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2014年07月25日

予算10兆円増、大学無償化 下村文科相が構想発表

朝日新聞(2014年7月22日)

聞き手・高浜行人

 2030年までに公的教育予算を10兆円増やし、高等教育も無償化――。下村博文文部科学相が近著で、そんな構想を発表した。教育予算を他の先進国並みにする「教育立国」を唱えている。思い描く未来の日本のすがたはどんなものか。財源はどうするのか。

■「GDP108兆円増」試算

 「教育立国のグランドデザイン」。16年後までの予算構想を、下村氏は6月に出した自身の半生記「9歳で突然父を亡くし新聞配達少年から文科大臣に」(海竜社)でそう銘打った。

 メニューは、政府の教育再生実行会議が今月3日に提言した幼児教育の無償化(8千億円)や、大学進学率7割程度を目指す大学の質・量の充実(7千億円)など。最終的には、大学などを含む全ての高等教育の無償化(3兆8千億円)も一例として示した。「大幅な変動があり得る」としている。

 新たに確保を目指す予算額は20年までに5兆円、30年までにさらに5兆円の計10兆円。現在の文科省の単年度予算(約5兆円)のほぼ2倍にあたる。

 下村氏がこだわったのは、投資に見合うだけの効果を示すことだ。昨年11月~今年3月、省幹部全員を集めた勉強会を9回開き、経済学者などの専門家を呼んで検討。教育費の家計負担が軽くなることでもたらされる利益をはじいた。

 その結果、教育費負担を理由に子どもをもうけることを断念しなくなって出生率が5%程度上昇し、年9万人が新たに大学に進学すると予想。これらによって現在490兆円ほどの国内総生産(GDP)が60年後には108兆円増加して税収が21兆円増えると試算した。

 著書で下村氏は「教育投資を増やして大卒者を増やすことは、本人にも社会にもメリットが大きい」と述べている。

■財務省は「夢物語だ」

 膨大な財源を要する計画に、政府内では実現性を疑問視する声が強い。

 国の財布を握る財務省からは、「夢物語だ」との声が上がる。赤字をこれ以上増やさないように文科省の予算を大幅に増やすには、医療費や建設費など他の支出を削るか、増税を考えなければならない。担当者は「他省庁の予算はそう簡単に削れないし、消費税も上がる中、普通に考えれば国民の合意は得にくい」

 文科省は構想に掲げた幼児教育無償化の一部を来年度の予算要求に盛り込む方針。だが現在のところ額は数百億円にとどまる。昨年閣議決定した17年度までの教育目標に、教育予算の10兆円近い上積みを意味する「経済協力開発機構(OECD)諸国並みを目指す」との表現を盛り込もうとして財務省の反発にあい、見送られた経緯もある。

 文科省幹部は「大風呂敷と言われても仕方ない」と財源確保の難しさを認める。

■合理性のある計画必要

 日本教育学会長の藤田英典・共栄大教育学部長(教育社会学)の話 大学などの高等教育を無償にし、誰もが行けるようにすることは方向性として賛同する。大きな目標を提示するのは教育を重視する雰囲気を高める狙いがあり、望ましいことだろう。ただ一方で、合理性のある計画になっているかも重要だ。少子化の解消には、子育てしやすい雇用システムや団塊世代の社会参加意識の醸成など教育以外の要素も大きい。教育費だけで10兆円分を増やすのはバランスを欠くし、そもそも不可能に見える。国民に「できっこない」と思われれば教育投資への機運もしぼみ、絵に描いた餅に終わりかねない。現実的なプランを早い段階で提示する必要がある。

     ◇

■チャンス開く国に 投資、社会保障と捉えて

 下村氏は7月初旬、朝日新聞のインタビューに応じ、「教育立国」のねらいなどについて語った。

 ――構想のねらいは。

 日本は少子高齢化で労働稼働人口も2060年には半減する。教育によって誰にでもチャンスを開く教育立国をつくっていかなければ日本の未来はない。意識改革をしなければならないのでは、という国民に対する問題提起だ。

 子供2人を私立の高校、大学に入れると、教育費だけで平均2600万円かかる。非正規雇用ではとても払えない。一方で、高卒と大卒では平均生涯獲得収入では9千万円の違いが出るとの調査もある。この差は今までは個人の努力の問題ということだったが、格差の固定化や貧困の連鎖につながりかねない。大きな方向転換に向けコンセンサスを得たい。

 ――GDPを108兆円上げる効果の実現性は。

 まだ誰も学問的に検証していないから、なかなか言えない。先日、OECDの非公式教育大臣会合があり、教育における公財政支出について議論したところ、大きな注目を浴びた。つまり、教育投資がどれぐらいの効果を生むか、数十年追跡して客観的に示している国がないということだ。

 ――予算の10兆円増額は不可能との指摘もある。

 難しくはないと思う。所得連動型奨学金の返済制度とか、祖父母世代が孫世代に対して支出する仕組みを財政的に担保するとか、あとは、できれば消費税。10%に上げた後の話だが、例えば1%を少子化対策に充てる。いろいろ組み合わせることで教育費の負担軽減を図る。

 今までのように文部科学省対財務省というレベルでやっていたら実現できないと思う。教育投資が広い意味での社会保障だと捉えることが必要だ。教育が、結果的に年金、医療、介護の負担額も軽減する。そういう合意をつくっていきたい。(聞き手・高浜行人)


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