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2015年10月31日

日本学術会議幹事会声明、「人文・社会科学系のあり方に関する声明への賛同・支援への謝意と 大学改革のための国民的合意形成に向けての提案」

日本学術会議幹事会声明(2015年10月15日)

日本学術会議幹事会声明

「人文・社会科学系のあり方に関する声明への賛同・支援への謝意と 大学改革のための国民的合意形成に向けての提案」

1.人文・社会科学問題に関するその後の経過と要望
日本学術会議幹事会が、去る6月8日の文部科学大臣通知1 (以下「通知」という。)を受け て 7 月 23 日に公表した幹事会声明「これからの大学のあり方-特に教員養成・人文社会科学 系のあり方-に関する議論に寄せて」2に対して、ISSC(国際社会科学評議会)からのメッセー ジをはじめとして、国内外諸団体から多くの御意見を頂戴した。それらの多くは、「総合的な学 術の一翼を成す人文・社会科学には、独自の役割に加えて、自然科学との連携によって我が国と 世界が抱える今日的課題解決に向かうという役割が託されている。このような観点からみると、 人文・社会科学のみをことさらに取り出して『組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換』を 求めることには大きな疑問がある」という幹事会声明に賛意を示したものであり、ここで改め て感謝したい。
一方で、文部科学大臣や文部科学省は、その後、通知に対する大学等の関係機関の捉え方と 大臣や同省の本意との間に乖離があることを様々な機会に表明してきた。9 月 18 日には、同省 高等教育局長が日本学術会議幹事会に出席し、「新時代を見据えた国立大学改革」3と題する文 書を配布した上で、この件について説明した。この文書は、文部科学省は人文・社会科学系学 部・大学院を廃止し、社会的需要の高い自然科学系分野に転換すべきだと考えているのではな いか、あるいは人文・社会科学系の学問は重要ではなく、すぐに役立つ実学のみを重視しよう としているのではないかという通知の受け止め方を否定した上で、「廃止」については教員養成 系のいわゆる「新課程」を対象としたものと例示する一方、各国立大学に「社会的要請の高い 分野への転換」に取り組むよう求めている。これらの説明を通じて、日本学術会議幹事会とし ては、通知の背後にある文部科学省の考えを理解したところである。ただ、通知の文言そのも のからこのような趣旨を読み取ることは困難である。このため、通知を読んで我が国の高等教 育行政における人文・社会科学系の位置付けに不安や疑問の念を抱いた国内外の方々は多く、 そのことは諸メディアの報道にも表れている。したがって、文部科学省においては、上記のような同省の真意を述べた文書等を国内外に示しつつ、引き続き丁寧に説明されるように要望し たい。

