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2016年01月15日

これは言論封殺だ! 不正告発教授のクビを切った岡山大学の愚挙

現代ビジネス(1月14日(木)7時1分配信)

これは言論封殺だ!不正告発教授のクビを切った岡山大学の愚挙

驚きの解雇理由

 岡山大学は1月12日、「大学教員としての適性を欠く」として、前薬学部長の森山芳則(62)教授と、前薬学部副部長の榎本秀一教授(52)を解雇したと発表した。

 岡山大学教育研究評議会は、「審査説明書」のなかで、私への情報提供を解雇理由のひとつとして挙げている。

 <(森山教授は)榎本教授とともに、フリーライター伊藤博敏氏に対して、大学院生の博士論文の不正を学長に訴えたところ、学長が「この件については騒がないで欲しい」「こんなこと(不正の暴露)をやったら、ウチの大学はたいへんなことになる」と話し、数値の操作や細胞映像の使い回しなど改竄された研究データを基とした論文が28本存在するなどとする情報提供を行った>

 これは、記者として、絶対に看過できないことである。(岡山大学の「不正論文問題」については、2014年2月に公開したこの記事を一読いただきたい。<データ改ざん、不正論文が次々発覚! 製薬業界と大学「癒着の構造」に切り込んだ2人の岡山大教授の闘い http://gendai.ismedia.jp/articles/-/38358>)

 新聞、テレビ、雑誌、あるいは私のようなフリーの立場にある者も含め、記者は組織内外の情報提供者によって支えられている。

 情報は、精査し、裏付けを取り、公益性があって、世に問う価値があると判断した時に記事化するわけだが、たとえ記事化が難しくとも、情報提供者には丁重に接する。その果てしない繰り返しが記者の仕事である。

 そうしたなか、2013年末から14年初めにかけて、「製薬会社と大学医学部の暗部」「研究者が陥りやすい論文不正」について語ってくれた森山、榎本の両教授は、私にとって、医療と製薬と研究現場で発生している不正をどう認識すればいいかの道筋をつけてくれ、それを暴いて世に問う知識を与えてくれた、羅針盤のような存在だった。

 そもそも両教授が訴えたいことは、岡山大学の論文不正だった。12年1月、薬学部大学院生の論文不正に気付き、それを調査のうえ、森田潔学長に訴えたところ、森田学長が命じたのが、「問題を大きくするな」という“指示”だった。

 それに反発した森山、榎本両教授は、学生の論文から有名教授の研究発表まで200本以上の論文を精査、研究データの改ざんを含め、28本の論文不正が見つかったことを私に情報提供してくれた。

 両教授の思いは、こうした不正の土壌を除去することである。一時的に大学の名誉や信用を毀損したとしても、将来的にはそれが岡山大学の医学部と薬学部の信用を回復、地域医療の中核としての地位を向上させると信じた。

実名告発の代償

 それは時宜にかなう行為だった。

 岡山大学での不正追求の動きは、同時期、東京地検特捜部が薬事法違反で捜査に入り、14年7月、世界的な製薬会社・ノバルティスファーマの元社員を起訴して終結したノバルティス事件と重なっている。

 年間売上高が1000億円を超えるメガヒット商品の降圧剤ディオバンは、京都府立医大、東京慈恵会医大、滋賀医大、千葉、名古屋の5大学の教授らが、「他の降圧剤より、脳卒中や狭心症を防ぐ効果が高い」とするノバルティスの意向を汲んだ論文を発表、見返りに総額で約11億円の奨学寄付金を供与されていたほか、個人的には、医師向け雑誌等のディオバン推奨広告に登場、座談会料などの名目で金銭を受け取っていた。

 ディオバン問題は、11年頃から基礎研究論文の不正が指摘されるようになり、12年には論文不正の指摘が相次ぎ、大学側が調査委員会を立ち上げて精査、画像の捏造、改ざんなどが指摘され、論文が撤回され、最終的には14年1月、厚労省が薬事法違反で刑事告発、前述のように事件化した。

 また、大学医学部は絡まなかったが、14年1月、小保方晴子氏のSTAP細胞が権威ある英学術雑誌「ネイチャー」に掲載され、大ブームを巻き起こしながら、半年で論文不正が発覚。論文は撤回され、日本の再生医療研究の第一人者で小保方氏の後ろ盾だった笹井芳樹氏が自殺するという、不幸な幕引きとなった。

