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2019年02月04日

学生たちと李洙任教授の思いを受け止めて-龍谷大学経営学部「未ゼミ生問題」に関わる裁判に寄せて-

『ねっとわーく京都』2019年3月号

 本稿は 『ねっとわーく京都』2019年3月号に掲載されたものを編集部の了解を得て転載するものです。なお、雑誌掲載にあたってはタイトルが変更されています(副題を主題にしています)が、ここでは投稿時のまま転載(ウェブにアップ)しています(投稿者・細川孝,龍谷大学経営学部教員、大学オンブズマン代表理事)。

学生たちと李洙任教授の思いを受け止めて
-龍谷大学経営学部「未ゼミ生問題」に関わる裁判に寄せて-

細川孝(龍谷大学経営学部教員、大学オンブズマン代表理事)

 2019年1月11日の午後、わたしは京都地方裁判所の司法記者クラブにいた。同僚の龍谷大学経営学部教授・李洙任(りー・すーいむ)さんが起こした裁判の支援者としてである。 李さんの裁判は、名誉・信用の毀損、教員活動の成長の機会の剥奪、精神的苦痛の損害賠償を求めて、学校法人龍谷大学と経営学部の3人の教授を訴えたものである。
 李さんは後述の通り経営学部における「未ゼミ生問題」を少しでも改善することを意図して、演習の担当を要望した。しかし、経営学部執行部の不合理な態度により、演習を担当することができなくなったために、裁判を起こしたものである。3人の教授に対しては、教授会執行部として適正な審理・手続をとるべき義務の違反とハラスメント行為を問うている。学校法人(龍谷大学)に対しては、使用者責任と就業環境配慮義務違反を問うている。

背景にある「未ゼミ生問題」
 李さんの裁判の背景にあるのは、龍谷大学経営学部における「未ゼミ生問題」である。経営学部においては、ゼミ(演習)は必修とはされていないが、4年間を通じた(フレッシャーズ・ゼミ、基礎演習、演習という一環とした)少人数教育の到達点として重要な位置づけを与えられている。この点は、入試広報でも強調されている。
 経営学部では2013年度頃から定年退職者が相次ぐ一方で、「カリキュラム改革」を口実として採用人事が抑制されてきた。これは「新しいカリキュラムができあがるまでは、人事を行わない」というものである。これに対しては当然、教授会での異論も大きく積極的な採用を進めるべきとの声は根強く出されてきた。
採用人事が進まないもとで、2年後期から始まる演習の開講数が目に見えて減少することになった。かつては25ゼミが開講されるのが通例であったが、2016年度においては17の演習しか募集されなかった。
深刻化する「未ゼミ生問題」に対して、経営学部の学生有志は、2017年6月16日付で、327名の学生署名を添えて、要望書を龍谷大学学長、経営学部長、経営学部教授会構成員に提出した。要望は、①経営学部所属教員による可能な限り多くのゼミの設定、②多様性確保の一環として女性教員が担当するゼミの増加、③演習開始後のミスマッチ等の問題へのフォロー、及び対応システムの構築、④演習の辞退者数や未ゼミ生に関する実態調査、及びその情報の公開、の4点であった。

要望書に対する教授会の対応と人権救済の申立
学生からの要望書に対する教授会の対応はどうであったか。早急な対応を求める教授会の構成員も多かった。しかし、経営学部執行部は、学生有志の要望に対し真摯な対応を行ったとは言えず、ゼミ数を増やすなどの対策もとられなかった。
これに対して、先の署名運動を行った経営学部の学生有志は教員有志とともに、「大学生の学ぶ権利(学習権)を考える龍谷大学有志の会」として、2017年10月30日付で京都弁護士会人権擁護委員会に対し、人権救済の申立を行った。その内容は、「龍谷大学経営学部在籍中の学生である未ゼミ生がゼミを履修する学習権を持つことを確認し、その迅速な実現のために適切な措置をとるよう、被申立人(龍谷大学)に勧告されたい」というものであった。
その後、同年11月6日付けで追加の書面を提出し、年が明けた1月12日には委員会の担当弁護士による、会を対象にした予備調査が行われた。1月18日に追加の証拠書面を提出し、これを受けて、人権擁護委員会によって本調査が行われることを会として確認したところである。
 この間、2017年11月10日の時点で、会は申立の写しを龍谷大学当局に届けるとともに、学生と学長との面談を申し入れたが、学長面談は叶わなかった。大学当局の不誠実な対応は学生たちを失望させた。また、人権擁護委員会への申立自体が不当であるかの如き言説によって学生たちは二重(未ゼミ生問題=学習権侵害に加え、不当な非難)に苦しめられてきたのである。

