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2018年04月09日

明治学院大学、授業盗聴・教科書検閲・理事会乗っ取り いま大学で何が起きているのか?

『紙の爆弾』(2018年4月号)

授業盗聴・教科書検閲・理事会乗っ取り
いま大学で何が起きているのか?

タケナカ・シゲル(著述業・編集者)

「これはセクハラなのではありませんか?」と、法廷に女性弁護士の声がひびいた。問題にされた発言とは、こんなものだ。
「そこの色白の彼女、先生は色白が好きです。あとで一緒に帰りますね」
 この発言を女性弁護士に質されたのは、一昨年に明治学院大学(東京都港区)を懲戒解雇された、寄川条路元教授である。ここに紹介する公判は、寄川元教授の地位確認裁判の証人調べのシーンだ。証言に立った山下篤教務課長によれば、寄川元教授は新学期の最初の授業で「先生は7月に病気になりますから」「海外にいます」などと、7月の最終講義を休講にすることを学生たちに告げたというのだ。セクハラまがいの発言に仮病による休講の予告……。どうやら問題のありそうな元教授だが、取材をしてみると、真相はまったく別のところにあった。
 冒頭のセクハラまがいの発言は、じつは講義への集中をうながすための注意喚起で、不特定多数の学生に向けたものだった。色白の女子学生に語りかけたものではなかったのだ。7月に病気になるという休講宣言も、じつは課題未提出者にたいする救済措置だ。課題提出者にとってのみ、休講となるものだったのである。第1回の授業で元教授は、就活などで出欠が悪くても救済措置を講じると伝えたにすぎない。
 それではなぜ冒頭のような誤解を、被告側弁護人に生じさせたのか。いや、そもそもなぜ、授業で元教授がしゃべったことが問題にされ、懲戒解雇という私立大学では極めて珍しい事態に至ったのだろう。講義内容が教室外に漏れたのは、録音による以外にないはずだ。事実そうであった。
 おどろいたことに、大学の教職員の手で寄川元教授の授業の盗聴が行なわれたのだ。その真相を究明しようとして学生に情報提供を呼びかけたところ、懲戒処分の理由にされたのである。
 大学側が問題視しているのは些細なことばかりだが、講義の根幹にかかわのものもある。明治学院大学(横浜の教養教育センター)では大教室授業の問題点が指摘されていた。学生の私語で講義に集中できないというものだ。そこで大教室の授業を300人に制限しようとしたところ、寄川元教授がこれに反対したのである。寄川元教授の担当課目は、共通科目の倫理学である。受講生はトータル1,200人ほどで、元教授は学内外で人気教授として知られている。明学の卒業生が非公式サイトとして運営している「明学LIFE」から紹介記事を引用してみよう。
「明治学院大学でもっとも知名度が高い、倫理学を担当している寄川条路先生をご紹介します」「寄川先生は学内でもっとも人気のある先生です」「倫理学とは捉え方によってはどんな見方もできる学問です。寄川先生の授業では、日々の生活に潜む事象を俯瞰的に見てみる授業だった気がします」
 この記事は救済措置のレポート提出にもふれて、就活で出席できない学生への配慮に感謝が述べられている。
「話し方も優しさに溢れていて、授業の内容がすんなり耳に入ってくる」
 ややバイアスがかかっているとはいえ、寄川元教授が人気講師であることに間違いはないだろう。単に人気講師というだけではなく、彼は和辻賞(日本倫理学会)を受けるなど、ヘーゲル研究の第一人者のひとりである。著書や論文の業績も多い。「紀川しのろ」という筆名で日本随筆家協会賞を受賞している随筆家でもある。

