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2018年01月23日

授業を無断録音し教授を解雇した明治学院大学の犯罪

■紙の爆弾(2017年2月7日)

授業を無断録音し教授を解雇した明治学院大学の犯罪

浅野健一

 東京都港区白金台にある明治学院大学(明学大、松原康雄学長)といえば、日本最古のミッションスクールで、いまでは「SEALDs」が誕生したリベラルな学風で知られるが、この大学で教職員がある教授の講義を無断録音して、教授が教室で大学批判をしたとして懲戒解雇し、教授側が東京地裁に地位確認の裁判を起こすという紛争が起きている。
 筆者も3年前、理解不能の理由で定年延長を拒否されて同志社大学から完全追放され、京都地裁で地位確認訴訟を起こしており、今年3月1日に判決が言い渡される。一方、文部科学省の元高等教育局長が早稲田大学教授に天下りした問題も発覚した。明学大事案をきっかけとして、「大学教授」のあり方を考えたい。

 大学ぐるみで隠し録り、盗聴
 1月7日付の東京新聞に〈無断録音「学問の自由侵害」解雇の元教授、明治学院を提訴〉という記事が載った。このニュースは他紙には出ていない。同記事によると、授業を秘密録音(盗聴)されたことを告発して解雇されたのは倫理学を担当する寄川条路・明学大教養教育センター教授(55歳)だ。
 寄川氏は昨年12月28日、明学大を運営する学校法人明治学院に教授としての地位確認と、慰謝料など約1,370万円を求める訴訟を東京地裁に起こした。
 訴状などによると、寄川氏は2015年4月の講義で、大学の運営方針を批判したことなどを理由に、同12月に大学側から厳重注意を受けた。大学側は、授業の録音を聞いて寄川氏の批判を知ったと認めたため、寄川氏は学生が何らかの情報を知っているかもしれないと推測。テスト用紙の余白に大学側の教授の名前を挙げ「録音テープを渡した人を探している」と印刷し、呼び掛けた。これに対し大学側は、その教授が録音に関わった印象を与え、名誉毀損に当たるなどとして昨年10月17日付で懲戒解雇した。
 寄川氏は文学博士で、『ヘーゲル哲学入門』や『初期ヘーゲル哲学の軌跡』などの著書があり、「紀川しのろ」の筆名で随筆家としても知られ、和辻賞(日本倫理学会)、日本随筆家協会賞などを受賞している。14年10月には、東京都内の古書店でドイツの哲学者ヘーゲルの自筆書き込み本を発見し話題になった。
 寄川氏は同年10月28日、東京地裁に労働審判の申立を行なった。12月8日に地裁は「解雇は無効だから復職を勧める」とし、復職させるよう大学側を説得したが、大学側は「復職ではなく金銭解決を望む」と表明、寄川氏は「金銭解決ではなく復職」と要望したため、地位確認訴訟に移行することになった。
 大学側は労働審判で秘密録音の事実を認めた。寄川氏の授業を盗聴したのは教養教育センター長の黒川貞生教授で、実際に授業を録音したのは、大学によれば「教職員」とのことで特定されていない。
 授業を録音していたのは大学の方針を批判している教員を処分するためで、録音テープを使用していたのは、調査委員長の嶋田彩司教授(元センター長)。解雇理由は「懲戒解雇と普通解雇」の二つがある。懲戒解雇の理由は「授業の秘密録音が行われていたことを、関与した教員の名前を挙げて告発した行為。授業で学生に公表し、学内の人権委員会、教授会、教員組合に、学外の裁判所、マスコミ、文部科学省などに、通知したこと」など。普通解雇の理由は、「授業の内容と教科書の内容が大学の権威とキリスト教主義を批判しているから」だとされた。
 東京新聞の記事によると、大学側は労働審判で職員による録音を認めたうえで「録音したのは実質的には授業でなく、(年度初めの)ガイダンス。授業内容を根拠としての解雇ではない」と説明した。