一貫して学生たちに寄り添ってきた李洙任教授
 「未ゼミ問題」が深刻化するもとで、学生たちの思いを受け止めた教員の一人が李さんである。先に述べた「有志の会」に加わるだけでなく、自らの研究の蓄積も踏まえ演習の担当を申し出たのである。
 龍谷大学では主たる担当科目が専攻科目(いわゆる専門科目)であるか、教養教育科目であるかという違いはあるにしても、演習(ゼミ)の担当は、学部等の教学単位ごとで決められている。主たる担当科目が教養教育科目とされている李さんが、「未ゼミ問題」に心を痛めて、演習の担当を申し出たことは評価されるべきであった。なお、経営学では主たる担当科目が教養教育科目とされている2名の教員も演習を担当している。
 経営学部では、専攻科目として位置づけられる、1年次前期のフレッシャーズ・ゼミ、1年次後期・2年次前期の基礎演習については、主たる担当科目が教養教育科目とされている教員も学生の教育を担っている。李さんも毎年、これらの科目を担当され、学生から好評を博している。
 李さんの研究は、担当している教養教育科目である英語だけでなく、ダイバーシティや移民政策など幅広い領域にわたっている。その内容は積極的に(大学院を含む担当科目の)教育に反映されているのである。李さんの研究と教育は、狭い枠に閉じこもったものではなく、今日の時代の要請に合ったものであることも感じている。
 このようなことから、2年次後期から始まる演習でも李さんと一緒に学ぶことを期待する学生も多いのである。

裁判を通じてわたし(たち)も問われている
 李さんの裁判は、名誉・信用の毀損、教員活動の成長の機会の剥奪、精神的苦痛の損害賠償を求めたものである。しかし、それは同時に、「大学の自治」のあり方を問うものと受け止めなければならない。
 龍谷大学ではいわゆる「学部の自治」が尊重されている。これは、政府や産業界によって学問の自由や大学の自治が破壊されようとしており、今日の時代にあっては貴重なことと言えるのかもしれない。この点で、わたしたちには、自治の担い手としての深い自覚と社会的な責任の発揮が求められている。
 しかし、学生たちからの要望に対する経営学部教授会の対応を振り返れば、学部の自治は(矮小化された)「教授会の自治」にとどまっている。それは、「未ゼミ生問題」での対応において、教育(学習)の当事者である学生がどう位置づけられていたかを見れば明らかであろう。「自治」が何か特権的なものとしてとらえられているとさえ思えるのである。
 「大学の自治」は、市民から負託された「学問の自由」に由来している。李さんの裁判を通じて問われているのは、わたしたち自身でもあることを深く受け止めたい。

付記:大学オンブズマンによる支援へのご協力のお願い
 大学オンブズマンは、2013年2月2日に設立されました。①大学運営(ガバナンス)の公正性・健全性を実現する、②大学関係者(学生、教職員など)の諸権利を擁護する、③関連する国内外の諸団体・機関との協力関係を促進する、の3点を目的としています。
 大学オンブズマンは「大学オンブズマン・龍谷大学経営学部李洙任先生を支援する全国連絡会」を結成し、李洙任教授の裁判への支援を呼びかけています。その内容は、①裁判の内容を注視し、李先生の裁判を物心両面から支援する、②より多くの方々と問題の共有を行なうとともに問題解決に資する取り組みを行なう、③主な活動として、会合の適宜開催、裁判の傍聴、「会報」発行等の広報活動に取り組む、というものです。
 大学内外から多くのみなさまがご支援いただきますようお願いいたします。連絡先は、uniomb@yahoo.co.jpです。




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