2.高等教育機関が抱える問題の認識
その上で、日本学術会議は、今回の通知やそれに関連して行われた議論を通じて、現在の我 が国の高等教育の抱えるいくつかの重要な問題が浮かび上がってきたことに着目し、これを高 等教育の改善と強化を図る契機とすることが重要と考える。
機を同じくして、本年も我が国の研究者がノーベル生理学・医学賞、同物理学賞を受賞した。 平成 12 年以降、米国に次いで多くのノーベル賞受賞者を輩出していることは、我が国の科学 研究の高い水準と研究者の層の厚さを示すものであり、学術研究と人材育成に関する産学官の 努力と国民の支援が結実したものである。他方、近年、世界の学術研究が急速に発展する中で、 我が国の研究教育環境が劣化し、それが、我が国の高等教育に対する国際的な評価の低下を招 くことになるのではないかという懸念が各方面から表明されている。言うまでもなく、高い研 究力と優れた人材育成環境を維持していくことが、我が国の発展にとって極めて重要である。
日本学術会議は、我が国の高等教育が抱える重要な問題を以下のように認識する。
第 1 に、先の幹事会声明の「6.」で言及した人文・社会科学における質的向上の必要は、 同分野に止まるものではない。すなわち、人文・社会科学、生命科学や自然科学・工学の分野 を含む、我が国の人材育成には、グローバル化への対応、リベラルアーツと専門科目によって 的確に構成された学部・大学院のカリキュラムと学習の達成目標の設定や評価方法の採用等に おいて課題がある。さらに研究においても、基礎と応用や実用との間の区別と連関に関する社 会的共通理解の不足等の課題をなお抱えている。我が国の大学において、今後速いテンポでこ うした課題に対処するための改革を進めて、国内外の学生が自分の学修の目標と達成度を認識 することができ、真の意味で社会に有用な人材が育ち、さらに研究成果が社会に還元されるよ うに、高等教育機関を研究と教育の国際的な拠点として強化していくことが求められている。
第 2 に、この通知は、第 3 期中期目標・中期計画の内容に関する文部科学省の要求という位 置付けであったことから、国立大学に対する運営費交付金の配分を方向付ける文書として関心 を集めた。第 1 で述べた改革を実行していく過程で、国立大学への運営費交付金、私立大学へ の助成金、その他の高等教育への国の資金、大学に所属する研究者を含む科学・技術の研究者 への研究資金等を、少なくとも今後一定の期間においては安定的に確保することが、各大学による自主的な改革を進める上で不可欠である。特に、国立大学運営費交付金のこれまでの経過 を振り返れば、毎年 1%ずつ削減されることによって、大学における教育・研究そのものに支 障を来している。その結果、肝心な改革が停滞したり、若い有為な人材を登用することが次第 に困難になってきたりしている。これを防ぐためには、厳しい国家財政の中でも国民の合意を 得ながら、改革を可能とする財源の確保が必要である。
第 3 に、大学改革にあたっては、目先の実用性に目を奪われるのではなく、幅広い教養と優 れた専門性を備えグローバルな視野を持った人材を育成することが必要である。このことは、 例えば、国立大学協会が発表した「国立大学の将来ビジョンに関するアクションプラン」4(9 月 14 日)に示されているばかりではなく、経済界においても、例えば日本経団連が先述の通 知に関連して出した文書において「学生がそれぞれ志す専門分野の知識を修得するとともに、 留学をはじめとする様々な体験活動を通じて、文化や社会の多様性を理解することが重要」(日 本経済団体連合会「国立大学改革に関する考え方」59 月 9 日)としている。したがって、学術 界のみならず、大学卒業生の多くが職を得る産業界との対話を含んだ幅広い場において、大学 のあり方について議論し、合意を形成することが必要である。

3.大学改革に向けた提案
このような認識から、日本学術会議は、既に設置している「学術振興の観点から国立大学の 教育研究と国による支援のあり方を考える検討委員会」において、大学のあり方に関する提言 を行うために審議を継続する所存である。同時に、その途中の段階でも主要な論点を公表し、 国民的な議論を起こし、グローバル時代に必要な人材を送り出し、優れた研究成果を生み出す 高等教育機関のあり方を模索することが必要と考える。日本学術会議は自らこのような活動を 行うとともに、関係機関(1)、(3)及び政府(2)、(4)に対して以下のことを提案す る。
(1) 高等学校・高等専門学校卒業生はもとより、社会人にとってもより魅力的な大学となるた めの学修内容や学部・学科構成のあり方、及び大学の研究成果が基礎、応用、実用のそれ ぞれの段階でより社会の発展に資するものとなるためのあり方、さらにグローバル時代に 世界の学生や研究者が魅力を感じる教育研究組織となるための我が国の大学のあり方等 について、大学・学術界、産業界、一般の方々が自由に意見を交わして合意を形成するための議論の場を設置すること。
(2) 政府は、上記議論の場から得られる提言を可能な限り尊重し、実施していくこと。その際 に、厳しい国家財政の下で、年金・医療等の高齢社会に対応した財政支出と高等教育を含 む次世代の育成に対応した財政支出にどのように資源配分を行うかを含めて、国民的議 論を促すこと。
(3) 国公私立を問わず、各大学は、積極的にこうした議論に参加して、得られた成果をもとに 自ら改革を実現していくこと。
(4)こうした改革が行われる間(概ね第3期中期目標・中期計画の6年間)、政府は、大学への 国の財政的支援を充実し、自主的な大学改革の実施が可能となるような環境を整えること。
日本学術会議は、以上の提案の実現を通じて、我が国における人材育成と科学研究の改善 と持続的発展を目指すものである。

2015年10日15日 日本学術会議幹事会
大西 隆 向井 千秋 井野瀬 久美惠 花木 啓祐 小森田 秋夫 杉田 敦 小松 久男 恒吉 僚子 長野 哲雄 大政 謙次 石川 冬木 福田 裕穂 相原 博昭 土井 美和子 大野 英男
川合 眞紀
会長 副会長

同 第一部長
同 副部長 同 幹事 同 幹事
第二部長
同 副部長 同 幹事 同 幹事
第三部長
同 副部長 同 幹事 同 幹事


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