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2022年04月05日

ネット署名、「稼げる大学」法案(国際卓越研究大学法案)に反対します!大学における多様な学びの機会を保障することを求めます!

内閣総理大臣  岸田文雄 殿
財務大臣 鈴木俊一 殿
文部科学大臣 末松信介 殿

「選択と集中」の弊害:大学の疲弊と研究者の焦燥を生む
法案の問題:卓越大学は政治的に選び出され、大学間格差を拡大する


 岸田内閣は、通常国会に「国際卓越研究大学」法案(国際卓越研究大学の研究及び研究成果の活用のための体制の強化に関する法律案)を上程しました。かねて内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)が打ち出してきた「稼げる大学」というコンセプトを具体化したこの法案は、国・公・私立大学の内の「数校程度」を選んで国際卓越研究大学として認定し、10兆円規模の大学ファンドの運用益を年「数百億円」単位で助成し、さらに「授業料の柔軟化」や、大学所有資産の貸付などにかかわる規制を緩和することで大学の財務体質を強化するという内容です。認定した大学には年3%程度の事業規模の成長を求め、これを達成できない場合に認定を取り消すこともあり得るということです(「世界と伍する研究大学の在り方について最終まとめ」2022年2月1日)。

【「選択と集中」の弊害】

 わたしたちは、「選択と集中」の弊害をさらに助長する恐れの強いこの法案に反対し、国会における慎重審議を求めます。なぜなら、政府主導の「選択と集中」は財政配分と大学評価を直結することで大学を政府の目指す方向へと誘導する仕掛けとなってきただけでなく、「選択と集中」こそが大学の「研究力」を低下させてきた根本原因であるからです。教育も研究も人間が行うものである以上、数値指標による安直な評価は現場を疲弊させ、短期間に成果を挙げられないことへの恐れから挑戦的試みを困難とし、時代の常識を超えた真に革新的な発見とイノベーションの誕生を妨げます。

 およそ20年近く前から、政府は、大学財政を全体として削減しながら重点的な配分を図る「選択と集中」を進めてきました。これにより、本来ならば有為の若手研究者に対して開かれるべき常勤の教員ポストが削られてきました。たとえ「競争的資金」が獲得できだとしても「任期あり、退職金なし」の非常勤ポストしかない状況で、大学院博士課程への進学者は2003年をピークにほぼ一貫して減少傾向にあります。職員組織についても「コストカット」のために非正規化と派遣職員への置き換えが進み、業務の外注化が図られることで「ベテラン職員」として成長する機会を奪われてきました。政府の意向に忠実な学長や理事長による独裁的なガバナンス体制が多くの大学でつくられ、教職員や学生・院生の不満を権威主義的に抑えつけ、政府・財界と持ちつ持たれつの関係で大学を「私物化」してきました。

【法案の問題点】

 今回、内閣が国会に提出した法案は、こうした「選択と集中」の原理を見直すどころか、以下の点でむしろこれをいっそう強化しようとするものです。

 第一に、大学の研究と研究成果の活用にかかわる「基本方針」の策定、国際卓越研究大学の認定などに際して、CSTIの意見聴取を文科大臣に義務づけているほか、事業計画の認可に際しては内閣総理大臣・財務大臣との協議も必須としています。内閣総理大臣を議長とするCSTIの議員14名の内の6名は閣僚、7名は内閣総理大臣の指定した有識者議員であり、助成すべき大学の選択に際して政治判断が優越しやすい仕組みとなっています。現状では「関係機関の長」として日本学術会議の会長が入っていますが、菅内閣による学術会議会員任命拒否、岸田内閣によるその追認を想起するならば、学術会議会長の発言力は限定されてしまっていると考えざるをえません。
 第二に、国際卓越研究大学の事業計画は、その進捗状況を文部科学大臣から定期的にモニタリングされることになっています。事業規模の年3%成長という数値は欧米主要大学の「平均成長率」から割り出された数値に過ぎないにもかかわらず、この年3%成長という数値が助成の条件として一人歩きを始める恐れがあります。しばしば引き合いに出されるアメリカの大学では、たとえ奨学金制度が充実しているとしても、500万円を軽く越える授業料が設定されているという事実も軽視されています。認定を受けた大学の側では授業料の値上げを図り、「稼げる」研究分野を優遇する一方、「稼げない」とみなした研究分野や研究者を淘汰することでしょう。
 第三に、今回の法案は附則において「経営管理体制に係る改革」を早急に実施せよと定めているにもかかわらず、このガナバンス改革の内実を定めた法案を政府はいまだ上程していません。CSTIの資料に見る限り、国立大学の場合には学外者を中心とする「合議体」、公立・私立大学の場合にはやはり学外者を中心とする理事会などに大きな権限を持たせようとしていることが見てとれますが、この最高意思決定機関の構成員をどのように選出するのかすら曖昧なままであり、これまで以上に大学の「私物化」を促す恐れがあります。前のめりの経営戦略が損失をもたらした場合、誰がどのように経営責任をとるのかも定めていません。大多数の大学の基盤的経費の総額を超える「数百億円」というニンジンをちらつかせながら、その対価として求める「改革」については曖昧なままに後出しする手法は「詐欺的」と称しても過言ではありません。