 授業の盗聴は教育の自由の侵害
 これに対し、寄川氏は「授業の盗聴や秘密録音、録音テープの無断使用は不法行為である」「授業や教科書の検閲は、表現の自由、学問の自由、教育の自由の侵害である」と主張している。
 寄川教授はこう訴えている。
〈副学長によれば、明治学院大学では、授業の盗聴が「慣例」として行なわれており、今回の秘密録音も大学組織を守るために行ったとのことだ。同大学では、大学の権威やキリスト教主義を批判しないように、授業で使われる教科書や配付される資料を事前に検閲したり、提出された学生の答案用紙を無断で抜き取って検閲したりしていた。今回の事件については、授業を秘密録音して教員を解雇した「目黒高校事件」と同様、表現の自由、学問の自由、教育の自由をめぐって、これから本裁判で争われることになる。
 なお、明治学院大学は今年(15年)、教養教育センターの教員と科目の20パーセント削減を決めていた。〉
 寄川氏はメディア関係者へ送ったメールに、次のような〈小論「盗聴される大学の授業」〉を付けた(要約・抜粋)。
〈相手に知られることなく無断で会話や電話を録音する「秘密録音」が社会に急速に広がっている。(中略)大学の授業も例外ではない。熱心な学生が復習のために授業を録音するのではない。休んだ学生のために録音するのでもない。そうではなく、教授が何を話しているのかをチェックするために、大学が授業を録音するのだ。
 大学では、教室にこっそり忍び込んで、学生に気づかれないように授業を録音して、教員を処分するための証拠に仕立て上げる。録音資料は本人のいないところで使用し、だれが録音したのかはわからないように隠しとおす。
 先生たちは、自分の授業が録音され、ほかの先生たちに聞かれているのではないかと、おびえながら授業を進めていく。教員同士の信頼関係はくずれ、そこに学生たちも巻き込まれていく。(中略)
 大学の講義を盗聴しても、秘密録音しても、録音テープをかってに使用しても、何とも思わない大学教授の集団が、体制に順応し、組織を守り、規則に従い、国家に奉仕する、そうした模範的な青年を作り上げていく。標的とされるのはまずは思想系の教員で、哲学や倫理学を担当する教員が大学から排除される。空いたポストに実務経験者が学長推薦で採用され、就職のための教育を施す。実務教育に馴らされた学生たちは、飼育されて去勢され、りっぱな大人となって社会へ送り出されていく。異様な光景を見た若い先生は別の大学に移っていき、ベテランの先生はうつ病で辞めていく。こころの病で休んでいる先生は大学にも多い。
 かつて、授業の盗聴をめぐって裁判があった。録音資料をもとに教員を解雇した学校は違法ではないと主張し、解雇された教員は違法だと主張した。裁判所の判決は、教員の同意なく授業を録音することは適切な手段ではなく、そのようなことをすれば、「教育の自由の空気」が失われ、「教員の授業における自由および自主性」も損なわれるから、不当な支配に当たるというものだった。
 まっとうな判決だが、ことは法律の問題だけではないだろう。(中略)
 いつだれがどこで自分の声を録音しているのかわからない。大学のキャンパスからは、雑談や世間話をする声が消えてしまった。教室とは盗聴とか秘密録音とかをするところではなく、安心して教員と学生が自由に議論のできる場でなければならない。〉
 寄川氏の解雇理由には、彼が教科書にしていた紀川のしろ著『教養部しのろ教授の大学入門』(ナカニシヤ出版、2014年)も挙げられ、大学側は、「大学一般、明治学院大学、キリスト教主義への愚弄」などを問題にしている。
 この本では、平成学院大学(仮名)での教養科目を教える教授の1年がユーモラスに描かれている。無意味な教授会、大学の教員採用人事のいい加減さ、大学紀要の実態がリアルに描かれている。本の帯には「大学で教えるためには国家資格も教員免許もいらない。大学の先生になるための採用試験もなければ、教育実習もない」などとある。あとがきには、「世間の常識は大学では通用せず、大学の常識は世間では非常識となる」とあった。受験生や保護者が、日本の大学がどういうところかを知るには最適の本だ。

