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2020年10月10日

原朗氏を支援する会、声明「最高裁判決を受けて-批判と決意-」

原朗氏を支援する会
 ∟最高裁判決を受けて-批判と決意-

最高裁判決を受けて──批判と決意──

 6月15日最高裁判所は、原朗氏・小林英夫氏名誉毀損訴訟について、原朗氏側敗訴の決定を下しました。大変残念な結末になりましたが、これまでご支援くださったみなさまに、結果報告と現時点での所信表明を行うことにいたしました。

 本裁判は2013年に小林英夫氏によって、「名誉毀損」の名のもとに地裁への提訴がなされ、5年余の年月を経て、2019年1月21日に、小林英夫氏側の勝訴判決が言いわたされました。そして原朗氏の控訴によって開かれた高等裁判所の判決(2019年9月18日)も、原判決の結論を維持しました。そこで、原朗氏は、直ちに、最高裁判所への上告を決意し、2019年11月26日には、「上告理由書」「上告受理申立理由書」ほか関連書類を提出し、2020年4月13日には、「上告受理申立理由補充書」を最高裁判所に提出しました。以下、上告の経緯、内容を簡潔にふりかえっておきます。

 「上告提起」の理由として、高裁の判決が1剽窃の判断についての学界における学問的手法に反し、裁判官が自己流に造りあげた判断基準を使うことにより、小林英夫著書が原朗論文等を剽窃している事実を否定している、2「歴史的事実」などの用語を無理解のまま使用して原朗論文の学問的成果を否定している、3表記・表現方法の記載についてもその学問的意義を否定し、4先行研究の成果としての図表や地図について学界の慣行となっている記述方法を無視することによって、剽窃の事実を否定している、と批判したのです。そして、高裁判決は原朗氏が学問的立場から判断した発言や記述について、名誉毀損の成立を認めることによって、原朗氏の学問の自由(憲法23条)及び表現の自由(憲法21 条)を侵害するものになっているので、取り消されるべきである、と主張しました。

 また、「上告受理申し立て」の理由として、高裁判決には次のような誤りと法令違反があると主張しました。1高裁判決は、学界における剽窃の判断基準と著しく異なる、裁判官の恣意的な判断基準に基づいて剽窃の有無について判断し、当該学問分野である歴史学界の共通認識に反する認識をおしつけ、経験則違反をくりかえしている。2高裁判決の剽窃に関する判断基準は,現在確立している判例・実務の判断基準とも異なり、推定と反証を用いるべき判断方法を採用せず、絶対的論証を上告人に要求している。3高裁判決を維持すれば、学界において剽窃と判断されたものが裁判において剽窃を否定されるという、学問上一般社会上極めて不都合な結果を生じることになる。このように、高裁判決は、既存の判例・法令に反し、学界における不正剽窃に対する厳しいルールを覆し、学界的に深刻な混乱を引き起こすので、破棄されなければならない。以上が、主張点の概要です。

 さらに、原朗氏は、上告審の過程で明らかになった新事実をもって、「上告受理申立補充書」を提出しました。その一つは、小林英夫氏が係争中の著書の基礎の一つだとする「元山ゼネスト」論文(1966 年公表 2011 年再録)が、北朝鮮の歴史学者・尹亨彬氏の論文(1964年刊)を大量に剽窃(字数 48%)していることが早稲田大学学術研究倫理委員会によって本年 2 月 25 日に盗作と認定された事実です。いま一つは、小林英夫氏が早稲田大学在職中(2013 年)に発表した論文が、若手研究者の論文を剽窃した事実が明らかになったことでした。

 ところが、2020年6月15日、最高裁が本件に下した判決は、以下の通りでした。「上告を棄却する。」その理由は、「民事事件について最高裁判所に上告をすることが許されるのは民訴法 312 条1項又は2項所定の場合に限られる所、本件上告の理由は、違憲をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反を主張するものであって、明らかに上記各項に規定する事由に該当しない」というものです。また、上告内容が、最高裁の判例と相反する判断がある事件、その他の法令解釈に関する重要な事項を含む事件とは認められないため、上告申立てを受理できないというのです。

 最高裁は「上告提起」と「上告受理申し立て」のいずれについても、審査の対象でないとして、上告人である原朗氏の訴えを退けました。日本の三審制ではこれ以上訴える術がなく、これで高裁判決は確定することになりました。しかし、原朗氏側が指摘した判決における多くの深刻な問題点は、最高裁が退けたところで、何一つ解決したわけではありません。研究倫理の喪失が引き起こしたこの事件は、業績主義が浸透を見せている今日の学界に、深刻な問題を引き起こすことが憂慮されます。すなわち、学術不正を行い学界で自律的に処分された研究者が、「名誉毀損」の名目で裁判に訴えた場合に、学界基準と異なる判定を手にする可能性が生まれたのです。このようなことは、日本の学術研究の健全な発展に、大きな歪みをもたらすことになります。

 地裁と高裁の担当裁判官は、学術研究の蓄積とそれに関する評価の基準を無視し、専門研究者の知見や証言を謙虚にうけとめることなく、自らが自己流に設定した非学問的恣意的・思いつき的な基準によって学術研究の内容に対し甚だしい誤判を下し、最高裁の担当裁判官は上告審としてそれを放置し、「学問の自由」への侵害に途を開く判決を容認したとみなすことができます。彼らの理解力の低さと見識の欠如は、司法に対する国民の負託を甚だしく裏切るものであり、私達は、これらの裁判官の歴史的責任を追及するものです。また、1966 年から剽窃行為を繰り返してきた小林英夫氏が、被害を受けた当事者から事実を指摘されると、学界に訴えるのでなく、司法界に訴えたことは、日本の学術研究体制に計り知れない損傷を与えたものということができます。研究の自由と学問の独立を自ら破壊したその行為も、歴史的責任を負い続けることになります。私達は、これら一連の判決が、学術研究と社会の要請に反するものであることを重視し、今後生じうる大小の研究不正事件の隠蔽や黙殺、被害者の沈黙という事態を生み出さないために、多面的で系統的な努力を学界内外で強めていくことを決意するものです。

 7年間に及ぶこの裁判の成り行きを粘り強く注視し、裁判傍聴・署名・資金カンパなどをはじめ、有形無形の支援をしてくださった多くの研究者、市民の皆様に、心から感謝申し上げます。

2020年6月27日
原朗氏を支援する会事務局

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