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2015年09月23日

国立大、「文系改革」に揺れる 文科省通知「廃止」言及

朝日新聞(2015年9月22日14時58分)

 全86校の国立大に対し文部科学省が6月に出した通知が波紋を呼んでいる。「廃止」という言葉を使って人文社会系学部の見直しを迫り、それに対応する大学も出始めた。一方で強い批判もあり、文科省は火消しに追われている。

 「とうとうきたか……。戦時中の文系学生の学徒動員や高度成長期の理系偏重をほうふつとさせる」。文科省の通知に、滋賀大の佐和隆光学長はそう思った。

 通知は「特に教員養成系、人文社会科学系学部・大学院については、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組む」と統廃合にも言及していた。経済と教育の2学部体制の滋賀大への影響は大きいという。

 佐和学長は、産業競争力会議や文科省の有識者会議で「社会の要請に応えていない」「職業訓練大学に変えろ」と指摘されるたびに危機感を抱いてきた。「このままでは運営費交付金を削減され、極貧大学になる」。対策として滋賀大は2017年度、文理融合のデータサイエンス学部を新設。統計学と情報工学などを使ってビッグデータを解析し、新たな価値を創造する人材を育てる。経済・教育両学部の定員を減らして新学部に回すという。

 人文社会系学部の見直しを検討する国立大は多い。

 弘前大は16年度、教育学部の定員を70人減とし、人文学部を人文社会科学部に変えて80人減らす。一方で理工学部は学科の新設などで60人増やす。「大学の役割の再定義を踏まえた結果」(広報)という。

 千葉大が16年度に新設する「国際教養学部」は人文社会科学、自然科学、生命科学の学問分野にまたがる。定員の90人は、教育学、文学、理学、工学、園芸学部を減らして捻出する。小沢弘明副学長は「ここ十数年、すぐ役立つ人材を育てるとか、企業がそれを要望するとかの流れがある。正しく大学の自治があれば、通知にどう対応するかは大学の考え方、見識しだいだ」と話す。

 国立で唯一「芸術大学」を名乗る東京芸術大学も、文系学部の危機を前に「明治時代の開学以来」という改革に取り組む。「このままでは生き残れない。不退転の覚悟で世界最高峰を目指す」と宮田亮平学長。この7、8年で芸術系離れが進み、同大の受験者数は美術学部で約33%、音楽学部で約25%減ったという。

 改革の中心はグローバル化だ。昨年、芸術系大学で唯一、国のスーパーグローバル大学に認定された。最大3億円の支援を受け、美術学部は海外の4校と連携を進める。同学部の学生たちは7月から、パリの国立高等美術学校の学生と2人1組で「私と自然」がテーマのパフォーマンスを制作。英語で話し合い、竹や布などの素材を集め、所作を考えた。

 フランスの学生からは「原発事故」から「軽トラック」まで社会問題や文化と結びつけたキーワードが飛び出した。

 作品は8月に国内外の芸術家が参加して新潟県で開かれた「大地の芸術祭」で発表された。「危険なものとの歩み寄り」を表現した彫刻専攻の大学院生角田里紗さん(23)は「今までは1人で黙々と素材を触っていた。フランスの学生のアイデアは刺激的で、社会への発信力が身についた」。

 保科豊巳美術学部長は「学生には国際的な芸術祭で公開できるレベルを求めた。グローバルに考えた問題意識を社会に出せないと、世界で活躍する芸術家になれない」と考える。沢和樹音楽学部長は「今は例えば、芸術家を世界平和にどう役立たせるのか、自分の存在感をどう打ち出すのかが問われている」と話す。(石山英明、河原田慎一)

■文科省、批判対策に苦慮

 大学が自主的に再編を続ける一方、通知を出した文科省は文系軽視との批判を受け、火消しに追われる。

 18日、2千人以上の科学者でつくる日本学術会議の幹事会。文科省の常盤豊・高等教育局長は、文系を廃止して自然科学系に転換すべきだという意味ではない、と明確に否定した。7月に学術会議から「人文社会科学の軽視は大学教育を底の浅いものにしかねない」と批判されたためだ。

 経団連も9日、安易な文系見直しに反対する声明を出した。下村博文文科相は11日の記者会見で「非常に誤解を与える文章だった」と通知の不備を認め、「廃止」の対象は少子化で需要が減る教員養成系で、人文社会系には改善を求めるというのが真意だったと説明。「経済界が即戦力を求めているからこうしたなんて一言も書いてないし、思っていない」と話した。

 文科省によると、専門分野が細分化されて人文社会系の教育が「たこつぼ化」していることや、どんな人材を社会に送りたいかの説明が足りないことなどの課題があるという。幹部は「人文社会系はむしろ重要で、積極的に対応してほしいとのメッセージ」と説明する。

 国立大の収入の4割を占める運営費交付金は年間約1・1兆円。なるべく特長のある分野に投資しようと、文科省は12~14年、各大学に強みとなる教育や研究の洗い出しを求めた。その結果、人文社会系の課題が大きかったという。

 文科省の通知案を了承した「国立大学法人評価委員会」委員の河田悌一・日本私立学校振興・共済事業団理事長は、国立大人文社会系には、ほとんど勉強しなくても単位が得られる科目があるなどの課題を指摘する。「多額の交付金に守られ、社会でどんな役割を果たすのか説明してこなかった」。少子化の中、改革しなければつぶれる。そんな私立大なら当然の意識も乏しかったという。(高浜行人)

■研究・教育のバランスを

 〈本田由紀・東京大大学院教授(教育社会学)〉国立大の人文社会系学部は、学生や社会の側に立って授業の魅力を十分説明できていない面もある。また、分野によって専門知識の習得や社会問題への関心の喚起が乏しいなどそれぞれ課題があり、カリキュラムの偏りを正す工夫の余地がある。財政事情が苦しい中、投資に見合った人材育成を求める国の考えにもそれなりの背景はある。ただ、教員が減るなどして結果的に人文社会系分野の研究が衰退するとすれば問題だ。これ以上国に改革の口実を与えないよう、大学院などで研究機能を維持しつつ、教育では組織や内容を工夫するなどバランスの取れた改革が必要だ。


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