 名前も名乗らない明学大広報課長
 東京新聞の記事では、明学大広報課は「懲戒処分は手続きに沿って適正に判断した。個別案件についてはコメントできない」としている。私は1月16日、同広報課に電話したところ、「ソメカワ」という職員が対応した。彼女は、「(寄川氏の件は)係争中の案件なのでお答えできない。個別の案件の取材には応じられないということだ」と取材を拒否した。
 彼女は電話の最初に名前を名乗ったが、「大学の見解を広報課が伝えているので、私の名前、役職は言えない」と言い張った。「いまどき、広報課スタッフが氏名を言わないのは官庁にもない。課長などの管理職に代わってほしい」と私が言うと、「私が広報課長だ」と言った。そこで、広報課長の姓名を確認するため総務課に電話した。アオヤマと名のった課長は「取材なら、広報課にすべて任せる。広報課が判断したことについて何も言えない。私の氏名も言えない」と述べた。大学の総務課によると、私に対応したのは染川真由美・広報課長と青山尚史総務課長(元教務課長)だ。
 寄川氏は1月24日、私の取材に次のように述べた。
「大学側がいう『その教授が録音に関わった印象を与え、名誉毀損に当たる』とする教授は、調査委員会委員長の嶋田彩司教授です。録音者は教務課職員か黒川センター長と思われるが、特定されていません。録音が確認できているのは、全15回のうちの第1回目の授業。大学側は、1回目の授業を『通常の授業』ではなく『授業ガイダンス』と呼んでいます。1回目の授業で行なわれたのは、大学の授業の運営方針(=履修者制限)への批判です。556人収容の大教室なので教職員がいても気付かず、実際、教室の中に職員らしき人がいたことがあります。教室のドアの向こう側で教務課職員がスマホを操作していたことや、教授会を教務課職員が盗聴していたこともあります」
 寄川氏がこの事案を知らせた団体、組織の反応については、こう話した。
「学内の人権委員会、教授会、教員組合は取り上げない。朝日新聞と読売新聞は電話取材。東京新聞は面談取材。文科省は反応なしでした。メディアで報道したのは、私が知るかぎり、東京新聞・中日新聞だけです」
 寄川氏は「言いたいことは多々あるが、代理人の弁護士と相談したところ、裁判が終わるまでは、情報は大学側にも伝わるため、できるだけ公開しないほうがよいということなので、しばらくがまんしている。裁判が終わってから、存分に表現したい」と言っている。確かに、裁判になると、どんな組織も自己防衛のために何でもやってくる。裁判に勝つことが何より大事なので、賢明な判断だと思う。
 東京新聞以外の報道機関がこの事案を報道しないのはおかしい。新聞社にとって大学は重要な広告収入源などで、記事にしないのではないかと疑ってしまう。

 「日本最古のミッションスクール」で盗聴
 明治学院はヘボン式ローマ字で知られるジェームス・カーティス・ヘボンが1863年横浜に開いた「ヘボン塾」を起源として「キリスト教主義教育」を掲げ、教育の理念を「Do for Others」(他者への貢献)としている。
 明学大の寄川氏に対する解雇攻撃と被告・明治学院の言動は常軌を逸している。弾圧された側が授業で学生に無断録音の事実を公表し、大学内外に事案を伝えるのは当然だ。解雇理由が「大学の権威とキリスト教主義を批判しているから」というのは、大学とキリスト教主義の自殺行為だろう。教員の授業を盗聴した者が処分を受けるのならわかるが、「授業を盗聴され秘密録音されたことを大学に告発した」教授が懲戒解雇されるというのは理不尽だ。
 中山弘正・明学大名誉教授(元明治学院学院院長、経済学)は「大学が教員の教室で話したことを録音するなどということは、あってはならない。退職して13年もたつので、この件については何も知らないが、私がいた時には、そういうことは一度もなかった」と話している。
 中山氏は1995年6月に、明治学院の戦争責任を告白した。学校法人明治学院はこの告白文を入れた『心に刻む 敗戦50年・明治学院の自己検証』を発行、その冒頭にこう書いている。
〈日本国の敗戦50周年に当たり、明治学院が先の戦争に加担したことの罪を、主よ、何よりもあなたの前に告白し、同時に、朝鮮・中国をはじめ諸外国の人々のまえに謝罪します。また、そのことを、戦後公にしてこなかったことの責任をもあわせて告白し、謝罪します。〉
 また、この告白文には、戦時中に国策に協力した「日本基督教団」の〈「統理」冨田満牧師は自らも伊勢神宮を参拝したり、朝鮮のキリスト者を平壌神社に参拝させたりしました(1938年)〉という指摘や、〈1939年、明治学院学院長に就任した矢野貫城氏は、宮城遥拝、靖国神社参拝、御真影の奉戴等々に大変積極的に取り組みました〉という記述があった。最後に告白は、海外に軍隊を派遣し始め、「殉国」の思想が現代的装いをもって、じわじわと日本社会のなかに浸透していると指摘し、この邪悪なる時代に対処する力を備えるよう訴えている。
 明学大がいまやるべきは、教員の「監視」ではなく、戦前を取り戻そうとする邪悪な安倍政治への批判ではないか。

