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2019年01月04日

慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否

Business Journal
 ∟●慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否

慶應大学と中央大学、非常勤講師の労働契約で違法行為…5年での無期雇用転換を拒否

文=田中圭太郎/ジャーナリスト

 非正規労働者が同じ職場で5年以上働いた場合、無期雇用への転換を申し込む権利を得られることになった改正労働契約法が2013年4月に施行され、5年以上が経過した。

 多くの非正規教職員が働く大学では、無期雇用への転換を妨げようと雇い止めが起きていることは、以前の記事でも触れた(『日大、不当な講師一斉雇い止めで労基法違反の疑い』)。

 その後、無期転換を認める大学は増えてきたが、一方で法律を誤解しているのか、無期転換権は10年以上働かないと生じないと主張する大学が一定数ある。なかでも慶應義塾大学など一部の名門・有名大学が、強硬に主張している。何が食い違っているのか、検証してみたい。

大学関係者から届いた「無期転換は10年」のメール

 筆者が改正労働契約法の無期転換請求権について、本格的に取材を始めたのは2017年の春。多くの非常勤教職員が18年以降無期転換の権利を得る前に、雇い止めをしようとする動きが、多くの大学に見られたからだ。

 この頃、最も大きな影響が出ると懸念されたのが、8000人の非常勤教職員が働く東京大学だった。東大は、改正労働契約法に関係なく、非常勤教職員を5年で解雇できるとする独自の「東大ルール」を盾に、無期転換を回避しようとしていた。しかし教職員組合に反対され、17年12月に「東大ルール」を撤回。大量の雇い止めは回避された。

 東大の判断によって、改正労働契約法の趣旨も正しく伝わるようになり、全国の大学にも雇い止めを撤回する動きが広まった。ところが、筆者が東大を取材し、原稿を発表している頃、ある大学関係者からメールが入った。筆者の改正労働契約法に関する原稿が「誤った情報」と指摘する内容だった。

「非常勤職員の常勤職転換の権利が生じるのは5年ですが、これはあくまで一般の事務職や技術系職員に対して適用される規則です。一方、大学の研究職の職員に対しては10年とすることに変更されています。(中略)

 研究職とは大学の教員であり、研究に携わっている博士研究員などの職員のことなので、2018年にただちに雇用問題が生じるわけではありません」

 このメールには、2点の誤りがあった。1つは「常勤職転換」の部分。改正労働契約法で定めたのは無期転換を申し込む権利であり、無期転換になっても、常勤職員になるわけではない。同じ非常勤の立場と待遇のまま、無期雇用に転換できるにすぎない。

 もう1つは大学の研究職、すなわち教員に権利が生じるのは10年という部分。実際は、いわゆる非常勤講師は5年で無期転換を申し込める。しかし、10年と誤解する人がいるのは、改正労働契約法施行後につくられた特例のためだった。

「10年以上で無期転換」の誤解

 改正労働契約法が施行されたのは2013年4月。その年の12月には、大学などで科学技術に関する研究やその関連業務を行う人に限定して、無期転換請求権が発生する期間を5年以上から10年以上に延長する特例措置を設けた法律が成立した。

 これが「研究開発システムの改革の推進等による研究開発能力の強化及び研究開発等の効率的推進等に関する法律及び大学の教員等の任期に関する法律の一部を改正する法律」。いわゆる「研究開発力強化法」と「任期法」だ。

 前者の「研究開発力強化法」が成立した背景には、改正労働契約法施行の2カ月前、ノーベル賞受賞者に対する衆参議院の奉祝行事で講話をした、京都大学iPS細胞研究所の山中伸弥所長の発言がある。

 山中所長は改正労働契約法によって研究者を非常勤で5年間雇用した後、無期で雇用しなければならなくなると、大学としては5年を超えて雇用することが難しくなる、という主旨の発言をした。その結果、優秀な人材が集まらなくなるという。そうした大学側の要望を受けて法律は成立した。

 ただし、無期転換請求権の発生が10年以上に延長されるケースは限られる。専門的な知識や能力を必要とする研究開発業務に携わる職員にしか適用されない。つまり、一般の非常勤講師は対象にならないのだ。

 後者の「任期法」は、私立大学の経営者団体の要請を受けて改正された。もともとは専任教員が対象だったものを、特例として非常勤講師にまで広げたかたちだ。しかし、この法律でも、対象となる人は、多様な人材の確保が特に求められる教育研究組織に属する人、助教、プロジェクトに参加する人のいずれかに限られている。さらに、本人の明確な同意が必要になる。本来なら5年以上働けば無期転換請求権が得られる権利を剥奪することになり、契約の不利益変更になることから、大学はあらかじめ規則を定め、本人に説明して、同意書をとらなければならないのだ。

 前述のメールを送ってきた大学関係者だけでなく、多くの大学関係者がこの2つの法律を理解していない現状が続いてきたのだ。

慶応義塾大、中央大、東海大は「10年ルール」撤回拒否

 改正労働契約法施行から、すでに5年以上が経過した。ところが現在になっても、「研究開発力強化法」と「任期法」をよく理解しないまま適用し、「非常勤講師の無期転換請求権は10年以上働いてから」と主張している大学が数多くあることがわかった。

 非常勤講師の無期転換について多くの大学と交渉している首都圏大学非常勤講師組合によると、無期転換請求権は10年以上働いてからとする「10年ルール」を適用した首都圏の大学は、18年春の時点で約40大学あったという。そのうち半数近くの大学は交渉などによって「10年ルール」を撤回。5年以上の勤務で無期転換することを認めた。

 しかし、20以上の大学がいまも「10年ルール」を適用している。そのなかでも特に「10年ルール」は撤回しないと強硬に主張しているのが、慶應義塾大学、中央大学、東海大学の3大学。いずれも名門・有名大学だ。これらの大学は、法律を誤解し、必要な手続きもとっていないと非常勤講師組合の志田昇書記長は指摘する。有名大学が強硬な姿勢に出ることで、さらに誤解が広がる恐れもあるとして、組合では現在も交渉を続けている。

 「10年ルールを非常勤講師に適用している大学は、研究開発力強化法と任期法を正しく認識していません。なぜ5年での無期転換ができないのか、根拠となる見解も持っていないまま適用しています。また任期法によって10年ルールを主張している大学のほとんどが、労働基準法に則った就業規則の変更を行っていないとみられています。任期法の適用のためには就業規則の改正が必要ですが、そのために必要な過半数代表選挙に非常勤講師がほとんど参加していません。また、10年ルールによる不利益変更も充分に説明されておらず、合意書もとっていないのに、非常勤講師に任期法を適用することは違法性がありますので、すみやかに改めるべきです」(首都圏大学非常勤講師組合・志田昇書記長)

 非正規で働く人の権利を守るために改正された法律が、非常勤講師が多く働く大学では歪められ、誤って運用されている。特例措置などの法律が問題をさらに複雑にしているとはいえるが、原因は大学の人事担当者の誤解によるところが多い。過ちはすぐに正すべきではないだろうか。

(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)


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