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2019年01月31日

実況中継「明治学院大学事件」

実況中継「明治学院大学事件」『情況』2019年冬号)

実況中継「明治学院大学事件」

寄川条路

「先生がどのような発言を学生にしているのかを調査する必要がありました。そこで、教職員が直接聞くこととなり、聞き逃す可能性があったので録音したのです。」(大学当局)

 1 「明治学院大学事件」とは何か

 明治学院大学事件とは、大学当局が教授に無断で授業を録音し、無断録音を告発した教授を解雇した事件のことである。この事件はその後、大学における学問・教育・表現の自由の根幹を揺るがす大事件となり、裁判所によって大学当局による教授の解雇は無効であるとの判決が下されるに至った。このたび、判決までの事件の概要を伝えるブックレット『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』(法律文化社、2018年)が刊行されたので、その後の状況について報告しておきたい。

 2 組織を守るための授業録音と教科書検閲

 まず、事件の概要を説明しておく。
 2016年12月、大学の違法行為を告発したために解雇された教授が、地位確認を求めて東京地方裁判所に提訴した。訴えによると、明治学院大学は、授業を盗聴され秘密録音されたことを告発した教授を懲戒解雇していた。大学の組織的な違法行為を告発して解雇されたのは、教養科目の倫理学を担当する教授で、大学当局が教授の授業を盗聴して秘密録音し、授業の録音テープを本人に無断で使用していた。
 大学当局によれば、明治学院大学では授業の盗聴が「慣例」として行われており、今回の秘密録音も大学組織を守るために行ったとのこと。この点について副学長はつぎのように語っている。「組織を守るための一つの手段として録音が必要だったわけですから、何も問題ないです」。
 教養科目を担当する別の教員もまた、授業を盗聴されたうえ「職務態度に問題がある」との理由で解雇されていた。
 明治学院大学では、授業を調査するための盗聴ばかりか、大学の教育理念であるキリスト教主義を批判しないように、授業で使う教科書を検閲したり、学生の答案用紙を抜き取って検閲したり、プリント教材を事前に検閲して配付を禁止したりしていた。
 「大学の慣例では、授業もテストも公開されていますので」というのが、当局の主張だ。
 ところが、教授が大学当局による授業の無断録音を公表すると、大学側は「名誉を毀損された」との理由で教授を解雇してきた。そこで、解雇された教授が裁判所に地位確認の訴えを起こしたので、授業を秘密録音して教員を解雇した「目黒高校事件」(1965年)と同様、学問・教育・表現の自由をめぐって争われることになったのである。
 では、事件の詳細を見ていこう。