【法案への対案】

 国際卓越研究大学は、「令和版帝国大学」創出プランと揶揄されることもあるように、大学間の格差、地域間の格差を著しく拡大するものです。CSTIは「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」も打ち出していますが、「令和版帝国大学」以外では地域経済に密着した実学を学べばよいという機能分化は地元で学びたい学生の選択肢を狭め、いっそうの大都市集中を促します。そればかりか、「国際卓越研究大学」に認定された大学についても、意思決定・執行を内閣府主導の科学技術・イノベーション体制に従属させてしまいます。制度発足当初はたとえ「数校程度」に対象を限定していたとしても、これをモデルとしてあらゆる大学を「稼げる大学」に仕立てる近未来が待ち受けていると予想せざるをえません。この近未来の大学においてよりよい社会を形成するのに必須な批判能力は失われ、「学問の自由」「大学の自治」は完全なる死語となることでしょう。

 真の発見とイノベーションを育むためには、わたしたちの予想を超えたアイデアを持つ若く有能な研究者が任期を気にせずに研究に没頭できるようなポストを、できるだけ広い基幹分野に、できるだけ多く用意すべきです。そのためにも、大学評価と財政配分を切り離し、大学評価とこれに基づいた教育・研究の質保障は、専門性と自律性を備えた大学基準協会、日本学術会議、個別学会などに委ねるべきです。教職員数・学生数などに基づいて基盤的経費(国立大学法人運営費交付金、公立大学法人の運営費交付金、私立大学経常費補助金)を安定的・継続的に供給することにより大学で学ぶ権利をひとしく保障し、大学の特色、専門分野の多様性、多彩な着想の揺藍を維持すべきです。

 以上の理由から、わたしたちは「稼げる大学」法案に反対し、慎重の上にも慎重な審議を求め、かつこの機会に「選択と集中」の原理を抜本的に見直し、未来ある若者たちにとって望ましい高等教育体制を実現することを求めます。

2022年3月31日

「稼げる大学」法案の廃案を求める大学横断ネットワーク

・呼びかけ人(4月1日現在、あいうえお順)

石原俊(明治学院大学教員)、指宿昭一(弁護士)、遠藤泰弘(松山大学教員)、大河内泰樹(京都大学教員)、岡野勉(新潟大学教員)、河かおる(滋賀県立大学教員)、神戸輝夫(大分大学名誉教授)、鬼界彰夫(筑波大学名誉教授)、木戸衛一(大阪大学教員)、喜多加実代(福岡教育大学教員)、河野真太郎(専修大学教員)、駒込武(京都大学教員)、鈴木泉(東京大学教員)、関耕平(島根大学教員)、宗川吉汪(京都工芸繊維大学名誉教授)、竹永三男(島根大学名誉教授)、田中純(東京大学教員)、戸田聡(北海道大学教員)、二宮孝富(大分大学名誉教授)、広川禎秀(大阪市立大学名誉教授)、古川雄嗣(北海道教育大学旭川校教員)、細見和之(京都大学教員)、松本尚(奈良女子大学教員)、光本滋(北海道大学教員)、吉田修(広島大学教員)、吉原ゆかり(筑波大学教員)、米田俊彦(お茶の水女子大学教員)

・呼びかけ団体(4月3日現在、あいうえお順)

大分大学のガバナンスを考える市民の会、自由と平和のための京大有志の会、大学の自治の恢復を求める会、筑波大学の学長選考を考える会、ハラスメント防止学生団体EquAll


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