 受講生300人限定をめぐる攻防

 500人をこえる大人数でも授業を切りまわせる人気教授にとって、300人限定は、来る者は拒まずという信念を侵されたに等しい。しかし、その反対意見は封殺された。受講生制限に例外は許されないとセンター長から通告された寄川元教授は、思いきった対抗措置に出る。学生向けのプリントに「抽選に漏れた人たちは、私にではなく教務課に抗議してください」と書き添え、教務課との軋轢が生まれた。
 そして極めつけは、教科書の内容が解雇理由になっていることだ。およそ焚書と呼ばれる行為でなくて、これが何であろうか。処分は懲戒解雇とはべつに一般解雇というかたちで補強されているが、その理由が教科書採用していた『教養部しのろ教授の大学入門』(ナカニシヤ出版)なのである。同書では架空の平成学院大学を舞台にユーモラスに大学が語られ、読者が大学を知るには格好の書だ。掛け値なしにおもしろい本だが、ミッション・スクールを「人間動物園」に例えたくだりが問題にされた。
 公判では「先生はこの大学にきて5年になりますが、その前は13年間、愛知の幼稚園の園長をしていました」と授業で話したことも問題にされた。事実は愛知大学の法学部教授である。公判で「原告は、(幼稚園の先生だと)学生にウソをついたのですか?」と被告側弁護人に問われた寄川元教授は「(弁護士)先生、講義は事実を述べる場ではないんです」と答えて、傍聴席を笑わせた。おそらくここに、この懲戒処分事件の本質の一端が顕われている。というのも、冒頭の弁護人の「誤解」がじつは、ためにする「曲解」であるからだ。人気講師の講義をこころよく思わない、派閥的な組織の意志がそこに働いているのではないだろうか。自身も停年延長を恣意的に拒否され、地位保全の裁判闘争を行なっている浅野健一・同志社大学教授は公判を傍聴して「嫉妬ですよ、研究者特有の。人気のある研究者を陥れようとする陰謀です」と感想を述べていた。
 組織の一員でありながら、個人事業主としての側面をもつ研究者たちの競争意識は、しばしば醜い嫉妬として顕れる。派閥をつくっては保身し、ライバルを追い落とそうとする。それは明治学院大学に限ったことではない。
 それにしても、講義内容の盗聴と教科書の検閲である。思想・表現の自由を、大学がみずから掘り崩したのだ。そして明らかに意識的な「誤解(曲解)」をもって、懲戒解雇という処分が行なわれたのだ。これまで大学の教員はハレンチ犯罪で逮捕されない限り、処分は受けない存在だと考えられてきた。それがリベラルアーツの教養主義がほんらい持っている、学問の自由・独立という精神の礎であるからだ。
 ところが調べてみると、大学を舞台にした解雇事件やパワハラ、ガバナンスをめぐる紛争は少なくない。札幌学院大学の片山一義教授が主宰する情報サイト「全国国公私立大学の事件情報」には、おびただしい数の不当解雇や権利侵害事件が掲載されている。その根っこにあるのは大学経営の危機であろう。18歳人口がいく度目かの減少に転じる2018年、2020年問題(入試改革)に備えて、各大学が人員削減につとめてきた。その基調は、人文科目の削減と理系科目の統合・新設である。
 明治学院大学においては2016年に教員の20%削減が発表され、非常勤講師の雇い止めが行なわれきた。人文系のカリキュラムを削る代わりに、人間環境学部という新学部の準備が進んでいるのだ。これで解雇の背景がわかった。この解雇は最初から計画されたものだったのだ。寄川元教授の解雇に積極的だった黒川貞生センター長が、まさに体育の教員として、副学長とともに新学部設置の先頭に立っているのだから。スポーツ学科を擁する新学部設置のためにこそ、寄川元教授が狙い撃ちにされたのだ。事実、現代思想系の教員が二人雇い止めになっている。
 かように、リベラルアーツと学問の独立が危機に瀕する事態が頻発している。そして文部科学省官僚の天下りがそれに拍車をかける。

