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2018年06月26日

日大教員たちが訴える「大学本部の腐敗」 非常勤を解雇し、専任教員で穴埋め

プレジデント・オンライン(2018年6月26日)

日大教員たちが訴える「大学本部の腐敗」
非常勤を解雇し、専任教員で穴埋め

ジャーナリスト 田中 圭太郎

 日本大学のガバナンスはどうなっているのか。問題はアメフト部の危険タックルだけではない。日大は今年3月、英語の非常勤講師15人を解雇。プレジデントオンラインではその1人の声を報じたが、日大の態度は変わらず、講師8人は6月22日、日大に地位確認を求める訴えを東京地方裁判所に起こした。提訴を避けるため、講師たちは日大と団体交渉を重ねてきたが、大学本部のトップである田中英壽・理事長と人事の責任者だった内田正人・元アメフト部監督の2人は、一度も姿をみせなかったという。これでいいのか――。

非常勤講師8人が日大を提訴

 6月22日午後2時過ぎ、日本大学を解雇された非常勤講師と弁護団が東京地方裁判所を訪れた。持ってきたのは書き上げられたばかりの訴状だった。

 前夜、首都圏大学非常勤講師組合と日大との間で3カ月ぶりの団体交渉が行われた。しかし、違法な解雇だと訴える講師らの主張を、大学側はまったく聞き入れなかった。

 その結果、解雇された講師のうち6人と、一方的に担当授業を削減された講師2人が法廷闘争を決意。日大を相手取り、解雇や授業の削減は違法かつ無効であるとして、地位確認を求めて東京地方裁判所に提訴した。

 同日、原告団は記者会見を開き、危機管理学部とスポーツ科学部から雇い止めされた原告団長の真砂久晃さんが「声明」を読み上げた。以下はその抜粋だ。

「学びと研究の共同体を破壊する大学本部」

 「日本大学を提訴することは、私たちにとって、苦渋の選択でした。原告団の中には、今でも日大の学生を教えているものが何人もいます。それでなくても、アメフト問題で傷ついた学生たちが、私たちの行動で、また心を痛めるのではないかと思うと、いたたまれません」

 「日本大学には、愚かな人間はほとんどいません。大部分の教職員は思いやりのある、愛すべき人々です。私たちは日本大学を愛しています。ですから、私たちが今回、異議を申し立て、是正を要求するのは、日大の中枢部に寄生し、非常勤講師を良心の呵責もなく使い捨て、教職員をこき使って何食わぬ顔をしているわずかの人々に対してなのです」

 「私たちが糾弾したいのは、この学びと研究の共同体を破壊する大学本部です。彼らは、学生を守ると述べていますが、非常勤講師を含む教職員を人間扱いしない人に、学生が守れるはずがありません」

 真砂さんが糾弾する大学本部のトップは田中英壽理事長、講師を解雇した当時の人事の責任者は、危険タックル問題で職を追われたアメフト部前監督の内田正人氏だ。2人とも講師たちとの団体交渉に出席したことは一度もなく、責任者として解雇の理由を語ったこともない。外部からの指摘に対してしかるべき人物が明確な説明をしない点は、アメフト部の問題と同じだ。

なぜ日大は非常勤講師を解雇したかったのか

 今年4月の記事で声を報じた井上悦男さんも会見の席にいた。井上さんは17年間、日大で非常勤講師を務めたが、今年3月、突然解雇された。提訴についてはこう話す。

 「大学は、学生中心で、教員とともに学問と研究をするためにあるはずです。それが、一部の方の利益追求になりつつある。そのことを危惧している」

 なぜ自分たちは解雇されなければならなかったのか。大学側は何も語っていないが、提訴に至るまでの間に、少しずつその理由が明らかになってきた。

非常勤講師をゼロにして、すべて専任教員に担当させる

 日大の危機管理学部とスポーツ科学部で、英語の非常勤講師15人が集団解雇されることが明らかになったのは去年11月。今年3月末に解雇が強行されたが、その後、非常勤講師の解雇は他の学部にも及んでいることがわかった。首都圏大学非常勤講師組合が現時点で把握しているところでは、危機管理学部とスポーツ科学部に加え、経済学部、理工学部、文理学部、工学部(福島県郡山市)と、少なくとも6つの学部で数十人に及ぶとみられている。

 非常勤講師の多くは、2013年4月に施行された改正労働契約法によって、今年4月以降に無期雇用への転換を申し込めば、来年の契約から切り替わるはずだった。改正労働契約法では、非正規の労働者が同じ職場で5年以上働いた場合、無期雇用に転換する権利が得られる。本人が申し込めば、認められるのだ。

 それにもかかわらず、このタイミングで非常勤講師の大量解雇が行われた背景には、大学本部が無期雇用への転換阻止を狙っているのではないかと受け止められてきた。

 その事実を裏付ける内部文書の存在が明らかになった。その文書は「非常勤講師に係る対応について」というタイトルがつけられており、2015年11月に理事会で決定されたものだ。

 文書の冒頭には「1 非常勤講師に対しての基本的な考え方」とあり、そこには次のように記されている。

 「専任教員の授業持ちコマ数の適正化など教員人事配置計画の見直しを図る過渡期において非常勤講師の無期転換権発生を認めるということは今後の大学運営に支障をきたす可能性が大きいことを考慮に入れる必要がある」

