際の附帯決議を無視していること
 中教審まとめは,教授会の役割を限定する本改正の必要性について「教授会の審議事項が大学の経営に関する事項にまで広範に及んでおり,学長のリ ーダーシップを阻害している」と指摘する。しかし,この点については,そもそも,現在の国立大学法人法の制定の際,大学における教授会の役割の重 要性に十分配慮するという前提のもとに,特に教育研究面に限るという限定 をすることなく「重要事項を審議する」役割の存在として,教授会に関する 学校教育法93条の規定が残されることになったのであり,少なくとも,教育研究面に関わる重要事項である以上それが管理運営面とも関連するもので あったとしても,これを「審議する」役割を教授会に与える趣旨であったことは,以下の現行法制定の際における附帯決議から明らかである。
 参議院文教科学委員会(2003年7月8日)は,国立大学法人法制定及 び学校教育法改正の際に,政府関係者に対し,教授会の役割の重要性に十分 配慮することを求めて次のように決議していた(衆議院文部科学委員会にお いても同年5月16日にほぼ同様の附帯決議がなされている)。
 「政府及び関係者は,国立大学等の法人化が,我が国の高等教育の在り方 に与える影響の大きさにかんがみ,本法の施行に当たっては,次の事項につ いて特段の配慮をすべきである。
 一,国立大学の法人化に当たっては,憲法で保障されている学問の自由や 大学の自治の理念を踏まえ,国立大学の教育研究の特性に十分配慮する とともに,その活性化が図られるよう,自主的・自律的な運営を確保す ること。
 二,国立大学法人の運営に当たっては,学長,役員会,経営協議会,教育 研究評議会等がそれぞれの役割・機能を十分に果たすとともに,全学的 な検討事項については,各組織での議論を踏まえた合意形成に努めるこ と。また,教授会の役割の重要性に十分配慮すること。
(以下,略)」。
 以上の経緯からすれば,前述の中教審まとめが学校教育法93条の重要事項を審議するとされる教授会の役割規定の改正の必要性として述べる「教授 会の審議事項が大学の経営に関する事項まで広範に及んでおり,学長のリー ダーシップを阻害している」との指摘は,学校教育法93条の「重要事項を 審議する」という教授会の規定をあえて残すことで少なくとも教育研究面に 関する重要事項である以上は管理運営面に関わるものでもこれを審議する教 授会の役割を認め,それにより大学における教授会の重要性を確認してきた 経緯を意図的に無視した立論であるといわざるを得ない。

(2) 本改正案の立法事実の検討
 中教審まとめは「教授会の審議事項が大学の経営に関する事項まで広範に及んでおり,学長のリーダーシップを阻害している」とし,それが今回の改 正案の根拠としているが,大学の自治の担い手である教授会の重要性に照ら し,そのような状況があるのかについては,慎重に検討する必要がある。
 例えば,羽田貴史「大学管理運営の動向」(広島大学高等教育研究開発セン ター編『大学の組織変容に関する調査研究(COE研究シリーズ27)』同セ ンター・2007年)によれば,国立大学及び私立大学の学長,部局長及び 学科長に対して,大学の管理運営の問題に関わって,「今後どの組織や機関の 権限を強めるのが望ましいでしょうか」と尋ねた質問への回答を見ると,確 かに,学長の権限を強めるのが望ましいとの回答は多い。したがって,学長 のリーダーシップの発揮を求める声の大きさは,これを肯定することができ そうである。
 しかし,それが同時に教授会の役割を制限すべきという意味であるかとい えば,必ずしもそうではない。学長のリーダーシップの発揮を求める声は, 同時に,教授会の権限強化を求める声でもある場合があるからである。すな わち,部局長や学科長のレベルでは,教授会の権限を「強めるべき」との回 答が7割前後にのぼっており,教授会の権限強化を求める声が強い。教授会 によってリーダーシップを阻害されていると指摘される学長レベルでさえも, 教授会の権限をもっと強めるべきと考える者は国立で18.8%,私立で3 7.1%であり,決して多いとはいえないとしても一定の割合に及んでいる。
 また,東京大学大学院教育学研究科大学経営・政策研究センター「大学に おける意思決定と運営に関する調査(教員編)」(2013年2月)によれば, 大学教員に対する質問の結果,「学部教授会の権限は縮小していく必要があ る」とは思っていない大学教員が8割以上に上ることが明らかにされている。 つまり,大学内における階層によって程度の違いはあるが,大学運営面にお いても,教授会の果たすべき役割への期待は総じて大きいということができ る。
 このように,教授会によって学長のリーダーシップが阻害されているから 教授会の役割を教育研究面に限定すべきとする本改正案の必要性に関する立 法事実の存在は十分に検証されているとは言い難い。
 そもそも大学は,個々の研究者がそれぞれ非常に異なった質の活動を行っ ているところに特徴がある。それゆえに,かかる多様性を反映した教授会と いう組織が,審議を尽くして一定の方向性を示すことにより,大学のガバナ ンスにおいて重要な役割を果たしうることは明かである。また,大学ごとに歴史的に築かれてきたガバナンスの多様性も存在するところ,法律によって 一律に大学のガバナンスのあり方を細かく法定することは,そのような大学 の個性,多様性をそぐことにもなりかねない。