 豪腕文科官僚の天下り

 城西大学(兄弟校に城西国際大学・城西短期大学を併設)は、大蔵大臣を歴任した水田三喜男元代議士が創設した学校法人である。年輩の方なら憶えておられるかもしれない、おでこに大きなコブがあった政治家だ。埼玉県坂戸市と千葉県東金市にキャンパスを持ち、薬学部を擁する総合大学として、グループ全体で14,000人の学生が学ぶ。
 その城西大学グループの理事に元文科省事務次官・小野元之氏が就任したのは、2012年のことだった。大学側にも天下り官僚をふところに抱えることで、監督省庁である文部科学省との関係を良好に保つ思惑はあったのだろう。ところが、小野理事は経歴にたがわない辣腕ぶりを発揮するのだ。
 まず文部科学省の学校運営調査を「査察」と言いなし、理事たちに「このままでは補助金が出なくなる」「解散もありうる」と吹聴することで危機感を煽る。そして2016年11月30日の理事会において緊急動議を出し、水田宗子理事長(三喜男氏の次女)が辞任を強いられたのである。その動議の中身がすごい。理事会の席で、小野理事は水田理事長を口をきわめて批判したという。すなわち、水田理事長が連日のように学長や副学長、教職員を怒鳴り上げ、叫び、暴れているというのだ。彼女は真っ向からこれを否定している。いずれ公判廷で事実関係が明らかになるはずだ。
 さらに小野理事は「大変失礼でございますが、いわゆる認知症にかかっておられるのではないか」と理事会で発言したという。この発言は名誉毀損事件として訴訟になっている。まだある。夏のアメリカ出張は私的な「カラ出張」であり、業務上横領にあたるというのだ。事実はふたりの息子が、それぞれ城西大学の姉妹校であるUCLAと南カリフォルニア大の要職にあり、業務上の会合だったと元理事長は主張している。けっきょく、名誉ある辞任をすれば理事職と教授職および大学院長の地位は継続されるという約束で、水田理事長はやむなく辞任した。
 ところが、この約束は反故にされる。小野理事は文科省の後輩である北村幸久秘書室長を事務局長に抜擢するいっぽう、会計調査委員会を設置した。そして調査結果が出る前に、北村事務局長のマスコミ向け記者会見が行なわれ、水田元理事長による「不正経理事件」は衆目の知るところとなった。水田元理事長はすべての役職を解かれ、研究室も封鎖された。計画的なクーデターらしく、打つ手は徹底している。
 だが会計調査委員会は理事会で決議されたわけではなく、人選も小野理事の人脈である。秘書室長でありながら、水田理事長を追放する立場になった北村事務局長は、二重の意味で裏切ったことになる。水田理事長の解任に反対した理事は追放され、追放劇に与した教職員には論功行賞が行なわれた。たとえば水田元理事長のスケジュールを管理していた女性秘書は、メールアカウント等のデータを持ったまま連絡を断ち、のちに生涯教育センター所長に抜擢された。27年間も信頼で結ばれていた元理事長を裏切ったのだ。ほかにも元理事長を支えてきた多くの人材が異動や退職を強いられた。
 寄附行為(学校法人の定款)に理事会での解任動議が馴染まないとはいえ、クーデターそのものが悪いわけではないだろう。問題はその中身であり、解任理由が正当かどうかである。解任理由のひとつに、水田清子名誉理事(宗子氏の母親)への退職金1億6,800万円が高すぎるというものがある。たしかに大企業の役員なみに高額だが、理事会で決裁した過程があるので、学園を私物化したとの批判は当たらないだろう。前理事長には三喜男氏が亡くなったあと、学園の混乱をおさめて短期大学と城西国際大学の創建に寄与した功績がある。学園に私財をつぎ込んできたことを考えればと、理事会が決裁したのだろう。裁判の争点と経過は『奪われた学園』(水田宗子・幻冬舎)に詳しい。
 現在、名誉毀損事件のほかに教授職としての地位保全仮処分申し立て、理事長代理(小野元之氏)に対する地位の不存在確認請求など、「水田事件」では四つの裁判が行なわれている。解任させられた武富紘人元事務局長も、退職強要の損害賠償で訴訟中だ。ゼミ生や卒業生を中心に「水田先生を支える会」がつくられ、水田宗子元理事長が比較ジェンダー論などフェミニズムの研究者でもあることから、上野千鶴子(ウィメンズアクションネットワーク理事長)らも支援の輪をひろげている。

