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2014年06月30日

学長、自ら海外トップセールス 権限集中に反発の声も

朝日新聞(2014年6月29日)

 海外進出に乗り出す社長のようだった。19日、ミャンマーの首都ネピドーの教育省。名古屋大学の浜口道成総長(63)は切り出した。「政府の幹部のみなさんを博士課程に受け入れたい。そのための拠点をつくりたい」。相手の教育大臣は「我が国にも大きな助けになる」とうなずいた。

 聴衆に訴えかける名司会者でもある。ヤンゴン大学に名大が設置した日本法律研究センターの1周年記念行事では、軽妙なトークで笑いを誘いながら、名大が誇るノーベル物理学賞受賞者の益川敏英・特別教授との対談を盛り上げた。

 がん専門医の浜口総長が医学部長を経て総長に就いたのは2009年。すぐに「世界の名大」をめざす改革を打ち出した。18カ国を訪れ、約100の大学と研究や留学の協定を結んだ。

 「産業界はアジアで生きていける人材を求めているのに、大学は欧米を向いてきた。それを変えたかった」。秋には、モンゴル、カンボジア、ベトナムに博士課程の拠点を置き、教員も送り込む。「国内では東大や京大ほど注目されないが、アジアでは違う」

 学内では「急に計画が出てきて振り回されている」との声もあるが、調整と説明を重ねながら改革を進める手腕を文部科学省幹部は「戦略的なビジョンを持ち、学内外を巻き込むのがうまい」と評価する。

 学長のリーダーシップ強化は、国と財界の悲願だ。少子化や国際競争の時代に「大学力は国力そのもの。変わらなければ、日本も地盤沈下する」(下村博文・文科相)との危機感がある。世界で渡りあえる人材を養成するには、従来のやり方を改める迅速な判断が必要だとして、学長の権限を強める改正学校教育法が20日に成立したばかりだ。

 だが学長主導は、時に教員の激しい反発に遭う。

 「京大はたぶん、全国の大学で一番(意思決定が)遅い」。9月末で6年の任期を終える京都大学の松本紘総長(71)は今月、東京で記者たちにこぼした。

 教養教育のあり方をめぐる議論は、約15年が費やされた。全学生が受ける教養教育の拠点「国際高等教育院」が13年に開設されるまでに、研究や教育の自由が損なわれると心配した教員たちから総長辞任を求める運動も起きた。政財界では総長の手腕を評価する声は多いが、ある教授は「京大にトップダウンはなじまない」と言い切る。

 東京大学では、浜田純一総長(64)が自ら打ち出した「秋入学構想」を、学内外の慎重論を踏まえて先送りした。「突っ走れば実現できたが、判断は間違っていなかった」と浜田総長。文科省幹部は「総長に強い力が必要だった」と言うが、企業統治が専門の江川雅子・東大理事は、学内議論が尽くされた上での決定だったことを前向きにとらえている。「企業では報酬と人事権で上司に従わせるが、専門家集団の大学では、アメとムチは通用しない」

■学長VS.教授会

 学長と教授会の権限を巡る攻防は、既に始まっている。

 「教授が選ぶ学部長が最も信頼できる。なぜ今までの選考方法をやめるのか」

 キャンパスに雪の残る弘前大学のホールは熱気に包まれていた。3月下旬、約200人の教職員から、演壇の佐藤敬学長(64)に次々と質問が飛んだ。これまで教授会が決めた人選を学長が追認するだけだった学部長の人事を、学長が指名できるようにする改革の説明会だった。

 反発の声が大きかったものの、結局、6月から学長が学部長を指名できるようになった。学生に魅力的な学部組織にするためには、迅速な判断が求められる。佐藤学長は「強い権限を学長が持たなければ何も決まらずに時間ばかりたっていく。教授会にお任せでは進まない」と強調する。

 だが、教育学部の教授は「息のかかった学部長を選び、反発の声を黙らせようとしているのだろう」。一方、学長と教授会が対立していることを知る学生は少なく、「大学からの説明は何もない。学生は、かやの外だ」と不満をもらす教育学部3年の男性もいた。