4 憲法及び教育基本法等の下での大学の自治の保障と本改正案の問題点
(1) 大学の自治の保障

①憲法23条は「学問の自由は,これを保障する。」と定める。その内容と して,一般に,(ア)学問研究の自由,(イ)学問研究結果の発表の自由,(ウ)大学における教授の自由,(エ)大学の自治があげられている。思想・ 良心の自由(憲法19条)及び表現の自由(同21条)の保障の上にさら に明文で「学問の自由」を保障する趣旨は,学問研究が常に従来の考え方 を批判して,新しいものを生み出そうとする努力であることから,それに 対して特に強い程度の自由が要求されることによると解されている。
 特に大学は,歴史的に,時の権力・権威との衝突を繰り返し,往々にし て弾圧の対象となった。日本においても,戦前の滝川事件(1933年), 天皇機関説事件(1935年)などの大学に対する国家の介入の歴史があ る。それゆえ,大学における教育及び研究は,大学が国家権力その他の権 力や権威から独立し,組織体としての高度の自律性を保障されることによ ってはじめて可能であると考えられ,ここに大学の自治が保障されるゆえ んがある。
 教育基本法は,教育に対する不当な支配を禁止して,教育の政治的中立 性を確保するが,これに重ねて「大学については,自主性,自律性その他 の大学における教育及び研究の特性が尊重されなければならない」(同法7 条2項)と定めているのも,「大学の自治に基づく配慮が必要である」との 趣旨によるものである(教育基本法改正時の2006年5月31日衆議院 における小坂憲次文部科学大臣答弁参照)。
 かかる大学の自治は,学問の自由を保障するためのいわゆる制度的保障 として捉えられることから,具体的な内容は法律によって定められること となるが,制度そのものを廃止したり,制度の核となる本質的な内容に及 ぶ制約を加えることは許されないと解されている。

②大学の自治の内容として,(ア)学長・教授その他の研究者の人事の自治,(イ)施設及び学生の管理の自治,(ウ)予算管理における自治(財政自治 権),(エ)研究・教育の内容と方法等に関する自治の4項目を挙げている(通説)。なかでも中心となるのは,(ア)の人事の自治である。最高裁判所も,「大学における学問の自由を保障するために,伝統的に大学の自治が 認められている。この自治は,特に大学の教授その他の研究者の人事に関 して認められ,大学の学長,教授その他の研究者が大学の自主的判断に基 づいて選任される。」(最高裁昭和38年5月22日大法廷判決)として, 学長の選任を含む人事の自治の重要性に言及している。
 大学の自治の主要な担い手は,自治の存在理由及び大学の目的が教育研 究にある(学校教育法83条1項)ことからも,教授その他の研究者の組 織であるべきであって,具体的には,教授会がその中心となる。学校教育 法93条の規定は,以上のような憲法,教育基本法及び学校教育法の趣旨 に基づき,教授会に「重要な事項を審議する」役割が認められることを明 らかにしたものであると解され,この意味で重要な事項を審議するための 存在という教授会の役割に関する学校教育法93条の規定は憲法による大 学の自治の保障の制度的核心を構成するものである。