 3 明治学院大学「授業盗聴」事件の詳細

 2015年4月、春学期1回目の授業を聞くため横浜キャンパスでもっとも大きな720教室に200人の学生が集まっていた。そこに、授業を調査するように指示された職員がこっそりと忍び込んでいく。教授が話し始めると、職員はあらかじめ用意していたスマホを使って教授の発言を録音する。授業が終わると、職員はスマホの録音データをICレコーダーにダビングして、これを調査委員会に手渡すのである。
 調査委員は録音を聞き、テープ起こしされた反訳を読んだうえで、調査対象の教授を呼び出して尋問する。授業の録音があることは隠したまま、教授に対し、「授業の中で、大学の方針に反対すると語っていたのか」と、詰問していく。その後、調査委員長が尋問の結果を教授会に報告して、その教授を処分するのである。これが明治学院大学の伝統的なやり方である。
 大学当局は、法に触れないぎりぎりのところで盗聴行為を繰り返して秘密録音をする。日本の法律では、民事では、盗聴も秘密録音も違法行為とはならないので禁止されてはいないし罰せられることもない。このあたりは顧問弁護士がしっかりしていて、大学執行部や調査委員会に事前に指示を出しておく。
 慣例的に授業の盗聴を行っている明治学院大学では、法的な対応にはぬかりがない。たとえ盗聴行為や秘密録音がばれたとしても、裁判にでもならなければけっして事実を認めることはないし、ましてや録音者や録音資料を開示することもしない。「録音について説明する必要も開示する義務もない」というのが、大学当局の見解だ。
 2015年12月、明治学院大学は、授業の中で大学の運営方針を批判していたとして教授を厳重注意する。本当は懲戒処分にしたかったのだが、大学を批判した程度で懲戒処分にすると裁判で負けるという顧問弁護士のアドバイスに従って、とりあえずは注意したことにして、つぎの機会に確実に解雇できるように注意を重ねていく。明治学院大学ではこれを「がれき集め」と呼んでいる。
 ところが、ここから予期せぬ方向へと話は展開していく。厳重注意がなされたので、授業を無断録音された教授は、録音テープを使用した調査委員長の名前を公表して大学当局を告発する。教室に忍び込んで録音していた者を特定して訴えようとしたのである。
 大学の不正行為を知った学生は、手分けをして情報収集に出かけていく。調査委員長のところに行った学生によると、「大学の方針に反対する教員が複数いて、教授もその一人だったから、授業を録音した」のだという。学生は調査委員長のことばを録音していた。
 大学当局による授業の盗聴と秘密録音が学生たちのあいだにも知れ渡ると、大学は開き直って、授業の録音は正当なものであると言い逃れをしてきた。にもかかわらず、調査委員長があたかも不正行為にかかわったかのごとき告発をしたので、大学側は当該の教授に訂正と謝罪をさせようとしてきたが、あわてて火消しに走ったため、逆に、学生たちが教授を支援したり、大学を非難したりするに至り、事態は炎上した。
 教授が行ったアンケート調査によると、多くの学生が大学の盗聴行為を「犯罪」だと非難していた。この調査結果を教授が公表しようとすると、ついには理事会が出てきて、2016年10月になって録音行為を告発した教授を懲戒解雇したのである。
 ところが、懲戒解雇はハードルが高いので裁判では認められないという顧問弁護士からの助言もあり、ハードルの低い普通解雇を抱き合わせにして、教授を解雇することした。普通解雇の理由は何もなかったから、いつのまにか、明治学院大学のキリスト教主義を批判する不適切な教員ということになっていた。
 理事会は、まずは解雇しておけばよいだろうと考えて、たとえ裁判になっても、どうせ民事だから金さえ払えば済むものと予想していた。ここが、明治学院大学の浅はかなところだ。
 顧問弁護士と相談した副学長は、「定年までの賃金の半分を支払えばよいから、8000万円から9000万円くらい、解雇が無効だとしても、1億円から1億数千万円の和解金を支払えば済む」と豪語していた。こんな生々しい話もしっかり録音されていて、資産が1000億円を超える明治学院らしい話になってきた。
 弁護士にはよく知られた話だが、明治学院には「前科」があって、2010年にも不当解雇裁判で敗訴しており、解雇した職員に数千万円の解決金を支払っていた。
 さて、2016年10月、解雇された教授が東京地裁に地位確認の労働審判を申し立てたところ、労使双方からなる労働審判委員会は、すぐさま解雇を無効として教授の復職を提案したが、大学側が拒否したため和解は不成立となった。そこで、2016年12月、教授が東京地裁に地位確認を求めて提訴したのである。
 原告と被告の双方から数回にわたって書面が提出されたのち、原告1名と事件にかかわった被告3名の証人尋問があり、その後、和解協議に入った。2018年4月、東京地裁は、解雇の撤回と無断録音の謝罪を和解案として提示するものの、大学側が謝罪を拒否したので和解は不成立となる。そしてついに、2018年6月28日、解雇は違法であるとの判決が下ったのである。

 4 明治学院大学「教員解雇」事件の判決

 「明治学院大学事件」の判決文は、つぎのとおりである。
 1 原告が被告に対して労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
 2 被告は、原告に対し、33万2714円及びこれに対する平成28年10月23日から支払い済みまで年5%の割合による金員を支払え。
 3 被告は、原告に対し、平成28年11月22日からこの判決の確定の日まで、毎月22日限り、69万8700円及びこれに対する各支払期日の翌日から支払済まで年5%の割合による金員を支払え。
 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
  訴訟費用は、これを14分し、その5を原告の負担とし、その余は、被告の負担とする。
 判決内容を簡単に解説すると、1は解雇無効なので教授の地位を認め、2と3で賃金を認めたが、4の慰謝料は認めないというもので、5の裁判費用の負担割合からわかるように、原告の7割勝訴である。
 結論としては、大学による解雇は労働契約法の解雇権を濫用したものだから無効であり、教授の地位と賃金は認めたものの、授業の無断録音は教授の人格権を侵害するものとまではいえないから慰謝料は認めない、というものだった。
 まず、懲戒解雇について見ると、大学は教授の四つの行為(①録音に関与した教員の氏名を公表したこと、②教授会の謝罪要請に応じなかったこと、③無断録音について学生にアンケート調査をしたこと、④調査結果を公表しようとしたこと)について、就業規則の懲戒事由に該当すると主張していた。裁判所は、①と②について、教授にも落ち度があるとして就業規則への該当性は認めたものの、大学が録音行為について何ら説明していないこと、教授会の要請が教授の認識に反する見解を表明させるものであることから、懲戒解雇には該当しないと判断した。
 つぎに、普通解雇について見ると、大学は教授の授業における言動やキリスト教を批判する教科書を解雇理由として主張したが、裁判所は、教授の言動もそれほど重大なものではなく意見聴取もされていないし、教科書のキリスト教批判も風刺と理解できるから普通解雇には該当しないと判断した。
 そして、慰謝料請求について見ると、教授は無断で授業を録音されたから人格権が侵害されたと主張したが、大学が録音したのは1回目の授業で行われたガイダンス部分であったから、研究や教育の具体的な内容を把握するためのものではないし、録音は大学の管理運営のための権限の範囲内において行われたから適法だという。以上の理由から、裁判所は、授業の無断録音は、教育基本法の不当な支配には当たらず、教授の研究活動を侵害し自由な教育の機会を奪うものではないと判断した。
 判決の意義としては、大学当局に反対の意見を表明した教授の解雇について、裁判所が大学教授に憲法23条の教授の自由が保障されていることを重視して、解雇を無効と判断した点は評価できる。大学の組織運営に対する反対意見を表明したり、大学が標榜する教育理念を批判したりしただけで解雇するといった不寛容を許さないという意味がある。しかしながら、裁判所が一般論として教授に断ることなく授業を録音することは不法行為を構成すると認めながらも、本件では録音がおもに初回授業のガイダンスであった点を重視するあまり慰謝料請求を否定した点に不満が残った。