 弘前大と同じように学長の権限をいち早く強化したのが、公立の横浜市立大学だ。

 2005年ごろ、横浜市では、大学運営のための年間200億円以上の財政負担が問題となっていた。そこで、理事長と学長に人事権を集め、予算と人材を「適材適所」に配置する経営健全化策が出された。まちづくりを学ぶコースの新設や、学生の海外実習への補助金制度といった改革が進んだという。

 新しい目玉ができたと同時に、消えたものもあった。教授会の役割は低下し、「哲学・古典語」「日本古典文学」といった伝統的学問を研究するゼミが消滅した。ある教員は「上意下達になり、現場の声が反映されにくい組織になってしまった」と話す。

 一方、学長に権限を集中させ、危機をくぐりぬけた大学もある。

 京都市の平安女学院大学の事務室の朝は、約40人の職員の唱和で始まる。「理事長のもとに、固く結束し……献身的に職務に精励します」。理事長とは、学長も兼ねる山岡景一郎氏(83)だ。経営コンサルタントを経て、赤字が年4億円超に膨れていた03年春に理事長に就いた。教職員組合の反発を抑え、給与を平均3割以上カットし、人事権も教授会から理事会に移した。

 学院経営はその年度から黒字に転じた。山岡理事長の財界人脈も活用し、卒業生の就職率は2年続けて100%。「ワンマン経営でなければ、難局は乗り切れなかった」。全国の学長らからの相談が絶えないという。

■英米、経営のプロ養成

 有能な学者が有能な学長になれるとは限らない。どうやってプロの経営者に育てるか。日本より一足先に取り組んでいるのが、英国だ。幹部教員らに大学経営やリーダーシップをたたき込む「学長養成」研修が行われている。

 「大学運営は今やビジネス。経営戦略の研修がとりわけ役に立った」。ロンドン郊外のグリニッジ大学。デービッド・マグワイア学長(55)はこう話す。別の大学の副学長だった09年、全国の大学が出資する高等教育リーダーシップ財団の研修で、財務や組織論を半年かけて学んだ。99年に始まった研修の修了者からは既に100人以上の学長が輩出している。

 マグワイア氏は研修後の11年にグリニッジ大に引き抜かれ、哲学など不人気科目の教員を減らし、3年で約180人の教職員をリストラした。英紙大学ランクで国内順位は11年の102位から70位に上がった。

 英国では90年代から大学が急増している。国の負担を減らそうと、現在のキャメロン政権が12年から学費の上限を約3倍の9千ポンド(約150万円)に引き上げたため、各大学とも値上げに踏み切った。学生は高い学費のリターンを求め、大学は不人気講座の見直しから寮や食堂の充実度にまで神経を使う。

 大学の希望に沿って学長選びを任されるヘッドハンティング会社もある。そのうちの一社、オジャーズベルンソン社は「候補者のプール」をつくり、3~5人の有力候補を大学に提示する。「しがらみのない学外人材の方が改革できる」と担当者は言い切る。

 とはいえ、学長には教職員を従わせる権限だけではなく、調整力も求められる。リーダーシップ財団の研修責任者ポール・ジェントル氏は「教員、学生、保護者など利害関係者の多い大学経営は企業よりも複雑で、『学長独裁』は結局、大学を荒廃させる。教職員と連携しないと大学運営はうまくいかない」。

 4500を超す大学がしのぎを削る米国でも、米国教育協議会やハーバード大などで幹部教職員らの研修が行われてきた。学長に最も求められる資質はカネ集めの能力だ。米大学事情に詳しい英オックスフォード大の苅谷剛彦教授は「外部資金をどれだけ集められるかで、大学がやれることが決まる」と説明する。

 08年のリーマン・ショックのあおりで、州立大は州政府の交付金カットの直撃を受け、私立大も寄付金が大幅に減った。米テンプル大学の幹部は、寄付者の心をわしづかみにして、財布のひもをゆるめてもらうためには、「学長のビジョンがますます重要になった」と指摘する。ある米国の学長経験者は、自嘲気味にこう言う。「米国の学長は、キャデラックに乗る物乞いのようなものです」


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