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2014年11月26日

脱・貧困のための進学が… 授業料高騰、重い奨学金返済

朝日新聞(2014年11月25日)

「貧困と東大」

 大手メーカーに勤める朝倉彰洋さん(25)は東大生だった2009年、そんなテーマで調査した。

 東大が行った「学生生活実態調査」では、東大生の親の年収は「950万円以上」が過半数を占めている一方、「どれくらいの貧困層が広がっているのか、知りたかった」。自分が入居していた学生寮は経済的な困難を抱えた学生が多く、アンケートを配ってみた。49人の回答者のうち、親の年収が300万円未満の学生が15人いた。

 「貧困層でも支援制度の存在をもっと広く知ってもらえれば、家庭の経済状況に関係なく東大に進学できるはずだ」

 朝倉さん自身、母子家庭で育った。母親には「勉強にかかるお金は出してあげる」と言われていたが、愛知県から東京への進学を伝えると一転、「行かせるお金はない」と反対された。国立大学の授業料(標準額)も、1975年度の3万6千円が、いまは約15倍の53万5800円かかる。

 そもそも中学時代は大学進学も考えていなかった。高校の先生の助言を受けながら、授業料の免除を手にした。給付型奨学金も得て大学院にも進んだ。「制度を教えてくれた中学や高校の先生、一緒に東大を目指した仲間、どれか一つでも欠けていたら進学できなかった。自分は運が良かった」

 愛知県春日井市のショッピングセンターの一角。週に1度、約2時間、大学生のボランティアが、中学生たちにほぼマンツーマンで教える。生徒は生活保護世帯や母子家庭の子ら約15人だ。

 その一人、中学3年の女子生徒(14)も母子家庭で育った。塾に通うのはあきらめていたが、教室に通いながら、商業高校への進学をめざす。卒業したら、すぐに就職するつもりだ。「大学に行くお金はないし、就職したら母が楽になるかな、と思って」

 この教室に中学3年の長男(14)を通わせる母親(38)は、「息子はなんとか大学まで行かせたい」と話す。夫(38)は病気がち。介護の資格を取ってパートで家計を支えてきた。経済的に豊かな人はどんどん上に行くのに、貧しい人は貧しいままだと感じる。「息子には繰り返してほしくない。踏ん張って上がっていってほしい」と願う。

 貧しくても能力を発揮できれば、未来を切り開けるのが、教育だった。だが、経済格差が拡大するなか、貧困を脱するための教育の平等が揺らいでいる。

■バイトを掛け持ち「もう大学やめたい」

 経済的に苦しいと、進学しても道は険しい。授業料の借金が重なり、家庭に負担がのしかかる。

 宮城県に住む保育士の母親(50)は、非正規雇用で稼ぐ月収約13万8千円で子ども2人を育てている。私立大学に通う長女(20)は、公立高校に進学時から貸与型奨学金の「借金」を背負ってきた。大学でも奨学金を二つ借りたので、卒業時の残高は、合計260万円に上る見込みだ。中学2年の長男(14)が高校に進学すれば、新たな借金が重なる。

 小学校教諭を目指す娘は、奨学金返済のためにレジ打ちなど二つのバイトを掛け持ちする。だが朝5時に起きて夜中まで学業とバイトに明け暮れる毎日。友人とのつきあいもできず、娘は夏になって「バイトがきついので、もう大学をやめたい」と言い出した。

 「バイトをやめてもいいよ、と本当は言ってあげたい。でも、今やめたら150万円の借金はどうするのと言うしかない」。無事卒業できても、借金を返せる職につけるか、確たる保証はない。「貧乏から脱出させるための進学でも、借金が増えるだけの『降りられない賭け』になっている」。母親の悩みは深い。

■奨学金受ける割合52・5%

 子どもの貧困率が過去最悪を記録する一方、国立大学の年間授業料は40年前の約15倍。奨学金という名の「借金」に頼らざるを得ない家庭は増え続けている。日本学生支援機構によると、昼間の4年制大学に通う学生のうち、奨学金を受けている割合は2012年度に52・5%に達した。10年前より20ポイント以上も増えた。奨学金を受けている人のうち、約9割が貸与型だ。

 名古屋市の杉山智哉さん(20)は、父が交通事故による後遺障害で思うように働けず、苦しい家計状況で育った。大学2年の途中で学費を払えなくなり、除籍に。高校、大学で受けた奨学金約350万円が借金となって重くのしかかる。

 子どもの貧困対策について考える集会などに参加し、「知識が無いと解決法も分からない。無知は貧困につながる」と思うようになった。貧しいと、知識を身につけるための教育さえ受けられない。「貧乏なら働けという考えが、貧困の連鎖を生んでいると思う」(杉原里美、山本奈朱香、河原田慎一)

■学費の壁、米・豪学生も

 「格差是正の装置」と見られてきた教育が、財政状況の悪化を背景に学費の高騰によって脅かされつつある。経済協力開発機構(OECD)によると、「教育は福祉」という理念があるフランスやオランダでも学費が上がっている。

 05年からの6年間で学費が28%上がった豪州では、シドニー大3年のカイル・ブレイクニーさん(21)が怒りをぶちまける。低所得層が多い先住民アボリジニーで、「貧困から脱するための高等教育を、貧困だから受けられないのでは絶望的」と憤る。「多文化主義国家と自称しながら、先住民や移民の子に『貧乏人は弁護士や医者になるな』と言っているようなものだ」

 保守連合のアボット政権は、大学への財政支出を減らし、最大300億豪ドル(約3兆円)の歳出削減案を打ち出している。法案が国会を通れば、修士号取得までにかかる授業料は現在の数万ドルから、2年後には世界でも最高級の10万豪ドル(約1千万円)以上になるとの試算もある。

 豪州では約40ある大学のほとんどが国立で、1989年までは無料だった。「今の時代に生まれたから10万ドルかかるなんて」。低所得層の生徒が多く通うシドニー郊外の高校生グレイス・ハーリーさん(17)はため息をつく。

 米国でもこれまでは、貧しい家庭で生まれ育っても大学を卒業すればいい職につき、中流階級に入れると言われてきた。しかし、米国の大学でつくるNPO「カレッジ・ボード」によると、4年制大学の1年間にかかる費用は、昨年の私立大学の平均で約3万1千ドル(約370万円)にのぼる。インフレ率を考慮しても、30年前の約2・5倍だ。公立、一般私立大の卒業生の約6割が借金を背負い、平均借入額は約2万7千ドル(約320万円)に達するという。

 NPO「学生借金危機」の創設者、ロバート・アップルボームさんは「借金のために、卒業しても家や車の購入ができず、起業できない人は多い。経済全体にも悪影響を与えている」と指摘する。(シドニー=郷富佐子、ニューヨーク=中井大助)

■進学費用は税金で 矢野真和・桜美林大学教授

 政府は貸与型の奨学金で機会の不平等の問題を解決しようとしたが、それは借金でしかない。負の遺産は親から子に引き継がれ、固定化している。大学に行けない人には、低所得だと返さなくていい所得連動型奨学金にして、私立大も国立大並みに授業料を引き下げ、進学費用は税金で負担するべきだ。親が支払うという意識を変える必要がある。高卒者と大卒者の将来得られる所得格差が広がる中、大卒者の生涯所得から得られる税収は、公的に投入した額を十分上回る。大学の授業料は、消費税1%分の額でしかない。大学は親の負担で18歳の子が行くところから、みんなで負担して、みんなが人生で一度は勉強するところになればいいのではないか。


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