(2) 現行法制度の下における教授会の役割
 これに対し,本改正案は,前記のとおり,教授会等による自治を教育研究面に限定されるものとして把握し,大学の管理運営面には及ばないこととす るものである。確かに現行法制度上,国立大学法人法の制定により,教学面 と管理運営面を区別して,組織的な分担関係を志向する規定が置かれている ことを指摘できる。しかし,中教審まとめも指摘するように,「大学の目的が 教育研究そのものにあることから,教育研究に関する事項と経営に関する事 項を明確に分けることは困難な面がある」(27ページ)のであり,大学運営 と教育研究を截然と切り離すことができるわけではない。したがって,現行 法制度上,教育研究面と管理運営面とが区別される中においてもなお,それ らにまたがる重要事項について審議する教授会としての役割の重要性が否定 されることにはならない。

(3) 本改正案の問題点
①基本的問題点
 本改正案は,このような教授会の役割を教育研究の領域に限定し,大学運営その他の全学的事項への関与を制限しようとするものである。しかし, これは,上述した憲法の保障する大学の自治と,その下で教育基本法及び 学校教育法が規定する大学の自主性,自律性並びに教授会の役割について の理解を誤ったものといわざるを得ない。また,教授会の役割の重要性に 対する十分な配慮を要求するなどした附帯決議にも矛盾するものである。
 教授会による自治は大学自治の制度的保障の核心をなすものであり,教 授会の役割は,少なくとも,教育研究と管理運営とにまたがる重要事項の 審議に及ぶものと解されることは明らかであるから,このことをもって現 行規定における教授会の役割が不明確との批判は当たらない。したがって, これを明確化するという立法趣旨のもと教授会の役割が「重要事項を審議」 することから,教育研究に関する事項について意見を述べることに限定さ れ,管理運営面には及ばないことに変更されるとすれば,それ自体が大学 の自治の保障の趣旨に反するものであり,大学の自主性・自律性を損なう おそれの強いものであるといわざるを得ない。

②具体的問題点
 実際,本改正案のような教授会の役割限定がされた場合には,例えば,学部長を始めとした学部人事,学部・学科の設置・廃止等の問題は,管理・ 運営に関する事項であるだけでなく,教育・研究に関する事項としての側 面を持つものであるが,前述の改正93条2項1号2号に当たらないとし て,学長等が教授会の意見を聴くことが必要と判断し(93条2項3号), ないし学長等が教授会に意見を「求め」ることにしない限り,決定にあた っての意見具申もできなくなってしまう。これでは,これらの問題に対す る当該学部の教授会の影響力が決定的に弱まることは明かである。これら は前述した大学の自治の内容のうちの,(ア)研究者の人事の自治,(エ) 研究・教育の内容と方法等に関する自治という重要な構成部分に関する事 項であり,大学の自治の担い手である教授会の関与にこのような重大な制 約を課することは,大学の自治を侵害する恐れがあるものと評価せざるを 得ない。
 さらには,教育研究及び管理運営の両面に関わる重要事項であり,上記(ア)の人事の自治の中心をなす学長の選考について,少なくとも,国立 大学のような学長選考会議による学長候補の申出制度のない私立大学の場 合,学長選考方法のあり方を決める上で教授会の意思が大きな影響力を持 ってきていた。しかるに,本改正案により教授会の役割が「教育研究に関 する事項」のうちのさらに限定された分野に限られることになれば,現在 教授会が大学の学長人事のあり方の面において有する影響力が失われ,こ の面でも本改正案による教授会の役割限定が大学の自治への制約をもたら す恐れは大きい。