 文科官僚による私学の乗っ取り

 城西大学の事例は文部科学省が組織として謀った事実はなくとも、官僚組織の持っている自己増殖の本能と理解するべきだろう。たとえば警察庁においては、暴力団犯罪や左翼運動が全盛期だった昭和40年代の28万人体制の規模を、平成の今におよぶまで維持しようとしている。
 悪い意味で城西大学が文科省官僚にとっての成功例なら、失敗の例もある。山口県下関市にある梅光学院大学では、改革のために天下りした文科官僚が独走のすえに、組織を崩壊させているのだ。
 かつてはお嬢さま学校として知られていた梅光学院は、2001年に男女共学となり、2012年から改革に取り組んできた。270人の定員にたいして、入学者が170人台まで落ちた時期もある。その背景には下関市と海峡を隔てた北九州市の人口減、それに加えて北九州市西部に学術研究都市(早大・九州工業大・北九州大・福岡大など)が充実したこともあげられる。そこで、学部の統合による合理化と学費値下げという相反する経営努力を、経費の削減や教職員のボーナスのカットなどで実現した。さらに地元の高校をまわる地道な営業努力、就職率のアップなどで定員を確保してきた。そして改革の切り札として、元文科省官僚の本間政雄氏を理事長に迎え、ガバナンスの強化をはかったのだ。本間氏は京都大学の副学長、立命館アジア太平洋大学(大分県別府市)で財務担当を務めた経歴を持つ。関東学院大学(横浜市)では常務理事から理事長になろうとして、このときは逆に排斥されている。
 ところが「定員割れを解消した改革の成功が仇になった」と、一昨年に雇い止めになった菅孝行元特任教授(劇作家)は語る。菅氏自身、改革派に誘われての就任であったが、教授会への出馬も「守旧派」「抵抗勢力」と対抗させられるためだったという。
 本間理事長・樋口紀子学長・只木徹統括本部長を中心とする執行部は、反対意見をのべる教職員に退職を強要し、多くの教職員が学園を去っていった。その結果、教職課程設置に不可欠の資格をもった教員が不足し、文科省から教職課程を1年間凍結される羽目に。残業代の未払い、あるいは中学高校における無資格教員の発覚、授業が成立しないなど醜聞が相次ぎ、国会の文教委員会でも問題にされた。大学院の指導教員を退職させたために、大学院の存続も危ぶまれる状態だという。
 このような事態に、教員や同窓生を中心に「梅光の未来を考える会」が地域ごとに結成され、現役の学生たちも声を挙げはじめている。雇い止めとなった矢本浩司特任准教授の裁判(地裁で地位保全の決定)をはじめ、給与減額をめぐり10人の教職員が提訴した裁判では、赤字を言い訳にしている執行部が役職を兼務することで手当を受け取っていることが明らかになった。裁判で膿が出されるのを期待したい。
 今回ふれた3校以外にも、問題を抱えている大学は少なくない。文科官僚ではなく、共産党員が独裁的に行政を仕切り、経営の危機を招いてしまった立命館大学。なんと、キャンパス内に交番をつくってしまった同志社大学。
 元大学職員の田所敏夫氏の著書『暗黒時代の大学』(鹿砦社)には、今の大学が抱える危機が現場の視点で解き明かされている。人づくりを使命とする最高学府には、教育・研究の原点に立ち返ってもらいたいものだ。


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