研究者の地位と権利を守るための全国的ネットワークをつくろう!

2015年08月20日

「安保法案」に反対する中東研究者(106名)のアピール

中東研究者の有志が「安保法案」に反対するアピールを発表

中東研究者の有志が「安保法案」に反対するアピールを発表

辻上奈美江 | 東京大学大学院総合文化研究科特任准教授
2015年8月10日 23時31分

中東研究者有志らによる「安保法案」に反対するアピール記者会見の様子

中東研究者の有志による「安保法案」反対記者会見

8月10日、中東研究者の有志らが参議院議員会館で記者会見を開き、安全保障関連法案に反対する声明を発表した。声明を呼びかけた千葉大学の栗田禎子教授は、「日本の中東研究・外交のメインストリームを担ってきた学者・外交関係者が同法案に反対していることを示すことによって廃案への流れを作り出したい」として、7月31日から呼びかけを開始した。

同日時点で、呼びかけ人と賛同者は大学や研究機関、企業などに所属する計105名。栗田教授と東京大学の長沢栄治教授、私が世話人となった。

呼びかけ人のうち、11人が会見に出席。歴史学や地域研究、イスラーム学などそれぞれの専門分野や経験を踏まえながら、安保法案に反対する理由を語った。

東京外国語大学の黒木英充教授は、アメリカの対中東政策の失敗を尻拭いするような安保法案が成立することに強い懸念を示した。また宮田律・現代イスラム研究センター理事長は、イランの核合意後にまで、ホルムズ海峡での機雷掃海を議論した安倍政権の「国際感覚のズレ」を批判した。

会見には、イラク政治の研究者でもある大野元裕参院議員(民主)から「今回の安保法制は、やりたいことありきで便宜的・恣意的な憲法解釈を行うことで、政権を担ってきた自民党自身が連綿と作り上げてきた法的安定性をないがしろにし、政府の主張する新三要件の適用やそれがもたらすリスクについて、明確かつ具体的な説明なしに歯止めのないものとなっている」とのメッセージが寄せられた。

今回発表したアピールは次の通り。

「安保法案」に反対する中東研究者のアピール

わたしたちは、中東の政治・社会・歴史・文化等の研究に携わり、日本と中東の相互理解と友好のために努力してきた立場から、現在国会で審議中の「安全保障関連法案」には重大な問題があると考えます。

一 この法案は、自国が攻撃されていないにもかかわらず戦争に参加する「集団的自衛権」の行使を容認するなど、日本国憲法の掲げる平和主義の原則に明らかに違反しています。憲法9条に示されている戦後日本の平和主義は、日本が近代以降の対外拡張や侵略の歴史を反省し、戦争をしない国に生まれ変わる決意を表明したもので、これにより日本はアジアや世界の信頼をかちえてきました。とりわけ中東は、長く欧米による植民地支配や侵略に苦しんできた地域であるため、日本が経済大国ではあっても海外で一切の武力行使を行わない国になったことはきわめて好意的に受けとめられ、これが日本に対する中東の人々の友情・信頼感の基礎となってきました。平和憲法に反する今回の法案は、日本と中東、世界の諸国との関係を根本から損なってしまいます。

二 この法案は、日本とアメリカがアジア・太平洋だけでなく地球大で「切れ目のない」安保協力態勢を築くことをめざすもので、アメリカの戦争に世界中で協力するための法律と言えますが、この間アメリカ主導で展開されてきた大規模な戦争は実はもっぱら中東地域を対象とするもの(湾岸戦争・アフガニスタン戦争・イラク戦争)です。今回の法案も基本的にイラク戦争等をモデルケースとしつつ、自衛隊によるさらに踏み込んだ米軍支援ができる態勢づくりをめざしています。これは中東がアメリカの世界戦略上、経済的・軍事的に重要な地域であることによりますが、アメリカの戦争が中東地域および国際社会に何をもたらしたかは、現在のイラクやアフガニスタンの状況を見れば明らかです。大国による軍事介入が中東地域にもたらした悲劇・混乱に一切学ぶことなく、アメリカの戦争への協力態勢を一気に拡大しようとする政策は誤っています。

三 この法案では「我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」に際しては「集団的自衛権」の行使が認められるとされていますが、その具体例として繰り返し挙げられてきたのは、「ホルムズ海峡が封鎖された場合」です。日本は石油の大半を中東からの輸入に依存しているので、その供給が脅かされた場合に中東に自衛隊を送るのは当然だ、という説明なのですが、資源確保のためなら海外派兵するというのは、植民地主義・帝国主義の論理にほかなりません。日本国民の「くらし」や「幸福」を守るための「自衛」なのだと主張しても、中東の人々には反発されるだけでしょう。資源確保は重要ですが、それはあくまで中東の人々の主権を尊重し、日本と中東の間に対等・友好的な関係を築き上げることによってこそ可能となります。

今回の法案は日本国民の「命とくらし」を守るためのものと説明されています。しかしながら、戦後日本外交の基本であった平和主義の原則を投げ捨て、大国主導の戦争に追随し、資源への自己中心的野心をむき出しにするような姿勢は、日本に対する中東やアジア、世界の民衆の信頼を打ち砕き、「国益」を損ない、むしろ日本の市民の生命と安全をこれまでにない危険にさらすことにつながっていくでしょう。

以上の理由から、わたしたちは「安全保障関連法案」に反対し、同法案を廃案とすることを求めます。2015年8月


|