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2020年05月12日

下関市立大学が“無法地帯化”…安倍首相元秘書の市長、無審査で人事・教育内容決定を可能に

Business Journal, 2020年5月12日

下関市立大学が“無法地帯化”…安倍首相元秘書の市長、無審査で人事・教育内容決定を可能に

文=田中圭太郎/ジャーナリスト

 安倍晋三首相の元秘書である前田晋太郎下関市長が、「私物化」を進めている下関市立大学。昨年6月、経済学部しかない大学に、特別支援教育などについて研究する専攻科設置と、それに伴う教授ら数人の採用を、学内で定められた手続きを踏まず前田市長の要請で強引に決めた。

 この決定に教員の9割が反対すると、9月に前田市長は学内の審査がなくても教育研究に関することや、教員の人事・懲戒などを理事会の審理だけで可能とする定款変更の議案を市議会に提案。市長派の議員によって可決された。こうした「私物化」に、識者からも「見逃すことができない大学破壊だ」と声が上がっている状況を、前回の記事(『安倍首相元秘書の前田市長、下関市立大学を私物化…ルール無視し人事と教育内容に介入』)でお伝えした。

 4月に入り、この定款変更が有効になった。新型コロナウイルスの感染拡大で大学の授業はまだ始まっていないが、定款変更に伴う教育内容や人事、懲戒などの規程について審議が行われないまま新年度を迎えてしまった。しかも、副学長人事などが教員を無視して行われている。「無法地帯」状態とも言える下関市立大学の現状を、整理してみたい。

強引に採用した教授と市職員OBを副学長に

 下関市立大学の川波洋一学長は3月16日、大学に新たに2人の副学長ポストを置くことと、その人選について発表した。しかし、その内容に下関市立大学の教員のみならず、市長による大学の「私物化」に疑問を呈している市民も、呆れざるを得なかった。

 副学長の一人は、専攻科の教授に内定していた、ハン・チャンワン氏。前田市長が大学に採用を要請して、学内の教授らで構成される教育研究審議会の承諾を得ぬまま、強引に教授内定が決まっていた人物だ。しかもハン氏は、今年1月に、大学の経営側とも言える理事に任命されていた。

 下関市立大学には経済学部しかないが、ハン氏は特別支援教育の研究者である。大学の従来の教育分野とは関係ない人物が、市長の要請によって採用されただけではなく、副学長に就任してしまった。理事としても、教育研究を担当するという。あからさまなコネ人事に、「ここまでやるのか」と驚きを通り越して呆れる声があがっている。

 さらに、もう一人の副学長は前事務局長の砂原雅夫氏で、下関市の職員OBだ。学識経験者でもない人物が副学長に就任したことにも、「なぜ教育者でもない人間が副学長に就任するのか」と関係者は怒りを隠せない。こうした人事は、大学内の教員に事前に通知されることなく、報道機関に発表されたという。

 下関市立大学の理事長も、元副市長だった山村重彰氏が務める。理事会だけで教育内容も人事も決めることができて、なおかつ市長が強引に採用した人物と、市職員OBが副学長に就任することで、市長の意向を受けた大学運営が可能になってしまった。

市民団体が定款変更と専攻科設置の停止求める要望書

 副学長人事が発表される前から、教員OBや市民からは市のやり方に反発する声があがっていた。1月31日には下関市民会館で元東京地検特捜部の郷原信郎弁護士、元文部科学省官僚の寺脇研京都造形芸術大学教授、作曲家・指揮者の伊東乾東京大学准教授によるシンポジウムが開かれた。3人は下関市立大学の問題点を指摘し、「見逃すことができない大学破壊」だと断じた。

 3月14日には、市民団体「下関市立大学“私物化”を許さず大学を守り発展させる会」が、大学の定款変更と専攻科設置計画の停止などを求める要望書を、下関市と市議会、それに下関市立大学に提出している。

 一方、学内では昨年12月に、前田市長や理事長の意向を受けて専攻科設置と採用人事を進めた学長の解任を教育研究審議会が議決した。この議決を受けて、学長選考会議で解任について議論したが、会議のメンバーが経営側3人、教員側3人の6人の構成だったことから、3対3で解任は不成立に終わった。

 こうした状況の中、3月をもって他の大学に移っていった教員も数人いるという。理不尽な決定の数々に対して、抵抗しなければならなかった状況に、疲れてしまったのではないだろうか。

 さらに、定款が変更されたことによる「教育人事評価委員会規程」「教員懲戒委員会規程」「教育研究審議会規程」など、新たな規程の案は審議されないまま。今後、大学でどのように物事が決まっていくのか、教員がわからないという異常事態になっている。

下関市立大学の今後に注視が必要

 新年度を迎えたものの、新型コロナウイルスの影響で、下関市立大学ではまだ授業は始まっていない。5月18日から遠隔授業を始める予定で、教員は授業の準備に追われている。

 一方で教員は、今後大学が正常に運営されていくのかどうか、大きな不安を抱えている。大学では教員全体の9割がハン氏の教授採用や定款変更に反対してきた。教員たちは、これから理事会によって一方的な懲戒処分など、強権的な弾圧が行われるのではないかと危惧している。

 その危惧には理由がある。すでにハン氏が、自分の採用に反対した経済学部の学部長と副学部長の2人に対し、「プライバシーの侵害」と「名誉毀損」があったとして損害賠償を求める民事訴訟を起こしているからだ。

ハン氏の教授、理事、副学長就任以外にも、首を傾げざるを得ない人事が次々と明らかになっている。専攻科設置に伴いハン氏とともに採用された数人のうちの1人は、専任講師と昨年9月の教育研究審議会で報告されていたが、准教授として採用されたことがわかった。さらに、専攻科の事務職員が不正に採用された疑いもあるという。

 下関市立大学は1956年創立の下関商業短期大学を前身として、1962年に4年生大学になり、経済学部だけの単科大学としてこれまで実績を積み上げてきた。安定した黒字経営で、学生の就職状況も良好で、地方の名門公立大学として知られている存在だ。

 しかし、昨年6月以降生じている問題は、その実績だけでなく、今後の教育にも大きな影を落とす可能性がある。下関市立大学の動向は、今後も注視すべきだろう。

(文=田中圭太郎/ジャーナリスト)

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