(4)本改正案を含めた大学改革の基本的方向と教授会の役割

①本改正法案の目指す方向
 冒頭に掲げた閣議決定は,大学における教授会の役割の限定と学長のリ
ーダーシップの強化に関し,「産業競争力強化の観点」から競争主義,成果 主義等を導入して大学間又は大学内部でのいわゆる「選択と集中」を進め るとし,そのための「基盤強化」の方策として位置付けている。

②憲法が求める大学の役割と大学改革
 しかしそもそも,憲法は,全ての個人の尊厳と人権の尊重を理念としており,経済競争に勝ち抜く人材だけでなく,多様な能力や条件を有する全 ての国民が,相互に人権を尊重し,共に生きる社会を目指すものである。
全ての個人の尊厳と人権の尊重を図りうる社会を目指す観点から憲法は, 時々の政権の政策に左右されずに真理を探究することで社会に貢献できる ように学問の自由を保障するとともに,真理研究機関としての大学に大学 の自治を保障しているのである。
 また,憲法が上記のような,経済競争に勝ち抜く人材だけでなく,多様 な能力や条件を有する全ての国民が,相互に人権を尊重し,共に生きる社 会を理念としていることを踏まえ,当連合会は,2012年10月5日の 人権擁護大会において,「子どもの尊厳を尊重し,学習権を保障するため, 教育統制と競争主義的な教育の見直しを求める決議」を採択し,経済のグ ローバル化に伴って,社会において競争主義や市場原理が強まる中,教育 にも経済至上主義が持ち込まれ,グローバルな競争に適合する人材を育て るという名目の下に推進されてきた過度に競争主義的な教育が,上記の憲 法の理念を損なうことへの懸念を表明してきた。
 学術の中心として教育研究を行う大学においても,この理は妥当するか ら,行き過ぎた競争主義の導入や,経済至上主義に基づく資源再配分等の 改革には慎重である必要がある。

③憲法の要請のもとでの大学改革のあり方
 確かに大学改革においては多様な考慮要素に基づき多面的な検討が必要とされることは間違いない。中教審まとめが指摘するような,知識基盤 社会の到来,グローバル化の進展などによる社会を巡る環境の大きな変化 の中で,大学の現状に様々な問題点が生じているにも関わらず内部からこ れを改革しようとしない守旧的な傾向が生じていることも確かである。大 学が公教育を担うとともに,公的な財政的支援・税制面の優遇を受ける等 の高度の公共性を備えることからすれば,内部構成員による自治という側面だけでは十分ではなく,学外的な視点からの問題点のチェック体制が必 要であることも間違いない。
 こうした要請と憲法の要請する大学の自治の理念とを両立させる観点 からは,公権力的なコントロールとは異なる第三者的な立場からの大学の チェックの役割を担う存在として監事の役割と権限の強化が必要と思われ る。とりわけ大学の公共性やその運営の適正を確保する役割を担うにふさ わしい人材を広く学外に求めることが必要である。
 忘れてはならないのは,現行憲法のもとでは,大学での教育研究は,教 育機関としては第一義的には「人格の完成」を目指して(教育基本法1条), また,研究機関としては「深く真理を探究して新たな知見を創造」するこ とを目的として(教育基本法7条1項)行われるべきであって,社会の変 化に伴って大学改革の必要が生じたとしても,目指すべき改革はあくまで 憲法の規定する大原則に即したものである必要があるということである。 この意味で,大学改革の基本方向は,産業競争力強化に資する人材の育成 とは次元を区別する必要があり,大学と私企業の違いを無視するならば,「日本の大学・短大・専門学校は教育市場のみを基盤とする企業体へと転 換し,それぞれの公共的な使命と責任を喪失して『質』の低下の一途をた どる」(日本学術会議心理学・教育学委員会教育学の展望分科会「教育分野 の展望-「質」と「平等」を保障する教育の総合的研究-」2010年4月5 日)ことになろう。
 以上述べたような憲法の理念,本改正案の立法趣旨及び立法事実の問題 点も考慮すれば,大学の教授会の役割に根本的な変更を加えることになる 本改正案は,憲法の保障する大学の自治を危うくし,大学の自主性,自律 性を損なうおそれが強いと言わざるを得ず,当連合会はこれに反対するも のである。

以上


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