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2019年10月18日

下関市立大学、「戦後の大学が保障されてきた専門家によるピア・レビュー体制を破壊する計画が進行中」石原俊・明治学院大学教授が批判

論座
 ∟●「戦後文教行政の「最後の一線」が決壊する」より抜粋

 下関市立大学は、経済学部のみの小規模な単科大学ながら、前身の短期大学から数えれば60年以上の歴史をもつ、西南日本の名門公立大学だ。この大学をめぐっていま、戦後の大学が保障されてきた専門家によるピア・レビュー体制を破壊する計画が進行中である。

 今年5月末、前田晋太郎・下関市長(安倍首相の元秘書)が、下関市大の理事長(元副市長)や学長ら幹部を市長室に呼び出し、インクルーシブ教育(または特別支援教育)の「専攻科」を学内に新設し、市長が推薦した特定の候補者を教員として採用するよう要請した。

 市長の意向を受けた下関市大の法人幹部は、教育・研究に関する学内の最高審議機関である教育研究審議会(教研審:国立大学の教育研究評議会に相当)を招集して、3名の教員候補者の採用について承認を取り付けようとした。だが、学内教員・研究者からなる審査委員会による業績審査、教授会への諮問といった、人事に必要な手続きを一切経ていないとして、教員の大多数が猛反発するなか、教研審は流会となってしまった。

 ところが大学法人幹部は、経営に関する学内の最高審議機関である経営審議会(経営審:国立大学の経営協議会に相当)を開催して「専攻科」新設方針を決定し、さらにその後まもなく、3名の候補者に対して「内定」を通知したのである。これは、「教育研究に関する規程の制定・改廃」「教員の人事」等について教研審の審議が必要であるとする、下関市大の定款(学則)さえもないがしろにする行為だ(朝日新聞9月19日朝刊 山口版、毎日新聞9月11日朝刊 山口・下関版)。

 こうした異常事態を受けて8月に入ると、文部科学省高等教育局大学振興課法規係が大学側に対し、「教員採用手続の適切性に疑義が生じていることは好ましくない」としてメールで「助言」をおこなった。担当官は、「教授会に対する意見聴取を経ずに採用を内定とすること」が、「学内規程に則らない手続となっているおそれがある」としたうえで、「全学教授会、学部教授会の位置づけや権能を明確にするよう学則を見直した上で、学内規程に沿った適切な手続を採ることが必要になる」と述べた(『山口民報』9月15日)。文科省から下関市大への事実上の指導であった。

 ところが8月末、下関市当局は大学側に一切の相談もなく、もちろん学内の教研審や経営審の審議を経ることもなく、大学の定款変更の議案を市議会に提出した。この議案は、教研審の審議事項から「教育研究に関する規程の制定・改廃」「教員の人事」等を除外し、非研究者を多数含む新設の理事会がこれらの権限を吸収するというものだった。当然にも市議会野党議員から批判が相次いだが、9月26日(「あいトリ」への補助金不交付決定と同じ日だ!)、与党会派(安倍首相に近い会派)などの賛成多数によって、議案は原案通り可決されてしまったのである――加えて本件では、市議会与党会派議員の一部と大学経営審委員の一部に、それぞれ重大な利益相反の疑惑があるのだが、本稿ではあえて横に置く――。

 戦後日本の大学は、憲法23条の原則のもと、教育内容・研究内容やカリキュラム、研究者・教員の人事に関しては、学内に従来から所属する専門家の審査や審議を経て決められるという、ピア・レビューに支えられた自治制度を維持してきた。ましてや戦後日本の大学制度は、行政(政府・自治体)の長や議会が教育研究内容や教員・研究者の人事を左右することなど認めていない――新設部局・コースのおおまかな方向性を行政権力が大学側に要請することなら認められているが――。日本の大学のガバナンスにおいて、想定されていないこと、あってはならないことが、いま下関市の行政権力によって進められているのだ。

 文科省側は下関市大側に対して、専門家による最低限のピア・レビュー(人事評価委員会による業績審査、教授会への諮問、教研審での審議)を経ることを含め、学則にしたがった手続きをやり直すよう「助言」した。これに対して、下関市当局は、後出しジャンケンで自らの「違法」行為を追認する定款(学則)改正をおこなったことになる。言葉は悪いが、文科省の指導は、下関市の行政権力によってコケにされたというわけだ。文科省は25万都市の首長と市議会与党から、完全に「足元をみられている」。


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