 「御用組合」は不適切用語と非難した同志社大学
 寄川氏の事案と、同志社大学(水谷誠理事長)が私を不当解雇した手口には共通点が多い。同大も「キリスト教主義教育」を掲げている。
 私は22年間、共同通信に勤めたあと、1994年から同大の大学院と学部でジャーナリズム論を教えた。14年3月末の「定年不延長」(同大では65歳が定年だが、大学院教授は70歳まで定年が1年ごと自動的に延長される)をめぐり、京都地裁において裁判中だ。
 私の場合は大学執行部との紛争ではなく、大学院社会学研究科メディア学専攻・社会学部メディア学科の同僚教員6人(渡辺武達名誉教授、小黒純・竹内長武・佐伯順子・池田謙一各大学院教授、河崎吉紀・学部准教授)と冨田安信社会学研究科長・社会学部長(当時。産業関係学教授)が共謀した闇討ちだった。この7人を背後で支えたのが、対米隷従で安倍首相に近い村田晃嗣学長(15年11月の学長選挙で敗北、現在法学部教授)らだ。
 小黒氏らは13年8月から地位裁判の代理人弁護士らと相談しながら私の追放作戦を進めた。小黒・竹内・佐伯・池田各氏は13年10月30日の社会学研究科委員会で私が退席したあと、私を"不良教授"と非難した「浅野教授 定年延長 審議資料」と題した怪文書を配布した。怪文書は、私が学生向けの講義要項に、〈大学院教授としての品位にかける表現 例「ペンとカメラを持った米国工作員」「労務屋」「企業メディア"用心棒"学者」「デマ」など〉の〈不適切用語〉を使ったと非難した。
 私は地位確認裁判とは別に、この4人と黒幕の渡辺氏を相手取って、京都地裁に名誉毀損・損害賠償訴訟を提起した。この「怪文書」5人裁判の証人尋問が1月12日に京都地裁で開かれ、原告の私と渡辺・小黒両氏が証言した。渡辺氏は「(浅野の定年延長について)全く関心がなく、何も関与していない」と証言した。
 小黒教授は主尋問では、私に対するヘイトスピーチをなめらかに述べたが、原告側弁護士による反対尋問では、人が変わったように言葉を見つけるのに必死だった。「博士後期課程の教授でないあなたに、浅野教授の業績を云々する資格があるのか」という質問には、「謙虚に答えなければなりませんが、……あると思う、ということにしておきましょう」と答えた。学生に労務を強制したという陳述書(16年12月20日=地位裁判結審の日に提出)の記載について、「何人の学生から聞いたのか」という問いには、「覚えていない」などと答えた。
 小黒氏は「(原告の支援者で)タドコロと名乗る人物が、私に対し『あなたは人の首を切って平気なんですね』と脅迫した。何らかの危害が加わられるのではないかと、恐怖にさらされ怖かった」「原告は、多数の学生を引き連れて佐伯教授を取り囲んだ」などと証言をしたが、ウソである。また「原告が職場にいることで教員は常時強いストレスにさらされ、長く続く恐怖感によって突発性難聴などを発症した。私は帯状疱疹に罹った」とも証言した。私が「菌」だというのだ。裁判は4月13日の次回期日で結審する。
 大学教授の地位は国会議員、法曹人、ジャーナリストなどと同様、簡単に剥奪されてはならない。私の恩師である白井厚・慶應義塾大学経済学部名誉教授(社会思想史)は14年1月の同大での「ドイツ古典哲学の教えるところによると、大学の教授というのは全面的な自由を持ってなければならないということだ。それは自由な発言をすることによって、優れた教授の優れた研究が生まれるからである」と話している。


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