 大学医学部と製薬会社との癒着、研究者たちの功名心など、さまざまな理由によって、論文不正が横行していることが周知徹底されたのが12年から14年にかけてであり、森山教授の「科学者が不正などしない」という思いは、大学院生の博士論文の不正をきっかけに、打ち砕かれ、それを実名告発した。

 私は、その思いに乗り、本コラムや週刊誌、月刊誌などで、岡山大学、ノバルティス事件、小保方問題を取材、記事化。そういう意味で、両教授の“指導”は有難かったし、一連の記事は公益性に適うものだった。

 ところが、ノバルティス事件、小保方問題と岡山大学問題は真逆の結果となった。

「パワハラがあった」と断定

 大学医学部と製薬会社の癒着、研究論文不正の土壌が、一朝一夕に変わるとは思えないが、2つの事件は、そういう現実があることを世に知らしめ、警告を与える効果があった。ところが、岡山大学問題は、地元紙では指摘されたものの、マスコミの目が届かないこともあり、両教授は追い詰められていく。

 まず、論文不正の指摘と歩調を合わせるように、「2人にパワーハラスメントがあった」としてハラスメント防止委員会の調査が始まり、パワハラ行為が認定され、14年9月25日、2人は9ヶ月間の停職処分を受け、森山教授は薬学部長職、榎本教授は副部長職を解任された。

 停職処分は15年5月25日に開けるが、その直前の5月20日、自宅待機処分を発令され、その間に研究教育評議会が開かれ、私への情報提供を含む9項目を審査、15年12月、解雇を決定した。

 なお、両教授が訴えた論文不正については、大学側は調査委員会を設置。15年3月、「不正はない」という結果に至ったとして、その概要を3月27日、大学のホームページに掲載している。

 1月12日午後1時からの発表は、同日午前10時、森山教授が記者会見を開き、榎本教授とともに、処分の無効と1000万円ずつの慰謝料を求めて提訴したことを明らかにするのを受けてのこと。大学側は会見で、論文に不正がなかったことを改めて強調するとともに、「真実と認められない情報を流し、大学の名誉や信用を傷つけた」と、解雇理由を説明した。

 私は、記者会見終了時点の1月12日を回答期限とする森田学長宛の以下の質問書を、1月8日の時点で作成、窓口の広報・情報戦略室に送付した。

 ①私は、森山、榎本両教授の論文不正の告発が意義深いものであると考え記事化した。その記事をもとに解雇するということは、憲法21条が保証する表現の自由を侵すことにならないか。

 ②両教授は、最初から森田学長と対立していたわけではなく、学長が「剽窃論文」を隠蔽したことでこじれた。学長自身の不手際が今回の事態を生んだのではないか。

 ③近年、公益通報者保護法など、内部告発を認める動きが一般化している。両教授の告発は、公益に資すると考えて記事化したが、それを封じるのは、むしろ岡山大学の名誉と信用を傷つけるのではないか。

 それに対して、企画・総務担当の阿部宏史理事が、次のように回答した。

最後まで見届ける。そして、追及する

 <まず、前提として、森山、榎本両氏が、貴殿に対して提供した情報が事実とは認められず、それによって、本学の名誉と信用は、著しく傷ついた。記事となったことではなく、名誉を傷つける内容の情報を提供したことを解雇理由としたのだから、憲法が保障する表現の自由を害したとはいえない。

 また、貴殿は学長が「これ以上、騒がないで欲しい」と、論文不正を隠蔽したことを前提としているが、そのような事実はなく、したがって、②と③は隠蔽指示の事実がないのだから、ご指摘は的を得ていない>

 いずれにせよ、両教授の法定を舞台にした戦いはこれからも続き、そこで私が投げかけた疑問に対する回答がなされるだろうし、隠蔽があったという指摘の正否も問われる。

 そして、論文不正に関する検証も継続する。『毎日新聞』が、今年1月3日付けの紙面で「論文不正 告発に生データ見ず『適正』 岡山大調査委」というタイトルで掲載したように、調査委の「一切の不正はなかった」という結論は、最初にそう決めていたかのような不自然さが漂う。

 それを最後まで見届けるとともに、追及を継続することが、「情報を受け、それを発信した記者」の責務だと思っている。

伊藤 博敏

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