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2016年02月09日

お金ないから大学行けない 国立でも授業料年54万円、40年前比15倍

毎日新聞(2016年2月4日)

「国立大の授業料は安い」というのは、もはや昔の話だ。2015年度の授業料は年間約54万円で、40年前よりも15倍に値上がりし、私立との差も縮まった。授業料の高騰は、大学生2人に1人が奨学金を借り、卒業時に数百万円の借金を背負う状況も招いている。このままでは、大学に行ける層と行けない層が所得で明確になる階級社会が生まれてしまうのではないか。【石塚孝志】

 「ある学生の話ですが、母親から奨学金をもらっている人と付き合ってはだめと言われたと。もし結婚したら、相手の借金返済で家計が苦しくなるからというのが理由です」と驚くのは、著書「希望格差社会」のある中央大文学部の山田昌弘教授(社会学)。「日本は、親があまり裕福でなかったら大学へ行くなという階級社会に確実に向かっています。さらに大学に行っても奨学金受給の有無が学生間に結婚格差までも作り出している」と指摘する。

 経済的な理由で大学進学が困難になっている状況は、幾つかの調査で裏付けられる。まず、国立社会保障・人口問題研究所が11年に発表した「結婚と出産に関する全国調査」。その中で「理想の子ども数を持たない理由」の1位は「子育てや教育にお金がかかりすぎる」で、約6割が挙げた。日本政策金融公庫が昨年2月に発表した教育費負担の実態調査では、高校入学から大学卒業までに1人当たり平均880万円が必要と試算した。その一方で民間の平均年収は減少。国税庁によると、14年が415万円で、04年から約24万円も減った。山田さんは「教育費の工面は厳しく、大学に行かせたい親は子どもの数を絞る傾向がある。これでは、より少子化を招いてしまいます」と話す。

 文部科学省によると、40年前の1975年度の大学授業料は、国立は3万6000円、私立の平均は約5倍の18万2677円だった。その後、国私間の差は徐々に縮まり、14年度は国立が53万5800円、私立が86万4384円で約1・6倍になった。

 この授業料の格差是正について、旺文社教育情報センターの大塚憲一センター長は「政府は本来なら私立の補助金を引き上げて授業料を抑えるべきなのに、国立の授業料の値上げで格差を縮めてきた」と指摘する。将来的にはさらなる授業料値上げの懸念もありそうだ。

 そもそも日本の大学授業料の国際的な水準はどうなのか。経済協力開発機構(OECD)が昨年11月に発表した教育に関する調査では、日本は13?14年ベースで「授業料が高額で、学生支援体制が比較的未整備の国々」に分類された。また、大学など高等教育に対する国の財政支出を国内総生産(GDP)比で見ると、12年ベースで日本は0・8%。OECD加盟34カ国の平均1・3%を大幅に下回り、高等教育に冷たい国の姿勢が際立っている。

 この背景について、教育ジャーナリストの渡辺敦司さんは「自民党や財務省には、教育は個人の利益だから利益を受ける人が払えという『受益者負担』の考えが強くある」と説明する。対照的な国として挙げたのが北欧諸国。「授業料が無料か低額で、支援制度が手厚く、教育は社会で支えるという理念がある。日本は、家族が無理してでも進学させたいという国民性に国が頼っているだけなのです」

給付型奨学金なし、借金重荷に

 では、OECDに「比較的未整備」と認定された、この国の学生支援体制はどうなっているのか。奨学金問題対策全国会議事務局長の岩重佳治弁護士は「世界で奨学金といえば、返済義務のない給付のこと。先進国で公的な給付型奨学金制度がほとんどないのは日本だけ」と、お寒い現状を説明する。

 奨学金制度の詳細を知ろうと、独立行政法人「日本学生支援機構」の12年度の「学生生活調査結果」を見ると、大学生の厳しい懐事情が浮かび上がる。昼間部の学生の過半数52・5%が奨学金を受給。そのうち9割の学生が受給している同機構の奨学金の内容は次の通りだ。国公立で自宅通学の学生は無利子で月最大4万5000円、有利子なら同12万円を借りることができる。返済額は人によって違うが、無利子で4万5000円を4年間借りた場合、卒業後は216万円の借金を背負う。

 岩重さんは「学費が上がり家計が苦しい中で、奨学金を利用せざるを得ない学生が増えている。将来の仕事や収入が分からずに借りるため、もともと延滞が起きやすい。しかも非正規雇用ならば収入が安定せず、一生借金漬けになる恐れがある」と警告する。

 政府は16年度には無利子奨学金貸与者や授業料免除者の増員などを予定するが、岩重さんは「規模も小さく、根本的な解決になりません。政府は貸与ではなく、給付型奨学金や、より柔軟な返済制度を整備すべきです」と訴える。実は、文科省が給付型制度の創設を要求しても、財務省は財源不足などを理由に認めてこなかった。先月21日の参院決算委員会でも麻生太郎財務相は「単なる財政支出になる。将来世代からの借金と同じ」と述べている。

 財務省に根強い受益者負担論を崩す一つの解決策として、東京大の小林雅之教授(教育社会学)は「教育にお金を掛けることは個人だけでなく、社会的、経済的効果があることを示す必要がある」と話し、三菱総合研究所が10年に発表した調査内容を挙げる。概略は、大学生1人当たり約230万円の公的な教育支出により、卒業後に税収の増加、失業給付金や犯罪関連費の抑制などで約2倍の便益がある??というものだ。

 小林さんも参加する文科省の教育再生実行会議が昨年7月に発表した第8次提言では、7000億円の予算で、大学生の奨学金完全無利子化や、大学・専門学校の授業料の公立高校並みへの引き下げができるとした。要は、日本の将来を託す若者にお金を掛ける意思があるのかという話だ。

若者よ、声上げよ!

 大学進学時の所得階層差が拡大していると見る小林さんはこう訴える。「所得の高い層が私立に比べて学費の安い国公立に流れ、所得の低い層がはじき出される傾向が出ている。大学進学のために必死でお金を工面してきた所得の低い層の無理がそろそろ限界に来ている」。さらに中学・高校生にも現実を教える必要性を説く。「この時期から借金を背負うリスクを教えなければいけない。貧乏だから大学に行けないと言う子には『そんなことはない』と伝える一方で、奨学金に頼る危険性も説明すべきです」。このような現実を見据えて、小林さんは「教育費の負担軽減は待ったなし」と力説するのだ。

 岩重さんが重要視するのは、若者が声を上げることだ。「大きな声にまとまれば、国も無視できないはず」と指摘する。

 今夏の参院選では初めて18歳からの選挙権が認められる。若い人にはぜひ、自分たちの問題として考えてほしい。


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