 つまり「今後の大学運営」を考えると、非常勤講師の無期雇用は認められない、という意味だ。これは明らかに法律の趣旨と矛楯している。

非常勤講師を全員解雇して、専任教員に穴埋めさせる

 さらに、2015年7月に学内に通達された文書「教学に関する全学的な基本方針」では、各学部に授業科目数の2割削減を目指すことと、専任教員の担当講義数を1人週5コマから8コマに見直すことが盛り込まれていた。この通達が実施されると、のべ3600人以上の非常勤講師の授業がなくなることになる。

 具体的には、2017年現在、総授業コマ数は1万9828コマ(医学部と歯学部を除く)で、そのうち2714人の専任教員が1万2418コマ(ひとり平均4.6コマ)、のべ3643人の非常勤講師が7410コマ(ひとり平均2.0コマ)を担当している。大学本部が掲げる授業科目数の2割削減が実現されると、3965コマが削減されるため、それらがすべて非常勤講師の担当科目に集中すると、のべ1950人分、実数では1000人近い非常勤講師が雇い止めされることになる。

 さらに、専任のコマ数が5コマから8コマに増えた場合、計算上は専任だけですべての授業を担当できるようになる。このため講師たちは、大学の目的は、のべ3600人以上の非常勤講師を全員解雇することだと疑うようになった。

3カ月ぶりの団交でみせた大学の態度

 講師たちの疑念は、提訴の前夜、6月21日に、3カ月ぶりに開かれた首都圏大学非常勤講師組合と日大の団体交渉で確信に変わった。

 日大で非常勤講師15人が担当していた英語の授業は、現在、語学学校に委託されている。前回の記事でも詳報したが、大学の授業を語学学校に委託という形で「丸投げ」することは、学校教育法に違反する。大学側は3月の団体交渉で、「専任教員が授業を観察しているので丸投げではない」と主張した。だが、観察という名目で専任教員が授業に介入すれば、今度は労働者派遣法違反の「偽装請負」となる恐れがある。

 組合側は、専任教員が病気などで不在の場合の対応について聞いた。すると日大は「休講にはしない」という。これでは一時的に「丸投げ」の状態になる。また専任講師が語学学校の講師と一緒に授業をすることもあるという。これでは「偽装請負」だ。

 これでは違法な状態を黙認することになるはずだが、大学側はこう言い放った。

 「それはあなたたちには関係ない」

 大学側は現在の英語の授業について聞かれるのは「筋違いだ」と主張。その理由を次のように述べた。

 「まず先に、非常勤講師を辞めさせたのです。授業をどうするかは、その後の話です」

 つまり、危機管理学部とスポーツ科学部の英語の非常勤講師を全員辞めさせることが前提であり、その先の対応について説明するつもりはない、ということだ。

 この2つの学部は2016年4月に新設された。解雇の方針を打ち出した時、2つの学部を統括する三軒茶屋キャンパスの事務局長兼事務取扱は田中理事長だった。非常勤講師に解雇を言い渡した説明会の通知文書に、田中理事長の名前が載っている。15人の解雇と「丸投げ」や「偽装請負」という違法行為について、田中理事長は認識しているはずだ。

 田中理事長と人事の責任者だった内田氏は、団体交渉に一度も出席していない。提訴前日となる6月21日の団体交渉にも姿はなく、内田氏の後任となる人事責任者も出席しなかった。大量解雇を実施するうえで、責任者は一切の説明を放棄しているのだ。

日大は本当に変われるのか
 
 団体交渉を終えた夜9時過ぎ、会場から出てきた井上悦男さんは、あきれた様子でこう話した。

 「正直なところ、アメフト部の問題で大学が批判され、内田さんが人事担当常務理事や人事部長をやめたことで、対応が少し変わるのではないかと期待していました。しかし、まったくそんなことはありませんでした。これまでの団体交渉ともつじつまがあわない、その場しのぎの説明が繰り返されました。誠実さを欠いています」

 アメフト部の危険タックル問題でも、日大は内田氏と学生の証言の食い違いについて十分に説明していない。非常勤講師の大量解雇でも、解雇を行う理由や違法性の疑いについて説明していない。団体交渉が平行線で終わった後、井上さんは大学側に「人事の担当の方が変わって、これから皆さんとわれわれの関係は変わるんですか」と尋ねた。その回答はこうだった。

 「信頼関係がないとそちらが言うのであればわかりませんが、われわれは変わらないです」

 責任のとれない立場では、これが精いっぱいなのかもしれない。しかし、この団体交渉で、「信頼関係が作れる」と思えた講師はいなかった。

 井上さんは、翌日の会見で、こう述べた。

 「大学は、学生に本来法律を守らないといけないと身をもって示さないといけないのに、一部の方々が法律を破っているのは、学生に示しがつかないと思っています。教育機関として、正しい判断をしていただければと思います」

 どれだけ批判を集めても、トップが顔を見せないまま突き進む。これが日大のいまの姿だ。講師たちは残念ながら、交渉の余地を見いだせず、法廷に判断を委ねるしかなかったのだ。

田中圭太郎(たなか・けいたろう)
ジャーナリスト
1973年生まれ。早稲田大学第一文学部東洋哲学専修卒。大分放送を経て2016年4月からフリーランス。警察不祥事、労働問題、教育、政治、経済、パラリンピックなど幅広いテーマで執筆。


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