 5 「明治学院大学事件」の現在

 2018年7月、被告の明治学院大学は、東京地裁の判決を不服として東京高裁に控訴した。ついで、原告の教授も慰謝料の支払いを求めて東京高裁に控訴した。こうして、双方が控訴した結果、本件はひきつづき高裁にて審理されることになった。2018年12月現在も係争中であり、近々、裁判所から和解案の提示があり、場合によっては和解協議に入り、場合によっては判決が下されることになっている。
 これまでのところ、労働審判では復職の提案がなされ、地方裁判所では解雇無効の判決が下されたので、教授の2連勝なのだが、高等裁判所ではどうなるのか、そして最高裁判所ではどうなるのか、まだまだ予断を許さないので、これからも裁判を注視していきたい。
 裁判記録は裁判所で閲覧することができるが、それとは別に、裁判記録の出版も始まった。第1弾『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』(法律文化社、2018年)を読むと、事件の全貌がわかるので、ぜひ参照されたい。東京地裁による解雇無効判決に至るまでの事件の概要、法学者による意見書、判決文およびその解説を収めた全実録である。つづいて、法学者の論文集や大学側の証言集などの刊行が予定されている。

 最後に、明治学院大学の最新情報をお届けしたい。
 理事会は、学生定員を15パーセントも増加する決定をしたにもかかわらず、教養科目の担当教員は20パーセントも削減する方針を打ち出してきた。大学当局は、これに合わせて、授業態度が悪いといって言語文化論の講師を解雇し、大学を批判したといって倫理学の教授を解雇した。解雇されたのは、学生による「人気授業ランキング」で1位と2位の教員であった。
 人件費の削減に貢献したセンター長と主任教授は、その功績によって副学長と学部長に昇格し、いつのまにかキリスト信者にもなって理事会のメンバーに抜擢された。その後、大学内で日常的に横行している「非公式の懲罰や私刑や制裁」を告発した、哲学の教授も解雇された。
 明治学院大学のニュースメディア「明学プレス」によると、「大学を追われた教授は多数いる」とのこと。つぎに首を切られるのはだれだろうか。教授たちはひたすら自らの保身だけを考え、首を縮めて声を押し殺している。
 理事会のほうは、浮いたお金でキャンパスを移転し、新学部にスポーツ学科まで作ってキリスト教を宣伝するのだそうだ。だが、キャンパス移転の説明会も、一部の人間の利得だけで動いていて、しかも内容が幼稚で杜撰すぎ、この大学は何から何まで人間の思惑だけで動いているのが露見しただけだったという。学内には憤慨している教員もたくさんいるようだから、その声もしだいに大きくなってくるのだろう。
(よりかわ じょうじ・明治学院大学教授)

プロフィール
寄川条路(よりかわ・じょうじ)
1961年、福岡県生まれ。ボーフム大学大学院修了、文学博士。現在、明治学院大学教養教育センター教授。専攻は哲学・倫理学。著書に『大学における〈学問・教育・表現の自由〉を問う』(法律文化社、2018年)、『ヘーゲル――人と思想』(晃洋書房、2018年)、筆名(紀川しのろ)で『教養部しのろ教授の大学入門』(ナカニシヤ出版、2014年)など。


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